1章 転移、そして冒険者に 07
翌朝、俺は当然のように大岩ダンジョンに潜った。特に問題なく地下3階への入り口までたどり着く。
そこまでにどうやらまた冒険者レベルが上がって4になったようだ。ロックリザードはすでに一撃で倒せるようになり、2体同時に出てきても一瞬で片が付く。
「ちょっとだけ下りてみるか……」
昨夜青年に酒を一杯おごって話を聞いたが、3階はロックリザードやゴブリンが4~5匹の集団になるだけでそれ以外は特に変化はないらしい。
もちろんこちらはソロなので相手が集団というのはそれだけで危険度が跳ね上がるのだが、正直5匹までなら対処できる確信がある。
というのは今日対集団戦で動きや位置取りを意識しながら戦っていたら、思考がクリアになる感覚があったからだ。恐らく何らかのスキル……『思考加速』とでも言うようなスキルが身についたに違いない。
俺は装備の状態を確認し、地下3階へ下りていった。
地下3階は通路の幅がそれまでの倍ぐらいになっていた。地図を見ながら順路を進むと『気配感知』に反応あり。さっそくゴブリン5匹だ。
ゴブリンはこちらを包囲するように動いてくる。もちろんそのまま立ち竦んでしまえば袋叩きである。
俺はバックラーを前に構えて猛然と前方にダッシュ。全く勢いを殺すことなく真ん中の奴にバックラーごと体当たりを食らわせて吹き飛ばし、そのまま集団の後ろまで駆け抜ける。
吹き飛んだ奴はすでに絶命している。体当たりというのは体重差があれば致命的な一撃になる。
すぐに振り返り、慌てて体勢を立て直そうとするゴブリンたちを手当たり次第に殴りつける。
俺のメイスの一撃はすでにゴブリンの頭部をまとめて潰せる威力がある。
少し乱戦気味になり木の棒の打撃を2~3発貰ってしまったが、接敵から30秒ほどで全滅させることができた。
「痛ぅ……あざになってるな……」
袖をまくって見ると、打撃を受けたところが青く変色していた。ズキズキ痛むので、もったいないがポーションを使った。ちなみにポーションは栓を開けてしばらくすると劣化するそうで、基本一本使い切りである。
思ったよりも対集団戦は難しいな。というかやはり普通はソロで戦うシチュエーションではない。
立ち回りで何とかなると思ったが、モンスターは基本突っ込んでくるだけだからあっという間に乱戦になってしまう。
これがロックリザードだったらどこかで噛みつかれていたかもしれない。
「やはり対策が必要か」
というわけで俺は引き返してそのままダンジョンを出た。時間がまだ早かったので、トレーニング場(仮)でみっちりとトレーニングをしたのは言うまでもない。
帰りの途で、集団戦攻略の方法を考える。
と言っても「ステータスを上げ、装備を整えて力押し」と「武器を変えて戦法を変える」しかない。もちろん「パーティーを組む」が一番真っ当な方法なのだが、その選択肢は今は外しておく。
「ステータスを上げる」に関しては今やっていることを続けるだけである。反復練習で身体能力や技術を高め実戦で経験を積む。学校の部活動で学んだスポーツの訓練法そのままである。
とすると今考えるべきは「武器を変える」ことだろうか。
メイスは確かに扱いやすく近距離戦ではかなり強力な武器だが、いかんせんリーチが短い。
とすると、狭い通路では多少制限があるが、長柄の武器を使うというのは選択肢としてはアリだろう。
実は武器屋の親父には最初に槍も勧められたのだが、資金の都合で手が出せなかったのだ。
ちょっと確認のために、ギルドに入る前に武器屋に寄ってみる。
「はいよ。おう、この間のお兄さんか。どうした、もうメイスが壊れたのか?」
武器屋の親父は俺と同年代の男だ。鍛冶屋も兼ねているのでかなり逞しい身体をしている。
「どうも。メイスは問題ないですよ。今日は多数を相手にするときの武器を考えてまして」
「多数? 一人で多数を相手にするってことかい?」
「ええそうです。メイスだと乱戦になってしまうので、距離を取れる武器がいいかと思って」
「その前に仲間作った方がいいとは思うが……まあそっちも都合があるか。距離取って戦いたいならまずは飛び道具だが、そうじゃないんだろ?」
