1章 転移、そして冒険者に 05
翌朝防具を受け取って装備した俺は、朝やや遅れて大岩ダンジョンに向かった。
ダンジョン入り口にはすでに人影はない。先行組はすべて入っていったのだろう。
冒険者の動向を観察した感じでは、この大岩ダンジョンに潜っているパーティは4組いるようだ。それが多いのか少ないのかよく分からないが、トラブル回避のためにあまり関わらないようにした方がいいだろう。
俺は入り口で深呼吸をすると、大岩の中に入っていった。
ダンジョンの中はほのかに明るく、『視力』スキルが上がっているせいか視界にはなんの問題もない。
通路は縦横3メートルほどだろうか。洞窟のように壁はゴツゴツとした岩のようになっているが、地面は平坦で普通の洞窟と違って明らかに歩きやすい。
どうにも造りもののアトラクション施設のように感じてしまうが、それがダンジョンの不思議なところでもあるようだ。
なだらかな下り坂を下りていくと分かれ道にたどりついた。ここからが実際のダンジョンとなるらしい。
俺はギルドで渡された地図を取り出して確認をする。右は正ルートで地下2階へ続いていて、左はしばらく進むと行き止まりになる。
俺は迷わず左へ進んだ。今必要なのは2階に進むことではなく、誰もいないシチュエーションでモンスターと戦うことだ。
『気配感知』をしながらゆっくりと進んでいく。『冷静』スキルのおかげか精神も非常に落ち着いている。
右手にはメイス、左手にはバックラー。本当にゲームのプレイヤーキャラクターだ。
不意に『気配感知』に何かが引っかかった。前方、曲がり角の影から何かがやってくる。
大きさは子どもくらい、直立二足歩行のモンスター。
ギャ?
そいつは角から現れると、俺の顔を見て一瞬だけ戸惑ったような動きを見せた。
ギャギャッ!
しかし次の瞬間、木の棒のようなものを振り上げてこちらへ走ってくる。
緑色の肌、醜悪な顔、ガイドにも載っていたFランク最下位レベルのモンスター『ゴブリン』だろう。
ゴブリンが木の棒を振り下ろす。勢いがつく前にバックラーで弾くように止める。
がら空きの胴にメイスを横薙ぎに叩きこむ。ゴブリンは身体をくの字に折り曲げて吹き飛んだ。
そのままとどめ……と思ったが、すでにゴブリンは絶命していた。
見る間にその身体が溶けてダンジョンの床に吸い込まれ、後には木の棒と光沢のあるパチンコ玉大の石が残された。
「ふぅ……意外と弱いな。最下位レベルだとこんなものか」
昨日戦ったボアウルフはFランク上位らしいので、同じFランクでも結構な差があるようだ。まあ俺のレベルが上がったせいもあるかもしれないが。
木の棒と石を拾い上げて背負い袋に入れる。
木の棒は薪くらいにしかならないようだが、石の方は『魔石』といってこれが金になるらしい。というか冒険者の稼ぎといえば基本この『魔石』を回収して売ることを指すそうだ。
俺は装備の状態を確認して、行き止まりを目指して再び進み始めた。
行き止まりまであの後3回ゴブリンと遭遇した。
『覚醒』のおかげか戦闘にはすぐ慣れ、最後の一匹は向こうが武器を振り下ろす前に倒すことができるようになった。
その後最初の分岐まで戻り、もう一度行き止まりまで行ってみる。
一度通った通路はモンスターとの遭遇率が下がるのか、行き止まりまで1匹のゴブリンとしか遭遇しない。ゲームと違って同じ場所をうろついてレベル上げというのは難しいようだ。
と考えてみて、どうも感覚がマヒしていることに自分でも驚く。やっていることは命のやり取りのはずなのに、すでにゴブリンの頭を叩き潰すことにすら何の感慨も湧かなくなっている。
これも『冷静』スキルのせいなのだろうか。そうすると冒険者というのはヘタをすると人間性を失っていきかねない危険な職なのかもしれない。常にそのことは頭に置いておかなくてはいけないだろう。
そう心に刻みつつ再び分岐まで戻っていく。途中で『気配感知』に反応。ゴブリンだが……相手は3匹だ。
ギエエッ!
