第32話 最悪の誤解
町の出口にまで至った辺りで、ようやく気分は落ち着いた。
「ねー、何で無視するのさ。もしかして、トイレ?だったら聞いちゃってごめんね。私に遠慮せずに行ってきな。」
南雲の声が聞こえる。いつも通りの、どうでもいい言葉に、何故か今は少しだけ安心した。
「…もう帰るぞ。」
「…トイレはもう良いの?もしかして、もう手遅れだった?急に冷静になっちゃったりしてー。でも、大丈夫、私は心が広いから、京介を受け止めてあげることはできないけど、優しくしてあげることはできるよ。」
色々と考えていたことが馬鹿らしくなってくるような南雲の言葉に、大きくため息を吐いた。そのため息で、体の中に蟠っていた黒いものが出て行ったような気がした。
まさか、南雲に救われたと感じることになるとは思いもよらなかった。これだから、人と人との関係は面白い。
「距離を取らなくていい、漏らしてなんかないからな。」
「漏らした人が、自分から漏らしたなんて言わないと思いまーす。なので、私は断固として距離を取る!」
いちいち面倒な奴だ。別に、南雲の近くにいないといけない訳でもないので、無視して歩き出す。道が分からない南雲の道案内ができればいいだけなので、それほど支障はないだろう。
ただ、南雲にこれだけは伝えておきたくて、立ち止まって南雲の方に振り返った。
「ありがとな、南雲。」
「……え、急に何?糞漏らしを言及しないでくれてありがとうってこと?そういうのいちいち自分から掘り返すのってどうなの?何か気まずいじゃなーい。」
南雲には何のことか当然分からないから、全くこちらの意図は伝わってない。それどころか、最悪の方向で受け止められてる。
とりあえず、糞漏らしの汚名だけは返上しなければと思い、二時間の帰り道の間、ひたすら釈明を続けた。分かってもらえたかどうかは微妙なところだった。
風が出てきた。何となく嫌な風だ。
そう感じたのは、お使いを終え、ちょうど町に着いたくらいの時だった。空を見上げれば、天気は快晴。雲一つない青空に何となく不安を感じる。
早めに紗雪のところに戻った方がいいな、と考えているのだが、かれこれ三十分は南雲に町の入り口辺りで足止めされてる。
「領主様と知り合いなら、私を領主様に紹介してよー。糞漏らしのことは誰にも言わないから。」
やっぱり、誤解は解けてなかったのか、とため息をつきたくなる。
「紗雪も暇なわけじゃないんだ。理由もないのに、誰かと会うことはできないし、俺も南雲を特別扱いするように頼むことはできない。」
紗雪と会わせることができないのは、もちろんその通りなのだが、会わせたくないというのが本音であった。誰よりも忙しい紗雪の心労をいたずらに増やすような真似はしたくないのだ。南雲の対応なんて精神力を削り取られる仕事は、俺がここで食い止めるべきだろう。
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