脳みそチャレンジの賞品
空野宇夜
脳みそチャレンジの賞品
何台ものスポットライトがそれらを照らし始めた。それらとはつまり、ホルマリン漬けの人間の脳みそが入った容器である。脳には無数のケーブルが挿されており、恐らく外部からの情報を得て自分で思考を行うことができるのだろう。それらは一人一脚の椅子に座るように一つの小さな丸机に一つ置かれており、それが五つほどある。ライトで照らされたところ以外は真っ暗な闇に包まれていた。
「さあさあ始まりました! 脳みそチャレンジ! まずは説明から始めましょう!」
司会と思しき派手なスーツを着た男がスポットライトを浴びた。彼はマイク片手に明るげな声で言う。
「ルールはこうです。私がこれから簡単な問題を出すのでそれに『はい』か『いいえ』で答えてもらうだけです。回答するためのモニターをあなた方に渡しますのでそれで回答してください」
すると、どこからともなく数人の黒衣がやってきてモニターの設置を始めた。脳みそから伸びたケーブルの一つがモニターに挿され、黒衣たちが電源を入れてゆく。モニターは青色に輝いた。
「準備が整ったということで今回チャレンジに挑む五人の勇者たちの紹介をしましょう! 左から相田、烏丸、佐藤、高橋、夏目でお送りします。どの方々もここでは語りきれないくらい魅力的です。ここで語れないのが残念です……。
おおっと……では早速第一問、『人の嫌がることはやっても良い』」
特にこれといった効果音もなく、問題が読み上げられた。このような手の抜かれようが逆にこの会場全体を冷ややかな空気に染めていた。
答えは待つ暇もなく画面に白い字で現れた。左から「はい」「いいえ」「いいえ」「はい」「いいえ」と表示された。
「ふむ、よろしいです。では次の問題へ行きましょう。第二問、『いくら自分が貧しい人間でも、それを理由に犯罪に手を染めても許される』」
いくら脳みそだけの身体になろうと感情というものはまだ持っているらしい。今度は少しの間が空いた。そうなるのも仕方がない。正解すら教えて貰えないとはチャレンジとして成り立っていないのだから。
それでも、答えは掲示された。左から「いいえ」「はい」「いいえ」「はい」「はい」と表示された。
司会者の男は手元を動かしリストに斜線を描いた。この時点で斜線が引かれた者は相田と高橋だった。
「早いものでもう最後の問題まで参りました。では、第三問『自分のしたことは分かっている』」
状況が飲み込めたのか答えはすぐに出た。左から「はい」「はい」「いいえ」「はい」「いいえ」だった。
「これは……素晴らしいです。素晴らしい結果です」
男は手元を動かし丸を描いた。丸が描かれたのは烏丸と夏目だった。男はその脳みその名前が書かれたリストを黒衣に渡し、小声で「丸が描かれたもの以外は消せ」と伝えた。それに応じ、黒衣たちはまずモニターのケーブルを抜き、それから相田、佐藤、高橋に挿されてあった全てのケーブルを抜いた。生きているか死んでいるか、見た目で判断しかねるが、脳みそ単体で生きていくことなど無理な話だろう。
「さあ、残ったのは烏丸さんと夏目さん、あなた方二人です! そう、あなた方が本チャレンジの成功者なのです。なので、賞品を差し上げましょう。それは……永遠の身体です! すぐにご用意しますのでそれまでゆっくりとお休みしてください」
男が合図をすると烏丸と夏目に付いていた機器を必要最低限のものを残して、全て外した。司会の男はさっきまでとは全く異なる声色で「運べ」と言った。
「まったく……こいつらは不幸なやつらだぜ」
烏丸の乗った机を押しながら黒衣の男が言った。
「ありえないよな、脳の記憶領域をSSDにするなんてな」
夏目の机を押していた黒衣の男が言った。
その通路は工場のようで至る所にパイプやら機械やらが張り巡らされていた。
「そこじゃない。これからはこいつらが人権を失ってロボットとして働き続けるのが可哀想だって話だ」
「まあ、仕方ないんじゃないか? こいつらに罪がない訳じゃないんだからな」
そうして着いたのは真白い研究施設のような所だった。黒衣たちは足を止め、押していた荷物から手を離し、白衣の中年と向かい合った。
「じゃあこれ、お願いします」
黒衣の一人が脳みそへ手を差し出した。
「脳みそチャレンジをクリアしたということは、優秀な人材になり得るということだね?」
白衣の中年は笑った。実験中毒のイかれた人間なのだろう、その笑みが悪魔的に見える。
「ええ、そうですとも。恐らくは」
「十分十分。被験者は居るだけでもありがたいからねえ」
「では、自分らはここで」
黒衣たちはその言葉を残して去っていった。
「さあ、君のセカンドライフが始まるよ」
白衣の中年はそう言って脳みそへ両手を伸ばした。
脳みそチャレンジの賞品 空野宇夜 @Eight-horns
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