第28話 七ケ宿会談

 會津藩主席家老の梶原平馬が極秘会談のために、藩士四名を従えて七ケ宿しちかしゅく街道関宿せきじゅくに入ったのは、四月二十六日のことである。

 関宿の本陣である渡辺家には、既に米沢藩の木滑要人きなめりかなめら三人が到着していた。双方の挨拶を済ませ、雑談をしながら暫く待っていると、大きな声とともに入って来たのは、恰幅かっぷくのよい初老の男だった。

「遅くなりました」

 仙台藩の主席奉行・但木土佐である。但木も若年寄の真田喜平太他一名を従えてきた。

 三藩の代表が揃ったところで、直ちに会談が開始された。口火を切ったのは、仙台の但木土佐である。

「先般、我が藩の若生文十郎から出された、救済嘆願に当たっての条件は、呑んで頂けるのでしょうか」

 但木土佐は出された茶を一口呑み込むと、いきなり切り出してきた。

 但木の目は真っ直ぐ、梶原平馬の顔に向けられている。

「お答え申し上げましょう」

 平馬は落ち着いた素振りで一呼吸を置き、二回りも年上の但木土佐に向かって、語り始めた。

「むろん、主君の蟄居謹慎と減封はやむを得ず、受け入れる所存。しかし、鳥羽伏見における戦の首謀者と言われましても、全員が敵の銃弾に倒れ、生きて戻った者は誰一人としておりませぬ。生存している者は全て軽輩にて、命に従いて出陣した者ばかり。しかも、戦いの責任者たる前の将軍・慶喜公は、罪を一身に背負い謹慎し、それを朝廷が認めております。これ以上、我が藩が罪を追う必要がありましょうや。既に戦の罪は消滅したものと考えますが如何」

「そのように頑なな態度では、我が藩としては、総督府への嘆願など、到底叶わぬ話ですぞ。米沢藩の木滑殿は如何かな」

 但木土佐は、念のため米沢藩の意向を確認した。

「我が藩も仙台藩と同じ考えでござる。総督府に嘆願出来ない時、會津藩は如何なさるおつもりか」

 今度は、米沢藩の年寄・木滑要人が平馬を言い詰めたが、これに対して平馬は、一点の迷いもなく即答した。

「かくなるうえは、藩士最後の一兵まで戦い、祖国の地を奸賊から守るのみでござる」

 こうなると話し合いではなくなる。今度は但木土佐が折れ、説得調に変わった。

「僅か一人か二人の首謀者の首と、全藩士の命のどちらが重いと思われる。その点をよくよくお考えなされ」

 すると、これまで沈黙を保ってきた仙台藩・若年寄の真田喜平太が、強い口調で平馬に迫った。

「もしも、貴藩がどうしても戦の首謀者の首級を、差し出すことに抵抗するのであれば、直ちに帰国なされ軍備を整えられるがよい。次にお会いするのは戦場となりましょう」

 まさに挑発的な言葉である。真田は更に続けた。

「そもそも、鳥羽伏見の戦は、慶喜公の過ちではなく、貴藩公が負うべき罪ではないのですか。それを臣下の貴殿が認めないというのであれば、それは貴殿らの罪というものですぞ」

 これら厳しい言葉を浴びせられても、胆が据わった平馬は暫くの間、目を伏せて沈思黙考した。部屋には重苦しい空気が流れている。

 再び目を開いた平馬は、仙台と米沢の両代表を見回し、話始めた。

「前の戦が誰の責任か、その場にいない皆さまが、噂の話を真に受けて判断されても、些か心外でございます。しかしながら、真田殿のおっしゃること、ご尤もでございます。さらば我が本心でもあり、我が藩が最も懸念していることを正直申し上げましょう」

「おう、何なりと承ろうではないか」

 但木土佐が、少し安堵した様子で返事をした。

「貴藩にお示し頂いた嘆願の条件を全て呑み、我が藩の首謀者の首を差し出したところで、我が藩への私怨を晴らさんとする長州の参謀が、嘆願を受け入れるとはとても思えないのですが、如何でございますか」

 平馬のこの問い質しに、但木土佐は回答を躊躇せざるを得ない。確かに、下参謀でありながら、総督府の実権を掌握している世良修蔵が、會津討伐ありきでいる以上、嘆願を簡単に受け入れるとは到底考えられない。

「それは問題ない」

 その答えの声は、なんと隣の真田から発せられたものだった。但木は驚いた。一番繊細で難しい点を、会津は突いてきている。恭順の意を表して首謀者の首級を差し出したとしても、嘆願が認められないことは、大いにあり得るのだ。しかし、真田は自信ありげに更に言葉を続けた。

「恭順の意を表し嘆願すれば、如何に薩長中心の総督府とは言え、それを認めぬ道理はござらぬ。我が藩にお任せあれ」

 但木土佐の大いなる懸念をよそに、真田喜平太は軽率にも断言してしまった。この一言が、どれほど大きな意味を持ち、仙台藩のその後を決定づけることになるかも考えずに、である。

 しかし、但木土佐は敢えて撤回はしなかった。会津救済こそ正義との信念が根底にある以上は、突き進むしかないと、腹を決めたのはこの時であった。

「そのお言葉、信じても宜しいのですね。されば、もう一度、本日の会談の内容を持ち帰り、藩内で検討したうえで、嘆願書を作成し提出させて頂きます」

 平馬の言葉に対して、但木土佐はただ頷くことで返答した。

『賽は投げられたのだ。もし嘆願が拒否された場合は、ひたすら我が藩の正義の途を突き進むのみ』

 但木土佐は、心の中でそう誓っていた。


(第二十九話『仙台藩の決意』に続く)

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