1章 転移、そして冒険者に 03
日が落ちたら寝て、日の出とともに活動する。
夜の明かりが不十分なこの世界では、やはりそういった生活が当たり前らしい。
まあこのあたりは生前(?)キャンプをやっていたので問題はない。
俺は朝一で飯を食うと、まずは昨日調べた『ダンジョン』とやらに向かうことにした。
ここトルソンの町の周りにはダンジョンが3つあり、うち2つはFクラスのダンジョン、1つはDクラスのダンジョンということだ。
ダンジョンのクラスは冒険者のランクと対応しており、Fランクの冒険者はFクラスのダンジョンに入ることが推奨されている。
ただこの場合注意しなくてはならないのは、「Fランクの冒険者推奨」という言葉は、基本的に「Fランクの冒険者パーティ推奨」という意味だということだ。
パーティは3~5人が想定されているので、「Fクラスのダンジョンは、Fランクの冒険者3人以上で組んで入ってください」という意味になる。
なので今日のところは見るだけで入るつもりはない。そもそも俺はモンスターと戦う技術どころか、メイスを満足に振ることさえできないのだ。
街を出て案内の看板に従って1時間ほど歩くと、平原の真ん中に巨大な岩が見えてきた。
その岩にはぽっかりと穴が開いており、それがダンジョンの入り口なのだそうだ。
入口周辺にはすで何組かの冒険者パーティがいて、装備の確認などを行っている。
よく見ると昨日食堂で話した青年のパーティもいる。彼らはEランクのはずだが、Fクラスのダンジョンに入るというのは何か理由があるのだろうか。
彼らに話を聞こうかとも思ったが、戦いを前にした人間たちである。殺気立っていたりするかもしれないと思ってやめておく。
俺が遠目に見ているうちに、その場にいたパーティはすべてダンジョンに入っていった。
「ちょっとだけのぞいておくか」
この後メイスを振り回す練習などをするつもりだが、自分が戦う場所の様子を見ておいた方が練習もはかどるだろう。
俺は巨大岩に近づき、縦横3メートルほどの穴から中をのぞいてみた。
どうやら中は岩でできた洞窟のようだ。なだらかに下り坂になっていて、地下に続いているように見える。
奥のほうまでぼんやりと明るいのはダンジョンの謎の一つらしい。おかげで松明とかが必要ないらしいので冒険者としては助かる話だ。
「おう、入らないならどいてくんな」
おっと、次のパーティが来ていたようだ。俺は声をかけてきた体格のいい青年に謝罪をしてその場を後にした。
さて、下見も終わったし、どこか人目のつかない所で身体を動かすとしよう。
俺はダンジョンから町の方に引き返しつつ、道から外れたところにある林に入って行った。
もちろんそこでメイスの素振りなどを行うためである。
若い頃社内の野球大会に駆り出された時に知ったのだが、バットを振るのさえ初心者は満足にできないのだ。プロ野球の選手すら素振り練習をするのだから当たり前の話だが、運動を真面目にしてこなかった自分には驚きの経験であった。
なのでいきなり実戦などありえないと思い、最低でもメイスを振る練習をしようと思ったわけである。
背負い袋を下ろし、メイスを手に取る。
金属製の棒で、先端に角ばった金属板が何枚か取り付けられている武器だ。
とりあえず何度か振ってみる。
不思議なことに重さはそれほど感じない。身体も以前よりはるかにスムーズに動く。
ブン、という音とともに振り下ろされるメイスは、確かにこれだけでかなりの破壊力がありそうだ。
俺はしばらく一心不乱にメイスを振り続けた。ガタがきていたはずの身体なのに異様に調子がいい。もしかしたらこれも『覚醒』とやらの効果なのかもしれない。
何百と素振りをしただろうか、突然不思議な感覚が俺の身体を包んだ。
それまで力ずくで振り下ろしてたメイスが、急に自然な感じで振るえるようになったのだ。
徐々に体に馴染んだとかそういう感覚ではない。何と言うか、いきなりレベルが上がってステータスが変化した、そんなゲーム的な身体感覚であった。
「なるほど、これが『スキル』を身につけるということか」
しかしその現象、実は既知のものであった。何のことはない、ギルドの冒険者ガイドに書いてあったのだ。