「ええ、弓矢などは今のところ考えてません」
「ならやっぱり槍が一番だろうな。グレイブとかハルバードは扱いが難しいし、狭い場所だとちょっとな」
グレイブは
「ですよねえ」
「ただ冒険者用の槍となると基本全金属製になるから値が張るんだ。一番安くて280,000ロムだ」
そう言って親父が指さす先には、黒光りする長さ2メートルほどの槍が壁に立てかけられている。
冒険者用が全金属製というのは、木の柄だと『覚醒』した人間の力に耐えられないからだ。
「まだ買える額ではありませんね。金を貯めてまた来ます」
「おう。しかし多数を相手にするってことは地下2階か? いや、1階でも出るんだったか」
「いえ、3階です。さすがに5匹は多くて」
「一人で3階行ったのか!? よくやるな、気をつけろよ。俺と同年代で冒険者になったなんて初めて見るからな。できるだけ長生きしてくれよ」
「ありがとうございます。ああそうだ、武器とは別に、身体を鍛える道具を探しているんですが」
「身体を鍛える道具? なんだそりゃ」
「ええと、まあ言ってみればただの重りですね。手に持ちやすい形をしているこんな形の……」
俺は鉄アレイの形を説明した。親父は首をかしげていたが、
「要するに重い金属の棒がありゃいいんだろ? ちょっと待ってな」
と言って、奥から直径5センチ、長さ50センチくらいの金属製の棒を持ってきた。
持ってきたと言っても台車に載せて運んできたのだが。
「これでどうだ、持ってみな。おっと、見た目よりかなり重いぞ」
言われるがままに持ち上げてみると、確かに恐ろしく重い。50キロは軽く超え、100キロくらいあるんじゃないだろうか。どう考えても鉄の重さではない。というかこれほどの比重の金属って存在するのだろうか。
「そいつはダークメタルっていってメチャクチャ重い金属なんだ。ただ衝撃に弱いとか他の金属と混じらないとか変な性質があって、おもりくらいにしか使えない。だけど今のお兄さんが言っていた用途にはぴったりだろ?」
「ええ、これならいい訓練ができそうです」
「ただ多少希少なモンだからな。まあ仕入れ値にちょっと儲け足して80,000でどうだ?」
安くはない。安くはないが、これがあれば色々トレーニングがはかどりそうな気もする。槍のために金も貯めたいが、筋トレで基礎体力やスキルを伸ばす方が汎用性はあるか……。
「……買います」
俺はとんでもなく重い棒を手に入れて、店を後にした。
こちらの世界での冒険者生活が軌道に乗ったからか、宿のベッドの上でふと前の世界のことが思い出された。
両親は健在だが、弟と妹がいるから問題はないだろう。急に親の世話が回ってくることになる弟には申し訳ないが、俺の心臓が止まったのだろうから仕方ない。
別れた妻は……向こうはすでに新しいパートナーがいたようだからどうでもいいか。
仕事は一応新プロジェクトのチーフだったんだが、こっちも誰か代役をやるだろう。会社の仕事なんて誰でもできるしな。
なんだ、そこまで悩むこともないな。両親と兄弟と数少ない友人は悲しんでくれるだろうが、逆に言えばそれだけだ。むろん俺自身寂しさはあるが、この歳になると感情なんてそう長続きはしない。切り替えて「残りの人生」を生きるだけだ。想像もしなかった形でだが。
そういえば受付のキサラ嬢が妙なことを言っていた。『覚醒』した人間は歳をとりづらくなるとかなんとか。ただ弱いモンスターばかりを相手にしていると普通に歳をとるそうだ。つまり長生きしたければ強いモンスターと戦うしかない。もちろん強いモンスターと戦うなら命の保証はない……という底意地の悪いシステムになっているらしい。
あれ、そう考えると、中年スタートの俺は何が何でも強くなって上のランクのモンスターと戦わないと「残りの人生」もすぐ終わるってことか?
なんだそれ、かなりのクソゲーじゃないか。ひどい話だ。
とするとFクラスのダンジョンで足踏みしてる場合じゃないな。トレーニング量を増やして稼ぎを増やして……結局こっちでもノルマに追われる人生か。やれやれだ。
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