1章 転移、そして冒険者に  04

 さて異世界3日目の朝だ。


 今日も朝一で飯を食って、昨日のトレーニング場(仮)へと向かった。


 一日のはじめとばかりに試しにメイスで太めの木を殴ってみたら幹の半分ほどがえぐれてしまった。


 どう考えても人間が出せる威力ではない。これが『覚醒』した冒険者の力なのだと思うと、冒険者がモンスター退治をさせられるのも当然だという気もしてくる。まだモンスターがどの程度の存在なのかはよく知らないが。


 さて、今日は昨日のスキルをさらに1づつ上げる感じでやっていくか。


 というわけでランニングやダッシュや跳躍やら素振りやらのトレーニングを一通りやっていく。


 昼を少し過ぎたころには昨日得たスキルは『気配感知』以外はそれぞれ1ずつ上げることができたが……少し上がりやすすぎる気がするな。ガイドにはどのくらいの頻度で上がるのかは書いていなかった。そのうち先輩冒険者にでも聞いてみるか。教えてくれるかどうかはわからないが。


 最後に林の奥の方に入っていって『気配感知』のトレーニングをする。


 このスキルは、どうやら視覚や聴覚、嗅覚、触覚といった五感の延長……というかそれらを統合した感覚のようだ。おそらくわずかな環境の変化を感知して、動物などの位置を何となく感じ取る、といった能力なのだろう。


 感覚としてはこの先何メートルの位置に何かいる、という曖昧な知覚として感じられる。


 林を歩きながら、小動物や大きな虫などの存在を感知するように意識していく。


 ふむ、5メートル程向こうの地面に何かいる。細長い気がするからおそらく蛇だろう。


 木の上に小さい動物、昨日見たリスみたいな動物か。そいつは近づくと別の木に飛び移って逃げていく。


 20メートル先に大きな……犬くらいの大きさの動物……イノシシ、いや野犬か!?


 マズいと思う間もなく、そいつはグオウッと鋭い叫び声を発して木立の間をこちらへ突っ込んできた。


 犬にも見えるが微妙に身体の造形バランスがおかしい。上半身が発達していて、口からのぞく牙は上向きに突き出ている。


 確かガイドに書かれていた、アレは『ボアウルフ』とかいうモンスターだ。


 木の上に逃げる……クソ、足がすくんで動かない。


 『ボアウルフ』はもう目の前だ。迎撃するしかない。バックラーを構えて腰を落とす。


 グアァッ!