『覚醒』した人間は、経験を繰り返すことで『スキル』という特殊能力を得ることができる。それは普通の人間が練習して上手くなるのとはまったく別の、いわば『神に与えられた力』である――ということらしい。
ゲーム的に言えば今俺は『メイスLv.1』というスキルを得た、ということなのだろう。
「しかしこれは……すごいな」
さらにメイスを振り続ける。脳内で相手をイメージして、様々な角度から、様々な部位を狙って攻撃するように。
まったくやったことのない動きのはずなのに、まるで何年も練習してきたかのように自然に身体が動く。
さらに驚くべきは、何百回も重いメイスを振っているのにまだ体力が尽きないことだ。
筋力も心肺能力もこれほど高かったことは俺の人生を振り返ってもない。おかげで楽しくなってしまい、気付いたらさらに1時間くらい素振りを続けてしまった。
そろそろやめるか……と思っていたら、二度目のレベルアップが来た。
『メイスLv.2』と自分で憶えておくことにする。身につけたスキルを確認する手段はあるらしいのだが、トルソンの町にはないとのことだ。
「さて、それじゃ他のスキルも試しておくか」
メイスの振りがさらに鋭くなったのを確認してから、俺は次の訓練に取り掛かるのであった。
その日は日が暮れるまで色々なことを試して一日が終わった。
宿に帰った俺は、食事を済ませてベッドに横になっている。さすがに全身に結構な疲労がたまっていた。
なお、その疲労の対価として得たと思われるスキルは以下のとおりである。
-----------------------
武器系
メイス Lv.2 短剣 Lv.1
防具系
バックラー Lv.1
身体能力系
体力 Lv.2 筋力 Lv.2 走力 Lv.2
瞬発力 Lv.2 反射神経 Lv.2
感覚系
視覚 Lv.1 聴覚 Lv.1 嗅覚 Lv.1 触覚 Lv.1
動体視力 Lv.1 気配感知 Lv.2
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ほとんどが言葉のままのスキルだが、「バックラー」は小型の盾のことである。相手の攻撃を受けるイメージで盾を構えて力を込めたりしていたら習得できた。
「気配感知」は動物などの気配を感じるスキルである。林の奥に入って動物やら虫やらを探していたら、何となくそれらの居場所が分かるようになって取得できた。ガイドによるとモンスターに奇襲されないために必要なスキルとのことで、どうしても欲しかったスキルである。
ともかくも1日を費やしたが、自分としてはかなりの収穫があったと思う。
実際に得たスキルもそうだが「得たいスキルを意識したトレーニングをすると効率がいい」というコツが分かったのも大きい。
現代日本で教育を受けていれば当たり前とも思われる話だが、これは冒険者ガイドには載っていなかった。もしかしたら常識なのかもしれないし、実はコロンブスの卵的な発見かもしれない。
まあ今はそんなことを考えても仕方がない。
所詮異世界2日目のルーキーだ。とりあえず明日もう1日トレーニングをして、明後日ダンジョンに入ってみることにしよう。
できればパーティを組んだ方がいいのだろうが、文化も習俗も違う世界の人間といきなり深く付き合うことには抵抗がある。それなりに社会生活を営んできて、人間関係のリスクが一番高いことはよく知っているつもりだ。
実は夕飯の時に例の青年に話を聞いてみたのだが、あのダンジョンの浅いところは一人でもそこまで危険はないらしい。
スキルの話をちょっとしたら、武器関係のスキルが1でもあれば通用するとのことなので、もう1日スキル上げをすればとりあえず大丈夫だろう。
ただ「ポーションは必ず持ってけよ」と言われたのでそれは買っておこう。どうやらあの青年は結構いい奴のようだ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか意識が遠のいていた。
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