第8話 仲間を失うということ

「何度見てもすごい結界術だ。普通この規模の結界術を行おうとしたら、巨大な魔方陣と百人はくだらない数の結界術士が必要になるはずなのだが。」


 リュウウェルは心底感心したように、独り言を漏らす。


「リュウウェル、協力してくれてありがとう。」


「どういたしまして、と言いたいところだが、この結界術に果たして本当に僕の力が役立っているのかを思うと、素直に言い辛いところがあるね。」


「十分に役立っている。これで、俺一人で結界術を行使するよりも、被害者の寿命は間違いなく延びたのだから。」


「そう言ってもらえると、ありがたいよ。」


 やることを終えたので、二人揃って町に戻る。そろそろ、空が明るみはじめる頃だ。紗雪との約束の時間も近い。


「京介、こんな言葉君には必要ないかもしれないが…。」


 そう前置きしてから、リュウウェルは口を開いた。


「どうか、死なないでくれよ。」


 リュウウェルの目はひどく真剣なものだった。リュウウェルはこれ以上無いほど知っているのだ、仲間との別れが耐えがたいほどに辛いことを。今や、かつての軍神の時代を共に過ごした仲間は数人しか生き残っていない。リュウウェルは何より、その数少ない思い出を共有した旧友を失うことを恐れている。


 だから、万に一つでも危険性のありそうな今回の事件には柄にもなく同行を申し出たのだろう。


「分っている。そう簡単に死にはしない。何と言っても、三千年も生きてきたのだから。」


「それでも不安なんだ。本当は、僕も京介についていきたいよ。でも、京介はそれを許さないんだろう?」


 リュウウェルが、珍しく落ち込んだ様子で、言葉を紡ぐ。


「だって、京介も僕と同じ顔をしてるから分るんだ。京介も、かつての仲間を失うのを恐れていることを。京介は、僕たちを危険なものに近づけたく無いんだろう?」


 やっぱり、リュウウェルは察しが良い。だから、わざわざ伝えるつもりもなかった想いを知られてしまう。


 リュウウェルの言うように俺こそが、かつての仲間を失うことを最も恐れていた。


 これまで、本当に多くの人と出会い、それと同じくらい多くの別れを経験した。俺の持っている能力は、確かに最強だった。しかし、この力を持ってしても、人の死を止めることはできはしない。目の前で、大切な仲間が死んでしまう経験さえした。どれほど時を重ねても、その絶望は一向に薄れることはない。


「やっぱり、あの時のことを今でも後悔しているのかい?」


「…ああ、そうだな。だから、分ってくれ。」


 自分が思っていた以上に沈んだ声が出た。それを聞いたリュウウェルは、これ以上何も言えないというように、沈鬱な表情で口を結んだ。


「悪いな、俺の自分勝手に付き合わせてしまって。」


「…気にしなくて良いよ。僕がついていきたいと言ったのも自分勝手なものだし。」


 そうして会話は終わった。ちょうど、町の入り口が見えてきた頃だった。俺は、リュウウェルに別れを告げて、屋敷に戻った。

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