 ぶつかる瞬間、左手のバックラーをつきだし、同時にメイスも突き出す。


 練習した成果も何もない。ただメチャクチャにモンスターを突き飛ばす感じだ。


 凄まじい衝撃が俺の左半身に来た。


 突き飛ばしの成果か体当たりの直撃は避けられたが、それでも俺は2メートルほど吹き飛ばされた。


 目の前がグワングワンとするが、寝ている場合ではないのは分かる。すぐに起き上がると、やはり目の前に『ボアウルフ』。


 俺は咄嗟にメイスをそいつの横顔めがけて振り抜いた。


 先端あたりに重い手ごたえがあり、同時にブヒィィッという悲鳴が響いた。


 見ると『ボアウルフ』の目のあたりがえぐれている。ラッキーパンチがヒットしたらしい。


 その場でたたらを踏む『ボアウルフ』。デタラメに暴れ始めたそいつめがけて、俺はメイスを振り下ろした。


 動く標的にはなかなかクリーンヒットしない。しかしメイスを振るたびになぜか俺の頭の中が冷えていくのがわかる。


 そうだ。冷静に、冷静に……。相手の動きをよく見ていけ。いきなり急所を狙うな。まずは足だ。


 不思議な感覚だった。生き物を殴ったことすらない俺がこんな場面でこうも冷静になれるものだろうか。


 メイスを水平に振る。『ボアウルフ』の前足が砕ける。


 倒れた『ボアウルフ』の頭部にメイスを振り下ろす。全身が一瞬ビクッと痙攣すると、『ボアウルフ』は電池がきれたかのように一切の動きをやめた。


「やった……のか?」


 俺は片膝をつき、メイスを杖代わりにして上半身を支えた。


 『ボアウルフ』はピクリとも動かない。どうやら間違いなく倒したようだ。


「モンスターはこの辺は現れないんじゃなかったのか……」


 ガイドにはそう書いてあったはずだ。このあたりはモンスターはダンジョンにしか現れないと。だからこそ俺はこのあたりでトレーニングをしていたのだし。


「う……痛……ぅ。マズいな」 


 左ふとももの外側がざっくりと裂けていた。体当たりされた時牙でやられたらしい。


 俺は背負い袋から水筒を取り出して傷口を洗った。


「そうだ……ポーションを使えば……」


 今日の朝、青年のアドバイス通りポーションを2本買っておいたのを思い出した。


 一本を取り出し、栓をあけて中身を傷口にかける。そう使えと道具屋のご老体に言われたのだ。


「しみるなこれ……」


 どれだけ効くものなのだろうか……と思って見ていると、傷口がビデオの逆回転映像のようにふさがっていく。まるで魔法の薬だ。一分もするとスラックスの破れ以外は完全に元に戻ってしまった。


「はあ、助かった」


 俺は尻もちをついてその場に座り込んだ。


 あらためて見ると『ボアウルフ』はかなりデカい。大型犬くらいはあるだろうか。よく戦って勝ったな、こんな奴に。


「さて、ダンジョン以外でモンスターを倒したらそのまま持ち帰らないとならないんだったか」


 ゆっくりとこの後すべきことを思い出す。


 モンスターはダンジョン内で倒すと一部の素材を残して消える、というかダンジョンに吸収されるらしい。


 しかしダンジョン外……ゲーム的に言えばフィールド……で倒した場合、死体がまるまる残る。


 その場合のモンスターの死体には色々と使い途があるそうなのだが、その分死体を運ばなくてはならない。


 俺は5分ほど休んで立ち上がり、『ボアウルフ』を担ぎあげてみた。


 見た目100キロ近くありそうだが、ほとんど重さは感じない。『覚醒』して強化された肉体と『筋力』などのスキルのおかげだろう。


「これが冒険者としての初仕事になるのかね」


 俺はそのままトルソンの町に向かって歩き始めた。






 『ボアウルフ』を担いだまま冒険者ギルドに入っていったら、受付嬢が目を丸くしてギルドの裏にある解体場なる場所に案内してくれた。


 町の人間も俺を見てギョッとしていたから、やはりこの辺りではモンスターがフィールドに現れるのは珍しいらしい。


 じゃあなんで解体場があるのか……と受付嬢に聞いてみたら「まったく現れないわけじゃないんです」とのことで、やはり俺は運が悪かっただけらしい。


「ええと、オクノさんでしたね。職員のほうが解体をしますので、しばらくお待ちください。これが番号札になりますのでなくさないでください」


 解体用の台の上に『ボアウルフ』を乗せると、受付嬢は俺に木製の板を渡しながらそう言った。


「すみません、この獲物はどういう扱いになるか教えてほしいのですが」


「あっ、そうですね。この『ボアウルフ』はこれからウチの職員が解体します。『ボアウルフ』は使える部位が多いんですが、素材ごとの状態を見て値段を出して、その値段をもとにオクノさんから買い取る形になります。先日の貸付金の返済も一部いただきます」


