第22話 アリアの本心

 アリアはうつむきながら、ぽつりと声を発した。


「…私は、領主様や京介さんに許されないことをしました。領主様や京介さんに、自分の本心を隠して近づき、自分に課せられた使命のために利用しようとしました。その結果がこれです。二人を復活した蛇王の目前という非常に危険な場所へと導いてしまいました。」


「…こんな私に叶えたい未来のために前を向いて選択をする資格があるのでしょうか?」


「そんな事、俺は気にしてないぞ。紗雪も同じだろう。誰も気にしてないことを、アリアだけが気にしてどうする。それとも、それをまた逃げるための言い訳に使うか?」


「そんな訳っ……!」


「無いって言うなら聞かせてくれよ、アリアの本心を。…前を向いて話をしてくれよ。」


 その言葉にアリアは、はっとしたように顔を上げた。どうやら、自分がうつむいて会話をしていたことに気づいていなかったようだ。


 顔を上げれば世界が広がる。世界が広がれば、塞ぎ込んでた考えも変わる。


 今、ようやく目を合わせることのできたアリアの顔は、決壊したダムのように大量の涙が流れていた。


「…私は、このまま意識をなくしたくないです。生きていたいです。生きて、まだまだ色々な事をしたいです。」


「だから、助けてください、京介さん…。」


「分かった、必ず助ける。助けて欲しいなら、何度だって助けるって約束したからな。」


 ようやくアリアの本心を聞くことができた。アリアが、いつかの夜に話しかけてきた訳。アリアが、わざわざ自分の境遇を話して聞かせた訳。アリアが、蛇王の魂を押しのけることができた訳。


 何てことはない、ただ助けて欲しかっただけなのだ。それを様々な感情から言葉に出来ずにいただけで。


 もし、アリアがこの本心に素直になれていない状態で助けてしまっていたなら、アリアは今後一生消えない使命感に追われて生きることになっただろう。行き場を失った感情は、使命を邪魔した俺への復讐心となるかもしれない。どちらにせよ、アリアは望まない感情に身を委ねなければ、生きる意味を失ってしまうような状態になったのは間違いない。


 本心を告げることができたアリアは、意識を保つ理由を失ったのと同じだ。だから、これから起こることも予想の範囲内だった。


 アリアの体が三度発光し、あの醜悪な化け物が帰ってくる。


 姿形こそ同じものだが、纏っている雰囲気がまるで違う。そして、何より声音が違う。


「おいおい、何が起こったんだよ。たかが器如きのガキの意識が俺様の意識を喰ったのかあ?おいおいおいおい、不快なんてもんじゃねぞ!!」


 化け物は出てくるなり、甲高い声で叫んだ。これ以上無いほど怒り狂っている様子だ。


「もう二度目はねえ。お前の入れ込んでるガキは本当の意味で死んだ!だけど、お前にこの器が切れるか?万に一つの可能性で、戻ってくる可能性を信じたいんじゃあねえのか?」


 俺は、何も言わず、周囲に結界を張り巡らせた。空間遮断の結界。これで、この空間は外界と遮断され、この結界の外から、俺と化け物の姿を認識することはできず、ここでの戦いが結界の外に影響を及ぼすこともない。


「何だよ、力を失ったわけじゃあねえのよ。けどな、ただの人如きに擬態するほど墜ちたお前じゃあ俺様には勝てねえ。俺様が負けたのは、軍神のお前だ。千年以上の蛇の執着の果てをあまりなめるなよ?」


 瞬間、一気に空気が冷たくなる。奴が戦闘状態に移行したのだ。ある程度の腕利きの冒険者でも、この殺気だけで指一本すら動かせなくなるだろう。


 …なるほど、確かに奴は以前戦ったときよりも強くなっている。千年以上に渡る一族の想いというのは伊達じゃないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る