第5話 破られた結界

 かつての蛇王の死後、今と同じように人々の間で原因不明の病が流行した。その時に、俺が、蛇王の墓所に結界を張ることで呪いを封じ込めたはずなのだが。長年の時を経て、結界が弱まってしまったのだろうか。だとしたら、簡単な話だ。弱った結界をまた張り直せば良い。ただ、結界が弱った程度で、このような事態になるはずがないのだが。


「察しが良いね。京介の結界が時間と共に弱ったことも原因の一つではあるかもしれないが、それだけじゃ、呪いは結界を超えられない。誰かが結界を破ったんだ。」


 リュウウェルは俺の顔を見て、同じ結論を抱いたことを察したらしい。俺が考えていた結論を、そのまま口に出した。


「弱まっていたとしても、そう簡単に破られる結界ではないはずだが。」


「その通りだ。しかし、現実には結界が破られた以外に考えられない。つまり、この事件には強大な力を持った誰かが関わっていると考えて間違いないだろう。」


「俺の結界術を破るほどの存在か…。」


 それは一筋縄ではいかないかもしれない。事態は想像していた以上に深刻なようだ。本来、この事件については調査をした後、紗雪に報告して、解決は紗雪の裁量に任せようと考えていたのだが、こうなってくると俺自身で解決に向かわなければならないだろう。


「手伝おうか?」


 リュウウェルが問いかける。リュウウェルがこんな事を言うのも珍しい。それほど、危険性があると判断しているのだろう。


「いや、大丈夫だ。いくら長年前線から退いているとは言え、俺はかつての軍神だぞ?」


「そう名乗るのは止めたんじゃなかったのかい?」


「必要であれば、軍神の名を名乗るのも、軍神の力も使うことにも抵抗はないさ。」


 基本的には、ただの食客として一般人の生活を送りたいという意思は強いが、それは自分の力を手放す訳ではない。力を使えば助けられる人を見捨てよう等とは少しも思わない。


「そうか、それで今日の夜にでも早速使うんだろう?その軍神の力を。」


「よく分ったな。」


 言い当てられて、少し驚く。言われたとおり、今日の夜にでも蛇王の呪いの進行を抑える結界を、町全体に張ろうと考えていたのだ。


 呪いの厄介なところは、進行を遅らせることができても、原因の対処以外に完治する方法はないというところだ。今回の場合は、呪いの源である蛇王の墓所の封印となる。


「町全体に結界を張るんだろう?まさか、それを手伝うのまで止めはしないと信じたいが。」


「もちろん、それは頼らせてもらう。俺一人の結界術より、リュウウェルの結界術を組み合わせた方が、より進行を遅らせられるからな。」


「それを分っていてくれて良かったよ。それじゃあ、僕は今日の夜に町外れにある展望台に行けば良いかな?」


「ああ、それで大丈夫だ。」


 リュウウェルは昔からそうだが、察しが良すぎる。その察しの良さは、会話を円滑に進める上では、とても役に立つが、読み取られたくない感情も読み取られるという側面を持つ。リュウウェルは、俺が結界を張る手伝いをお願いするのにもかかわらず、墓所についてくることは拒否した理由も何となく分っているのだろう。


 リュウウェルは少しだけ寂しそうな顔をした後、口を開いた。


「それじゃあ、また今日の夜に。僕は、それまで家で体を休めておくことにするよ。結界術には意外と体力を使うからね。」


「ありがとう、また後で。」


 そう言ってリュウウェルとは別れた。


 さて、今から紗雪の所に、事件の報告にでも行くとしよう。おおよその概要と、今回の事件は俺が解決するということを伝えなければ。

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