第37話 龍神と軍神の五年前(後)

 どのくらいの時間が流れただろうか。京花が、大きく息を吸い込んだ後、口を開いた。


「京介はさ、私にどうして、そんなに人と関わるのかって何度も聞いたじゃない?」


「…ああ、聞いたな。」


「それはね、京介が私に優しさを教えてくれたからだよ。種族なんて関係なく、誰かに優しくすることの大切さを、京介が教えてくれたから。」


 そんな事あっただろうか、と首をかしげる。そんな俺の様子を見て、京花は嬉しそうに笑った。


「京介と、私がはじめて出会ったとき、京介は龍神だからって理由で迫害されてた私に優しくしてくれたじゃない。あの時代は、龍神に対する風当たりも強かったから。」


 なるほど、そういうことか。三千年共に、過ごしてきて、あの時の京花にそんな事情があったことを全く知らなかった。というのも、俺もあの時は、この世界にやってきたばかりで、世界の事情なんてものを全く知らなかったからだ。


「…京介にとって、きっと何でもないことだったんだろうけど、私はそれが本当に嬉しかった。私も生きてて良いんだって思えたの。」


 そこで、京花は一度言葉を切って、俺の事を見つめた。その目には、俺には抱えきれないほどの感謝の念で満ちているように見えた。


「そして、京介は、私に名前をくれた。あの時の、何もなかった私に形をくれたの。だから、本当にありがとう。」


 その言葉で、三千年前、はじめて京花とあったときのことが鮮明に思い出された。


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「…お前も一人なのか?」


「…………。」


「……お前、名前は?」


「……私に名前を持つ資格なんてないわ。」


「そんな事ないだろ。名前は大切だ。名前がないと、これからどうお前の事どう呼んでいいか分からないだろ?」


「…これから?」


「ああ……そうだな、お前の名前はこれから京花だ。これで、俺と京花は、今日から二人っきりの仲間だ。二人でこの世界を手に入れようぜ。」


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 そうだ、あの時、強大な力を持ってこの世界に来たは良いが、なんだかんだ一人でいるのが寂しかったのだ。だから、同じように一人で寂しそうにしていた京花を強引に仲間にしたのだった。


 あの出来事は、自分でも無理矢理過ぎたと反省していたのだが、まさか、京花がそれに感謝していたとは。


 でも、どうしてその事を、今になって伝えたのか。先程から、どうしてこれが最後のような話ばかりするのか。


 止めてくれ。


 そんな顔で、見ないでくれ。本当に、これで終わりだと、思ってしまいそうになるから。


「京介は、私に優しさを教えてくれた。だけど、その京介が、長い時間を過ごす内に、すり切れて、優しさを忘れてしまったように、私には見えた。だから、今度は私が優しさを京介に教えてあげたかったんだけど、………もう無理みたい。」


「無理って、そんなことは…」


「ごめん、京介。もう私には時間がないの。だから、京介とできるだけ長く過ごしたかったし、色々な事を話したかった。……そして、最後は京介とはじめて会ったこの場所が良いって決めていたの。」


 京花は俺の言葉にかぶせるように、言った。


 ついに、京花自身の口から、最後という言葉が出た。


 どうして、そんな急に。


 そんな俺の動揺をよそに、京花は話を続ける。


「最後に一つだけ頼み事をしても良い?」


 俺は、無言で京花の言葉の続きを待った。


 何も、言えなかった。


「私は龍神だから、これから寿命が来て、龍へと昇華するわ。だから、京介に私の事を殺して欲しいの。被害を出してしまう前に、殺して欲しいの。それに、殺されるなら、私にこの世界での存在を与えてくれた京介の手がいいって前から考えてたんだ。」


 何てことないように、京花は言った。


 衝撃的な依頼だった。


 出来るわけがない。


 俺の苦しそうな顔を見て、京花は続ける。


「…ごめんね、私がお姉さんなのに、京介に辛い思いをさせて。でも、最後のわがままだから、聞いて欲しいの。」


 京花は、そう言いながら俺に近づいてくる。その手には、隠し持っていたのか、短剣が握られていた。


「…あなたに本当に大切なのは、あなたのことを一個人として見てくれる存在だわ。それは軍神でも、英雄でもない、あなたのことを…。だから、そういう人を見つけて、私がもらったような優しさを、誰かから受け取ってね。」


 最後の言葉だと言わんばかりに、京花は俺に短剣を握らせた。


 手が震えている。


 俺に……出来るのか?京花を殺すことが…。


 京花がまっすぐに俺を見つめる。


 俺は……


 俺は……………


 …………っ!


 その京花のまっすぐな目から………目を逸らした。…逸らしてしまった。


 どうして、とそんなような声が聞こえた気がした。


 本当のところは分からない。なぜなら、俺が京花から目を逸らした瞬間に、京花の存在を封印する結界術を使ったからだ。京花を外と内から封印する二重結界。簡単なことでは破ればいが、龍神の力なら、いつか破ることができても不思議ではない。


 殺せなかった。だから、封印した。間違いなく、逃げの選択肢だ。


 そして、俺は目を背けるように、その場を後にした。


 最後まで、京花のことを見ることが出来なかった。


 最後まで、京花に向き合えず、逃げることしか出来なかった。

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