第9話 冒険前夜
屋敷に戻ると、紗雪が玄関で待っていた。
「緊張して寝れないから夜の町の散歩?」
「紗雪こそ、こんな時間にどうしたんだ?」
「私は仕事が残ってて、偶々起きてたのよ。そしたら、京介が外出していくのが、窓から見えたってわけ。」
「わざわざ、玄関で待っていたということは、言いたいことでもあったか?」
時間も遅いし、明日の事を思えば、一秒でも長く寝た方が良いに決まっている。そんな中で、俺の帰りを待ってまで伝えたいこととは何だろうか。
「怖かったら、止めても良いのよ。別に、京介じゃなくても優秀な結界術士はこの町にたくさん居るわ。」
紗雪は何でも無いことのように、そう言った。不器用ではあるが、彼女なりの優しさなのだろうか。
もちろん、紗雪の想像してるような緊張は全くない。どちらかというと、紗雪を怪我させないかという緊張の方が大きいくらいだ。
「京介には色々と頼んでるけど、本当に嫌なことは嫌だって言っても良いのよ。私も京介の雇い主として、それを受け入れる度量くらいはあるつもりだから。」
「変に心配をかけたみたいで悪かった。大丈夫だ、今覚悟を決めてきたところだから。」
リュウウェルと話して、万に一つでも帰れなくなるような事があってはならないと、実感したばかりだ。
「そう、京介が大丈夫だって言うなら、私も何も言わないわ。少しでも早く寝て、体調を整えておきなさいよ。」
そう言うと、紗雪は自分の部屋の方に歩いて行った。
「紗雪。」
「何よ、まだ何かあるわけ?」
「いや、紗雪も早く寝ろよ。」
「言われるまでもないわよ。」
自分の部屋へと再び歩いて行く紗雪の背中を見て思う。
紗雪との付き合いはまだ短いが、紗雪も俺にとって絶対に失いたくない仲間の一人なのだと。数千年の付き合いもなければ、紗雪は俺がかつての軍神であったことも知らないが、俺は確かに紗雪の存在に救われているのだ。
五年前に、本当に大切な友を失い、心が壊れそうになったときに手を差し伸べてもらった、あの日からずっと。
昨日予定していた通りに、俺と紗雪は支度をして蛇王の墓所に向かっていた。
その途中、ちょうど町から出るくらいに、急に紗雪を呼ぶ声があった。
「待ってください、領主様。」
その少女は、息も絶え絶えといった様子だった。おそらく、走って、わざわざ追いかけてきたのだろう。ピンク色の髪で温和そうな綺麗な顔を歪めて、辛そうにしていた。
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