第39話 出発前に

 領主の館は、とにかく慌ただしかった。この町の将軍や参謀といった重要人物が集められ、様々な議論が交わされている。もちろん、その中心にいるのは紗雪だ。おそらく、再び襲来しかねない龍の対策について話し合っているのだろう。


 紗雪は、そんな中、俺の姿を見つけると、周りの人々に一旦休憩だということを告げて、足早に俺の方にやってきた。


「良かったのか、会議を止めて?」


 紗雪が時間を割いてくれるのは、非常にありがたいのだが、邪魔をしてしまったようで申し訳ない。


「別に良いのよ。気にしないで、ちょうど休憩が必要な頃だったし。」


 まあ、紗雪がそう言うなら、そういうことなのだろう。紗雪は、わざわざ俺のためだけに時間をとるような少女ではない。本当に、休憩の時間と俺の訪問がかち合ったにすぎないのだろう。


「それで、何か話があるんでしょ。この忙しいときに、館に真っ先に帰ってこなかった言い訳は聞かせてもらえるのかしら。」


「それは、申し訳ないと思っている。そして、さらに申し訳ないことなのだが、俺はしばらこの町から離れる。」


「……理由を聞いてもいいかしら。京介も分かっていると思うけど、今、この町は龍の襲来で大変な状況よ。立て直しから、次の襲来の対策まで、手がいくらあっても足りないわ。」


「…旧友に会いに行きたいんだ。」


 俺は、紗雪をまっすぐと見つめ、誤魔化すことなく本当の理由を告げた。それは、例え紗雪に止められようとも、考えを改めるつもりがないからだ。せめて、本当の事を告げたかった。


 しばらくの間、俺と紗雪の間に沈黙が満ちた。その間、紗雪は、じっと俺の目を見つめていた。


 その沈黙を破ったのは、紗雪の大きなため息だった。


「…分かったわ。旧友に会いにいってきなさい。」


「良いのか?」


 正直、受け入れてもらえるとは少しも思っていなかった。


「京介の、その目を見たら、ね。余程、大切なことなんでしょ。そんな目、この五年間の間ではじめて見るから。…それほど、大切な用事を捨ててでも、協力してなんて言うほど、器が小さいつもりもないし、京介に頼り切っているわけでもないわよ。」


「ありがとな、紗雪。」


「別に良いわよ、礼なんて。」


 紗雪は、素っ気ないように答えた。そうすることで、こちらが気を遣わなくて済むようにしているのだろう。まだ若いというのに、本当に大した人物だ。


 最後に、五年前の事を清算するにあたって、紗雪に言っておきたいことがあった。


「紗雪、五年前に俺を拾ってくれて、ありがとな。」


「……?何よ今さら。今言うこと、それ?」


「今、言いたかったんだよ。」


 俺の言った唐突な礼の意味を、紗雪は理解出来ていないようで、不思議そうな顔をして、こちらを見ている。


 まあ、これは完全に俺の自己満足だ。ただ、五年前、京花を失って、全てに絶望していた俺を救ってくれた紗雪に、今こそ改めて礼を言うべきだと感じたのだ。五年前の事を清算するための決意のようなものだろうか。


 不思議そうな顔をしている紗雪に、俺は、もう行く、とだけ伝えて、館を後にした。

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