「なるほど。ちなみに概算でどれくらいになるものなんでしょうか」


「う~ん、そうですね……。『ボアウルフ』はだいたい70万ロムにはなりますね」


「それは結構な額ですね」


 先日借りた金が30万ロム(ロムはこの国の通貨単位)だった。感じとしてはほぼそのまま日本円に換算できるくらいの感覚だ。


 日本でイノシシ一頭がいくらになるのか知らないが、70万というのは悪くないような気もする。


「このあたりではダンジョン外でモンスターが出るのは本当に珍しいので。特にダンジョン外産の肉は特別な扱いになったりもしますし」


「へえ、味が違うんですか?」


「みたいですね。私はダンジョン内産のものしか食べたことがないのでわかりませんけど」


 と受付嬢が苦笑いをした。なるほどこの世界でも格差からは逃げられないか。どうやらこの国は君主制をとっている身分制社会のようだし。


「それにしてもオクノさんはまだ冒険者になって3日目でしたよね。それなのに『ボアウルフ』を一人で狩るのはすごいですね。もとはどこかの兵士などされていたんですか?」


「え? いえ、ただの……何でしょう、商人ですかね。少なくとも戦いとは無縁でしたよ」


「ええ? じゃあ冒険者に向いているのかもしれませんね。頑張ってください」


「ありがとうございます。では解体が終わるまで冒険者ガイドを読み直しながら待ってますね」


 受付嬢に礼を言って、俺は冒険者があまり使わないという資料室へと向かった。






 結局45万ロムを受け取って俺は宿へと戻った。額が少ないのは貸付金を全額返済したからである。


 帰りにポーションを補充して、それから破れてしまったスラックスの代わりのズボンを購入した。スラックスは珍しい布だからといって、服屋のほうで結構な値段で下取りしてくれた。確かにこの世界の布に比べると現代日本の布は高価なものに映るだろう。


 それと明日ダンジョンに行くにあたって防具も用意することにした。防具屋に寄って胸当てと籠手、それと脛当てを注文した。固定具の調整だけなので明日の朝には用意できるとのことである。


 さて、ベッドの上で伸びをするが、ちょっと気になったことがある。


 今日の朝までに比べて身体能力がワンランク上がったように感じられるのだ。


『ボアウルフ』を担いでいた時にも感じたが、どうも戦闘の前後で変化したような気がする。


「レベルアップみたいなものか?」


 ガイドには確かに「戦いによって冒険者は強くなる」と書いてあったが、スキルのことを指しているのだと思っていた。別の形でも身体が強化されることがあるのだろう。


 どうやら『覚醒』というのは、人間に色々な恩恵を与えるもののようだ。スキルと合わせて強くなっていったら、それこそ超人のようになってしまうのではないだろうか。


 Fランクの俺ですらあのモンスターを1対1で倒せるのだ。そう考えると、この町にいるDランクの冒険者など、すでに人間の域を脱しているのかもしれない。


 そういえば、冒険者は正当な理由なくその力を振るって人に害を与えると非常に厳しく罰せられるらしい。それはそうだろう。この力を持った者が犯罪に走ったらとんでもないことになる。


 いや、逆に考えれば、悪用しようとする人間も当然現れるはずだ。このあたりは警戒しておかないといけないだろう。


 まあともかく、今日のトレーニングとバトルの結果、得たスキルは以下のように推定される。



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 冒険者レベル2


 武器系

  メイス Lv.3  短剣 Lv.2


 防具系

  バックラー Lv.2


 身体能力系

  体力 Lv.3  筋力 Lv.3  走力 Lv.3  

  瞬発力 Lv.3 反射神経 Lv.3


 感覚系

  視覚 Lv.2  聴覚 Lv.2  嗅覚 Lv.2  触覚 Lv.2  

  動体視力 Lv.2  気配感知 Lv.3


 精神系

  冷静 Lv.1

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 『ボアウルフ』との戦いでレベルが上がったと仮定する。


 スキルはトレーニングで多分1づつ上がったはずだ。


 戦闘中急に冷静になったのも恐らくスキルだろう。一応『冷静』というスキルだと仮定しておこう。


 なんかこうやって考えてると、まだなにか悪い夢でも見てるんじゃないのかという気になる。


 しかし『ボアウルフ』とのバトルで感じた傷の痛み、殴った時の感触が、それが感傷に過ぎないと主張する。


 まったく、人生何があるか分からないとはよく言うが、ここまで訳が分からないことになる人間はそうはいないだろうな。

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