第25話 決着の後、アリアと…

 アリアは、頭を痛そうに押さえていて、足取りがおぼつかない。ただ、立っていることも辛いようなので、俺はアリアの支えとなるために、アリアをそっと抱き寄せた。


 アリアは、少し驚いた顔をしたが、すぐに俺の意図に気づいたのだろう。体重を完全に俺の方に預けてきた。


「…本当に助けられちゃいました。」


「約束したからな。」


 アリアの表情は見えない。アリアは完全に俺の胸に顔を埋めており、俺の目には彼女の特徴的なピンク色の髪しか見えない。


「アリア、これでお前は叶えたい未来を叶えるための選択ができるだろ、もう間違えるなよ。」


「…また、間違えてしまったときは、京介さんは助けてくれませんか?」


「もちろん、手の届く限りは何度だって助けるつもりだ。ただ、俺の手が届かないこともある。」


 そうだ。この力を使えば誰だって救うことができると勘違いしていた時もあった。しかし、この世界はそんなに都合良く出来ていない。三千年という時は、俺に現実を理解させるには十分だった。


「…もし、京介さんの手の届く範囲から出るつもりがありませんって言ったら?」


「…お前な。」


 少しだけ呆れたような口調で言うと、アリアは俺の胸から離れて言った。


「もちろん、冗談ですよ。」


 そこには、いつもと変わらない明るいアリアの笑顔があった。


「私の叶えたい未来は、あの夜に話したように世界中を色々な人と旅をすることですから。ですが……」


 アリアは、そこで一度言葉を切り、こちらの方を見つめながら告げた。


「それ以上に叶えたい未来が、私の中で出来てしまいました。ずっと京介さんの手の届く範囲にいる訳じゃありませんが、しばらくは町に残ります。」


 そう告げるアリアの頬は微かに紅潮していた。


「そうか、紗雪も喜ぶだろう。あいつは、町に気楽に話せる友達がないからな。」


 俺は、アリアの言葉に答えを返して、アリアを先導するために歩き始めた。


 まずは、眠っている紗雪と合流しなければならない。


 俺の後ろを、アリアは、とてとてと付いてくる。


 しばらく、森の中を進んだところで、アリアが思い出したかのように言葉を発した。


「そういえば、京介さんってとても強かったんですね。」


 …そういえば、その話を忘れてた。蛇王に意識を乗っ取られていたとはいえ、俺と戦ったのは他ならぬアリアなのだ。当然、俺の強さが普通ではないことは肌で感じていただろう。


 誤魔化しは……無理か。どんな言葉を持ってしても、この状況を言い逃れることはできないだろう。


 打つ手がなくなった俺は、自然とアリアに尋ねていた。


「……どう思った?」


 どうして、そんな言葉が口から漏れたのかが一瞬分からなかった。しかし、すぐに納得する。


 …多分、俺は怖いのだ。自分の正体が知られてしまうことで、ただの京介として接してもらえないことが怖い。この旅で築いた関係が壊れることが怖い。羨望や畏怖や憧憬の念を抱かれることが怖い。


 ふと、蛇王が最後に残した言葉が脳裏に浮かんだ。


「これほど強大な力を持って、ただの人になんてなれるかよ。お前は、ただの人にはなれねえ、ただの人として関われねえ!!その力がある限り、お前は何処まで行っても軍神なんだよお!!」


 …蛇王の言葉に納得するのは癪だが、その通りなのかもしれないと自嘲する。


 そんな諦念にも似た感情を抱いて、俺はアリアを見た。


 アリアの目の色は変わっていなかった。


 その目は、強大な力を持つ者を見ていなかった。ただ、自分の目の前に居る京介という個人を見てくれているように感じた。


 その目をしたまま、アリアは告げる。


「もちろん、すごいと思いましたよ。だけど、京介さんは京介さんです。…だから、そんな不安そうな目でこちらを見ないでください。」


 そんなに不安そうな目をしていたのだろうかと、自分の事を少し恥じる。


 だけど、アリアのその言葉に、俺は救われたように感じた。蛇王の言葉が脳裏から去る。


 アリアは、俺を気遣ってくれたのだ。それは、対等の目線を持っていないと出来ないことだ。それは、まさに人と人との関わり合いだ。決して、軍神と人との関わり合いではなかった。


 だから、俺は安心してアリアに言った。


「アリア、ありがとう。」


 アリアは、その言葉を優しく受け止めてくれた。

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