第36話 龍神と軍神の五年前(中)

 京花と共に、結構な距離を歩いた。それこそ、時間にすれば、三週間ほどは歩いた。三千年も生きていると、時間の感覚は曖昧になるが、突然三週間も歩いてどこかに行く事は、とても珍しいことだった。


 道中、京花は、ひたすら話しかけてきた。いつものなんでもないような話から、過去の話まで。本当に楽しそうに、少しの取りこぼしもないように話し続けた。


 三千年間も共に過ごしてきたのだ。三週間では、まだまだ話し足りないくらいだった。


 辿り着いた場所は、龍神の谷と呼ばれる場所から、ほど近い場所にある一つの花畑だった。


「ねえ京介、このお花畑を覚えている?」


「…いや、すまない、覚えてない。」


 花にはあまり興味がなかった。いちいち、咲いてる花に目を向けてみたことなんてなかったのだ。


「はは、京介らしいわね。…このお花畑は、私たちがはじめて会ったときから、ここにあるの。すごいと思わない?三千年、色々な事があったけど、まだ力強く咲いているのよ、この花たちは。」


 京花は、そう言って、花をずっと見続けていた。その目には、同情の色が浮かんでいるように感じた。


 俺も京花も、三千年の中で、悲しい出来事を多く経験したのだ。京花はきっと、その花も、俺たちと同じように悲しい出来事を多く経験してきたのだ、と感じ入っているのだろう。


 俺には、とてもじゃないが花にそういう感情を抱くことが出来なかった。


「……よし!じゃあ、行こ。」


 そう言って、京花は俺の手を握って引っ張った。


「京介も、ここまで来たら、目的地が分かったんじゃない?」


「俺たちが、はじめて会った洞窟だろ?」


 流石に、この場所までくれば、思い出す。京花とはじめて出会った洞窟の事を。あれは、俺が異世界に来て、雨風をしのげる場所もなかったから、しばらく洞窟で暮らしていたところに、京花が偶然やってきたのだ。


 それが出会い。そして、軍神である俺と、龍神である少女の京花がはじめて出会った場所であることから、この洞窟が存在する谷は龍神の谷と呼ばれることになったのだ。


 でも、どうして急にそんな場所に行くことにしたのだろうか。別に、これまで定期的に訪れるような事もなかったと思うが。俺の手を引く京花の顔は見えない。ただ、いつもよりも少し俺の手を握る力が強いように感じた。


「まだ、しっかり残ってたね、洞窟。しかも、意外と広い。」


 京花は感慨深いような様子で洞窟の中を見渡した。なんだかんだ、ここに来るのは、千年ぶりくらいだ。俺にも、少し感じ入るものがあった。


「……ねえ、京介はさ、ここで私とはじめて会ったときに交わした会話を覚えてる?」


「何となくは、な。」


 京花は、急にらしくない様子で、昔話をはじめた。ここに至るまで、色々な昔話をしたが、この話が、俺と京花の最も古い記憶だ。


 まるで、ここに来るまでの旅が、俺と京花の思い出を拾う旅で、ここが終着点なのだと、そんなような気分になった。


「私はね、一言一句、忘れることなく覚えてるよ。私の一番大切な思い出だから。」


 京花は、何かを愛おしむような、何かを諦めてしまったような目をしていた。


 だからだろうか、俺は京花がどこか遠くに行ってしまうような気がして、思わず口を開いていた。


「一番大切なんて、分からないだろ。これから、もっと大切な思い出が出来るかもしれないんだから。」


「…そうかもね。」


 京花は寂しそうに頷いただけだった。


 辺りに、居心地の悪い沈黙が満ちる。俺は、はじめてみる京花の姿に、何て声をかけていいのかが分からなかった。仲間が死んだときとも異なる、どこか異様な雰囲気の京花に。

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