第24話 平馬と継之助

「よし、これで積み荷は全てだな」

 會津藩・主席家老の梶原平馬は、満足そうに搭載した武器弾薬を眺めていた。外国船コリア号の船内である。傍らにはプロイセン王国のスネル兄弟が立ち、平馬に笑みで返していた。二人とも日本語が達者である。

 梶原平馬は、大坂から江戸に戻ると直ぐに、秘かに容保の命を受けて、横浜に赴いていた。その命とは大量の武器弾薬を購入し、薩長に知られることなく、会津に運び入れることだった。

 京にいる時から旧知の仲である、長岡藩執政の河井継之助に紹介された、スネル兄弟と接触した平馬は、兄のヘンリイ・スネルを軍事顧問として会津に迎えることにした。

 このヘンリイは会津に到着後、名も和名の平松武兵衛と改め、日本人の妻と一緒に城下の絵高町に住居を構えることになる。姓は「松平」を前後逆にしたものであり、名からもヘンリイの心意気が知れる。また、武器弾薬は、弟のエドワード・スネルが経営する貿易商会から購入したものだった。

 更に、梶原平馬は江戸城に備えてある、今後は無用の長物となるはずの大砲二十二門を譲り受け、海路新潟から会津へと運び入れることに成功した。

 しかし、これら大量の武器弾薬それに大砲を、陸路堂々と運ぶわけにはいかない。少なくとも、恭順の体裁を整える手前、陸路では目立ちすぎるのだ。

 そこで、船の手配をしたのが、ヘンリイの弟であるエドワード・スネルだった。

 平馬はエドワードが借り切った外国船コリア号内に、全ての武器弾薬を搭載し終えて、海路新潟へ、そして陸路新潟から会津へと運びいれようとしていた。

 このコリア号には、平馬の他に、もう一人の主客が同乗していた。長岡藩の河井継之助である。

 河井継之助は江戸を退去するに当たり、藩邸にある全ての財宝や高価な什器を売却し、それを財源として、当時日本では三門しかないガトリング砲のうちの二門と、大量の武器を購入していた。

 平馬は無事船が出航し、落ち着いた頃合いを見計らって、継之助のもとを訪ねた。その時、継之助は何やら他の藩士と話し込んでいたようだが、平馬の顔を見かけるや、にこやかな笑みを浮かべて、平馬を奥の船室に案内した。

「これは、これは梶原殿、どうぞこちらへ」

「此度は、貴殿のお陰で主命を成し遂げることが出来ました。あらためて御礼を申し上げます」

「なんの、隣国同士の藩であり、また親藩・譜代のよしみではございませんか。当然のことを行ったまでのことです。お気になさることはございません」

 長岡藩は牧野忠訓を藩主とする七万四千石の石高を誇る譜代藩であり、越後にも多くの領地を抱える会津とは、まさに隣同士の藩でもあった。また、京都所司代であった松平定敬の前任が、牧野忠恭(藩主忠訓の父・前藩主)でもあり、以前から会津藩とは何かと関りが深い藩でもあった。

「いえいえ、武器弾薬購入に何の知己もない我が藩としては、恥ずかしながら、既に軍制改革を積極的に推し進めている貴藩に、頼るしかありませんでした」

「いえいえ、貴藩に比べれば当藩など、一小藩に過ぎませぬ。小藩なりに奸賊から防衛するためには、どうすべきかと少しだけ早く気づき動いたに過ぎませぬ」

「羨ましい話です。これは言い訳がましく聞こえるでしょうが、ご容赦ください。我が藩は京都守護職を拝命して以降、長期にわたる京における滞在費用や戦費で、新式の武器購入に回せる財源が、殆どない状況でした。それに加えて、旧式の兵法が最強と思い込んでいる老壮藩士の抵抗が激しく、そのまま上方での戦に突入してしまいました」

 平馬の話に対して返した継之助の言葉は、思いがけない内容だった。

「此度は散々な思いをなさったことでしょう。我らも同じ大阪にあって、忸怩じくじたる思いでいっぱいでした。心より同情申し上げます。全てを幕府のため、そして朝廷のためを思い、肥後守様をはじめ會津藩士の方々全員が、至誠と忠義を尽くして参られたことを、この日の本で知らぬ者はいないはずです。それにも関わらず、天下の政事を私しようとする一部の公家と薩長の奸賊が、畏れ多くも幼帝をあざむいたうえに、官軍などと称し江戸はもちろん、東国を鎮撫しようとしているなど、決して許されることではありません」

 長岡藩は、鳥羽伏見の戦いの折、大坂警備という役回りのため戦闘そのものには参加していない。その悔しさを滲ませた、継之助の魂の叫びを聴いた気がした平馬は、心底感激していた。

「貴殿から左様な心強き言葉を頂戴出来るとは、思ってもみませんでした。国元に戻りましたら、我が老公(容保)に必ずやお伝えいたす所存です」

「とは申せ、当藩においても、未だ藩論は抗戦派と恭順派に分かれたままで、どちらに転ぶか分からない状況です」

 この一言に、長岡藩執政である継之助の苦悩が表されていた。

「貴殿のお気持ちはどちらでございますか」

「むろん、大義を守るためには、たとえ孤立無援であったとしても、徳川三百年の恩顧に報いるべきと存じております。しかし、藩論が割れて定まらぬ以上は、武装強化しながらも、中立を主張するしかありません」

「しかし、中立ということはどちらにも属さぬということ。それを果たして薩長の輩が許すでしょうか」

 平馬の疑問は尤もなことだ。中立は敵対と変わらぬ、と判断されても何ら不思議ではない。

「そうでしょうね。しかし、民を苦しませず、我が藩が生き延びるには、その途しかなさそうなのです」

十分に分かったうえで、継之助は言い、そのうえで悩んでいるのであろう。

「もし、中立が認められないのであれば、如何なさるおつもりか」

「その際は、是非もござらぬ。長岡の正義を貫き、戦う覚悟でございます」

 その一言を聴いて奮い立った平馬は継之助に誓った。

「我が藩も和平の途を探ってはおりますが、十中八九難しいと判断しております。もし、貴藩も同朋として戦って下さるのであれば、これほど心強き味方はありません。その時は遠慮なく我が藩に協力を要請くだされ。必ずや援軍を差し向け、お力になりたいと存じます」

「有難う存じます」

 継之助は平馬に右手を差し出した。その手を平馬は少し照れながら固く握った。握手が西洋の挨拶であることは、二人ともスネル兄弟から聞いて、知っていることであった。


(第二十五話『軍制改革』に続く)

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