第49話 首謀者
會津戦争一切の責任を負い、家老・
切腹を命じられたのは、飯野藩保科邸である。その保科邸には、容保と照姫の親書を携えた梶原平馬と山川大蔵の二人の姿があった。
そのいずれの親書にも、権兵衛の忠義に感謝するとともに、その命を惜しみ詫びる気持ちが溢れていた。
『もう、思い残すことは何もない』
主君の思いに接し、心底喜びながら、顔を上げるとそこには、目に涙をいっぱいに湛えた梶原平馬の顔があった。
その顔に一度頷き、権兵衛は立ち上がった。
「さらばじゃ」
死出の道へと続く渡り廊下を歩きながら、権兵衛はおよそ半年前の長かった一日のことを思い出していた。
九月二十二日、鶴ヶ城が開城され容保・喜徳父子を見送った後のこと、城内の奥座敷に二人の家老の姿があった。
萱野権兵衛と梶原平馬の二人である。
「此度の戦の一切は、儂が御老公を
権兵衛の言葉に、平馬は驚いた。
「それはなりませぬ。御老公の意を受けて、それがしが全てを動かしたもの。全ての責任はそれがしにございます。既に覚悟は出来ております」
「それは分かっておる。お主は軍制改革や他藩との交渉、軍備の調達と全て一人で、よくぞやり遂げてくれた。儂などに到底出来た仕業ではない。しかしな、平馬。薩長は御老公が首謀者でないとするならば、年相応の家老が首謀者でなければ納得せぬはずじゃ。お主如き若造が、筆頭家老で首謀者などと誰も信じてはくれぬ。もっと年長の黒幕がいるだろう、と嫌疑をかけられ、二人が詰め腹を切らせられることにもなりかねぬ。それならば、儂ひとりで済む方が良かろう」
「萱野様お一人に責任を負わせるなど、出来ることではございません」
平馬の話に笑みを浮かべながら、権兵衛は返答した。
「一人なわけがなかろう。既に亡くなっている田中殿と神保殿がおるではないか。その三人が殿を
権兵衛は、八月の城郭内侵入時に揃って自刃した、田中土佐と神保内蔵助のことを指して言っている。
「しかし、それでは、それがしの気が済みませぬ」
あくまで納得できない平馬は食い下がった。
「気が済むとか済まない、の話ではないぞ。よく考えてみろ。お主は一度でも城外で銃や刀を持って戦ったのか」
「いいえ」
「そうであろう。儂らと違って、其の方は常に御老公や殿のお傍に控えておったではないか。それに比べて、儂は長く高久に布陣しており、敵もよく儂の存在を知っておるはずじゃ。首謀者として、これほど適任はおるまい」
「では、それがしはどうやって、この責めを負えばよいのですか。戦略・戦術が拙かったが故に、白河城の攻防では大敗を喫し、母成峠や十六橋の突破を易々と許してしまったのではございませんか」
「白河口は大軍の上に胡坐をかいた西郷の
「誰も思っていなくても、それがしの見通しが甘かったからなのです」
何を言っても、首を縦に振りそうもないと思った権兵衛は、平馬に対して意を決し告げることにした。
「よいか、平馬。お主はいくつになる」
「二十七歳です」
「そうであろう。儂は既に四十一歳の初老よ。いつ死んでも悔いはない。しかし、お主にはまだやって貰わねばならないことがある」
「この期に及んで何があると言うのですか」
「御家の再興だ」
平馬にとって、その権兵衛の言葉は意外であった。
「まさか、そのようなことが可能でしょうか」
「それは分らん。しかし、我らの処罰が終われば、いずれは御老公の御赦免も叶うに違いない。その時は、大幅な減封は免れないにしろ、御家再興の可能性も残されておる。その時こそ、お主や大蔵のような若い力が必要となるのだ。お主が言う自身の罪とやらを
もう死んで責任を取ることしか考えていなかった平馬にとって、この権兵衛の話は少しだけ目の前に火が灯った気がした。
「分かりました。その命令、謹んでお受けいたします」
「うむ、確と頼んだぞ」
その一言と同時に、ようやく権兵衛の人懐こい、いつもの笑顔が浮かんだ。
「ごめん仕る」
その一言と同時に閃光が走った。
保科家中で剣客として名高い介錯役の沢田武司が、権兵衛の首にめがけて振り下ろした貞宗は、保科家藩主が敬意を表して渡した名刀であった。
(第五十話『"御家再興"という名の制裁』に続く)
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