第33話 龍の襲来
「けちー。けちんぼ。私、絶対、領主様の役にたてるからー。お願いー。もう生きてくだけのお金がないんですー。お金がないから冒険者になったんですー。」
こいつを振り切るには、どうしたものかと頭を悩ませていると、突然何かが破裂するような巨大な音が町全体に響き渡った。
「ーーーーーーーーーーーー!!!」
咆哮だ。それも尋常じゃない。空気を震えさせ、体に響く巨大な咆哮。
…頭が痛む。
「ーーーーーーーーーー!!!!!」
もう一度、巨大な咆哮が響く。
咆哮が届くたび、胸と頭が古傷のように痛む。
今度は先程のものよりも大きい。咆哮だけで、町の看板や、屋根が吹き飛び。木々が折れる。
気づけば、周りにいた人は皆膝を折って、震えている。防衛本能だ。皆頭を抱えて、うずくまっている。
風が強くなる。気づけば、快晴だった空に暗雲が立ちこめ、雨が降り始めていた。
誰かの震えた叫び声が響き渡る。
「…か、か、か、霞ヶ龍だああぁぁぁ!!!」
その言葉が合図だったかのように、雷鳴と共に巨大な龍がその姿を現した。
空を覆うほどの、巨大な龍が、龍神谷から這い出てくる。
「……軍神様、どうか、どうかあぁ。」
辺りから人々の声が聞こえる。口にする言葉は皆同じだ。
軍神様、か。
逃れられない責務と、迫り来る自分の罪に、頭痛がする。頭が真っ白になる。自分はどうするべきなのか、どうしたいのか。五年前に放棄した問が再び、襲いかかってくる。
ふと、そんな中、隣に人が立っている気配を感じて、意識が現実に引き戻された。
立っている。この状況で、そんな人がいるのはおかしい。強い冒険者だろうと弱い冒険者だろうと関係がない。あの龍の前では、人なんて等しく塵のようなものだ。
誰もが本能的に恐怖するのだ。あの龍の威容は、誰もが少なからず持っている恐怖心を引き出し、増幅する。
強い雨が、体を打つ。
強い風が体を揺らす。
雷鳴が、心を打つ。
「ーーーーーー!!!!!!!!」
一際強い咆哮が、存在を揺るがす。
それでも、少女は膝を折ることなく、背筋を伸ばし、龍を見つめていた。
「………南雲。」
思わず、隣の少女に対して呟いていた。
それは、感心か感動か、あるいは恐怖だったのか。
この状況で、立っていることは、まだ良い。あり得ないことではあるが、心を強く持っている歴戦の強者であれば、龍の前に立つことを許されるだろう。
しかし、南雲はただ、立っているだけではなかったのだ。
笑っていた。
龍を見上げ、本当に楽しそうに無邪気に笑っていたのだ。まるで、自分の好敵手を見つけたかのように。自分が龍を倒すことを信じて疑わないように。
人に、こんな顔ができるのか。それも、冒険者になって、まだ五日でしかない、ただの少女に。
思わず、俺も笑っていた。まさか、人と関わることで、こんな才能を見つけることができるとは。ただの人として過ごすことでしか、見つけられない才能があるとは。
何の因果だろうか。おそらくこの少女は、ここで見いだされなければ、歴史に一切の名を残すことなく、その一生を終えていただろう。
軍神としてではなく、人として、他人と関わることではじめて経験できた気持ちだ。大切にしなければならない。人として生きることを教えてくれた少女のためにも。
龍は、今にも町を滅ぼさんとしている。流石に、今の南雲ではこれに立ち向かうのは無謀だろう。
もう迷いはない。ずっと、胸と頭で存在を主張してきた古傷のような痛みも感じなくなっていた。
俺は、龍を正面から見据え、両手を掲げる。
「…ありがとな。」
一言、龍に向かって呟いて、龍の内に施されている結界術を発動した。
瞬間、龍の体が大きく光ったと思うと、龍神谷の方へ龍の体が吸い込まれていった。
……もって、十日といったところだろう。とにかく時間がない。
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