第35話 龍神と軍神の五年前(前)

 五年前



 京花はいつものように、町で多くの人と触れ合っていた。楽しそうにくだらないことを話し、ときには相談を受け、ときには、子供たちと遊ぶこともしていた。


 見慣れた風景だ。京花は、その綺麗な長い鮮烈なほど赤い髪をたなびかせながら、町を練り歩く。


 俺には、どうして京花が、そのように積極的に人と関わろうとするのかが、分からなかった。


 ただの人と俺たちでは、生きている年数があまりに違う。俺たちは、異質な存在だ。人々の輪の中に入っていくことのできない人種だ。それが、どうして、あんなにも簡単に輪の中に入っていけるのか。


 いや、そもそも、どうして精々、数十年程度しか生きていない人と関わらなければならないのか。そこに得られるものは、何かあるのか。


 ぼんやりと、ただ楽しそうに多くの人と触れ合う京花を見ていても、その問いの答えは得られそうになかった。


「ねえ、どうして京介は、あまり人とお話をしないの?恥ずかしいから?お姉さんに理由を話してごらん。」


 京花が、今日の町の散歩を終えて、こちらに戻ってくるなり、そう言った。一瞬、自分が先程まで考えていた事を、言い当てられたような気分になり、心臓がはねる。しかし、それもすぐに落ち着けることができた。京花とは三千年近くの付き合いになるが、京花が人の心を読むことの出来る力を持っているなんて聞いたことがないからだ。


 俺は、いつものようにお姉さんぶる京花に向かって、先程考えていた事と似たようなことを話した。要するに、人と関わることに意味がないんじゃないか、というようなことを。


 それを聞いて、京花は笑った。


「あはは、やっぱり京介はまだまだ子供ね。いつか、意味が分かるときがくるわ。」


 では、京花は一体いつその意味を知ることができたのだろうか。思い返してみれば、京花がいつ頃から人と積極的に関わりはじめたのかは、思い出せなかった。ずっと昔のような気もするし、ごく最近のような気もしたのだ。


 そんな風に、少し悩んでいると、京花がまた笑った。


「京介は、頭が固いのよ。もっと、素直になった方がいいわ。」


「…その子供扱いはやめろ、と何度も言っているんだがな。」


「仕方ないじゃない。私の方がお姉さんなんだから。」


 京花は、俺がこの世界にやってくるよりも前から、この世界に居た。何を隠そう、この世界で俺がはじめて出会ったのが京花だったのだ。何度か、年齢を聞いたことがあるが、その度にはぐらかされてしまって、どのくらい前から京花がこの世界にいるのか、正確なところは分からなかった。


「それで、今日はまだ帰らないのか?」


 話の矛先を変える。このまま、俺が子供じゃないという話を続けても、待っている結末はいつも同じだから。何百回と、そんなようなやりとりを繰り返したが、一度だって、京花が俺の事を子供じゃないと認めたことはないのだ。こういうところで、地味に頑固な奴だ。


「…うーん、ちょっとだけ京介と行きたい場所があるんだ。」


 京花にしては珍しく、はっきりとしない物言いだった。いつも、自分の気持ちに素直で、明るい京花が、こんな風に暗い顔をするのは、かなり珍しいことだ。それこそ、誰かの死を目の当たりにした時くらいではないだろうか。


 俺は、そのことがが気がかりではあったものの、黙って京花についていった。

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