3匹のゴブリンが並んで突撃してくる。通路はそれで横一杯だ。逃げ場はない。ならば前に出るしかない。
こちらからもゴブリンに向かって走りだす。そして接敵する前に、俺は勢いをつけてジャンプした。
真ん中のゴブリンを飛び越しざまに蹴り飛ばす。着地して、倒れたそいつにとどめを刺す。
2匹のゴブリンがたたらを踏んで振り返る。俺はすでにそいつらに向かってダッシュしている。片方の横面をメイスで吹き飛ばして2体目だ。
しかしその隙に3体目が木の棒を振り下ろした。何とかバックラーで受けたが、肩口に多少の打撃を食らってしまう。
しかしそのお返しにそいつの脳天にメイスを振り下ろす。これで3匹だ。
「ふう……何とかなったか」
複数現れることは考えていないではなかったが、実際に戦うとなるとやはり勝手が違う。その割によく動けたとは思うが……所詮相手は最下位レベルだからな。
俺は木の棒と魔石を拾い、分岐に向かって歩き始めた。
その日は午前中いっぱい大岩ダンジョンの一階をうろついてみたが、出てくるのはゴブリンのみで他に見るべきものはなかった。
実戦は得るものも大きいのだが、相手が弱いせいなのかレベルもスキルも一向に上がった気がしない。
そこで午後はいつものトレーニング場(仮)でトレーニングを行い、いくつかのスキルを上げておいた。
早めにダンジョンを切り上げたのは他のパーティと顔を合わせないようにしたということもある。
こちらが弱いうちは、ダンジョン内でほかのパーティと接触するのは避けたかった。こういう言い方はなんだが、彼らはゴブリンよりはるかに強いのだ。
「ゴブリンの魔石は1つ800ロムです。全部で26個ですので、ええと……」
「20,800ロムですね」
「え? あ……そうですね。オクノさん計算早いですね」
「ええ、一応商人でしたので」
驚いた風の受付嬢に言いつつ、俺は冒険者ギルドのロビーを見回した。まだ日が落ちるには時間があるタイミングなので、戻ってきているパーティは1組だけだ。それも彼らはメンバー1人が大怪我を負ったので帰ってきたらしい。ギルドの救護室に血だらけの青年が運ばれていったのだが大丈夫だろうか。
「さっきの彼は大丈夫なんですか?」
「はい? ああ、多分あれくらいの怪我なら2等級のポーションを使えば治りますよ。ただ450,000ロムかかりますけど。オクノさんは商人さんだったから大丈夫だと思いますけど、お金は貯めておいた方がいいですよ」
受付嬢はあっさりと言った。なるほど、あの程度のことは日常茶飯事というわけか。
「そうですね、そうします。ところでゴブリンの木の棒って普通どういうふうに処分するんでしょうか?」
「宿屋の人に渡せば薪として使ってくれると思いますよ。ご飯1回くらいはタダになるかもしれません」
「わかりました。いつもありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
この世界の一般的な教育がどの程度のものか分からないが、この受付嬢は比較的しっかりしたお嬢さんのようだ。他の店の主人などはぶっきらぼうな人が多いので、なおさらそう感じられる。
俺は金を受け取るとギルドを後にして宿に向かった。
ちなみにこの世界の通貨はすべて硬貨である。ではあるのだが、金貨とか銀貨とかそういう感じではない。どうもこの国の貨幣制度は俺が想像する中世風ファンタジー世界よりは進んでいるらしい。
宿につく前に、屋台で肉串のようなものを買ってみた。宿の食事はそれなりに美味いのだが、どうにもタンパク質が足りない気がするのだ。
身体を作るには動物性のタンパク質が必須……かどうかは知らないが、ここ数日の運動量を考えると食えるものは食っておいた方がよさそうだ。
1,500ロム出して二本の肉串を受け取り、その場で頬張ってみる。味付けは塩とコショウっぽい香辛料だけ。肉も日本で食べ慣れた豚肉に比べると臭みが強いが、悪くはない。
顎も歯もさらには胃も以前よりはるかに頑丈になっているので、多少硬い肉でも問題なく食べられる。そうだな、これからタンパク質は積極的に取り入れるようにしよう。
この世界では現代日本で得た知識が多少アドバンテージになるかもしれない。そんな希望的観測を思い浮かべながら、俺は宿へと再び足を向けた。
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