第11話 送戦状

 一方、長州の陣営では、男山八幡宮において重大な決断に迫られていた。三家老の福原越後、益田親施と国司信濃を筆頭に、真木和泉・来島又兵衛・久坂玄瑞・入江九一・寺島忠三郎・宮部春蔵(池田屋事件で死亡した鼎蔵ていぞうの実弟)といった錚々たる面々が顔を揃えている。長州を発ってからおよそひと月、進発すなわち決戦か撤退かを判断する軍議である。元治元年の七月十七日を迎えていた。

 最初に口火を切ったのは久坂玄瑞である。

「會津藩の口からとは言え、再三にわたり撤去命令が朝廷から出されている以上、此度は一旦兵を退くことこそ、叡慮に従うものと考えますが如何でしょうか」

 これに対して猛烈に反対したのが来島又兵衛だった。

「何を今更、撤去などと寝ぼけたことを申しておる。進軍あるのみ。これは譲れぬ」

「当初より、此度の行動は戦いありきではなかったはず。あくまで嘆願を重ねて、我が殿の無実を晴らさんがための進発でございました。それが不調に終わった今となっては、一旦兵を退くことが肝要と心得ます」

 久坂が理論で冷静に応酬するが、強硬派の来島は納得しない。

「怖じ気づいたか、玄瑞。そもそも、會津の言うことなど当てにならぬ。真実の叡慮か知れたものではないわ。この進発は畏れ多くも御所に対し奉り、刃を向けようというものにあらず。あくまでも、奸賊會津に対するもの。何を躊躇ためらうことがあろうか」

「しかし、御所は會津と桑名、それに薩摩兵を中心に固められている以上、一旦戦端を開けば、御所に対して刃を向けてしまうことになり、今度こそ間違いなく、朝敵の汚名を被ることになりますぞ」

「お主はこの戦に、負けることを前提としておろう。戦に勝てば如何ようにでもなるというもの。よいか、お主は医者の子倅こせがれ故に知らぬとみえるが、戦は数で決まるものではない。兵一人ひとりの心意気次第じゃ。敵が幾万いようとも、所詮は烏合の衆じゃ。我らの士気が劣るはずもなかろう」

 来島は一歩も譲る気配がない。

「我が出自のことを言われるのは、勝手にして頂いて結構。しかしながら、我が軍の進撃準備すら十分に整っていない今、心意気だけで戦うのは無理というものです。せめて、世子・定広公の到着を待って、進撃の可否を決すべきと考えます」

 事実、長州藩世子である毛利定広は三条実美を伴い、兵を率いて七月十四日に進発を開始した旨の報せが届いていた。久坂としては、これが最大限の譲歩だった。しかし、進撃ありきの来島は、久坂の譲歩案にさえ聞く耳を持っていない。

「お主は何もわかっておらぬ。もしも、世子様を担いで戦をしたら、どうなると思う。万が一、負けた場合は、世子・定広公のみならず、藩主慶親公にも責が及ぶは必定。左様な不忠を我らが出来ると思うか」

 この一点だけは、来島の言うことに分があり、皆が首を縦に振る様子が見られた。その様子を確認し、満足げな来島は更に続けた。

「よいか、玄瑞。お主が命惜しく進撃に躊躇するのであれば、勝手にするがよい。他の皆も構わぬ。戦意ある者だけで戦い、會津の肥後守容保、そして一橋慶喜を討つ」

 このように、軍議は久坂玄瑞の進軍自重論と、来島又兵衛が主張する積極的開戦論が衝突し、どちらとも決めかねる状況だった。

 もともと、三家老は積極的進発論者であり、来島の意見に賛同する立場ながら、久坂の自重を促す理屈にも一理あり、どうしようかと決めかねてしまっている。

 年長家老の福原越後が選択したのは、参謀格である真木和泉に、進発の判断を委ねることだった。

「真木殿の判断は如何か」

 それまで目を瞑ったまま、腕を組んで両者の意見を聴いていた真木は、目を見開くと自説を論じ始めた。

「久坂殿の説はご尤もと承ったが、嘆願が叶わぬからと言って、このまま帰国するとなれば、貴藩の名折れとなるのではないかな。我らは尊王攘夷の志士にて、畏れながら宸襟を悩まし奉るは本意にあらず。しかれども、ここで我らが動かざれば、自ら非を世に認めるようなもの。我らの正当性を訴えるためにも、ここは進軍が妥当と心得る。武備や兵力が不十分であるのは、確かにその通りではあるが、世子様をお待ちすれば、来島殿の申す通り、藩公にも責が及ぶことは、間違いございませぬ。戦は時の運もあり、やってみなければ分らぬもの。ここは我らの正当性を世に問うためにも、譲ってはならぬ途。事の良し悪しは、後世の判断に委ねるべきかと」

 この真木和泉の一言で戦の回避は不可能となった。

 久坂はその後、失意のまま天王山へと戻っていった。

 翌七月十八日、長州軍より會津藩のもとに送戦状が届けられた。それは、容保を剛腹な国賊と決めつけ、それを誅除するために戦うという斬奸状とも言える内容であった。果たして、容保のどこが剛腹で君側の奸なのか、立場の違いとは言え、政変以前の長州藩と過激派公卿の行動こそ、君側の奸ではないかと、つい言いたくなってしまう。

 戦は回避できないとことが決まった以上は、一刻も早く孝明帝に報せる必要がある。その夜、容保は病をおして参内し帝に拝謁した。

「これまで幾度にもわたり、撤兵するよう長州兵に勧告して参りましたが、一向に従う様子なく、本日、このように送戦状を届けて参りました。かくなるうえは、薩摩・桑名をはじめとする諸藩と協力のうえ、奸賊長州の軍勢を打ち払おうと存じます」

「朕が頼りとする容保に刃を向けようとするは、朕にその刃を向けようとしているに他ならぬ。存分に成敗するよう」

 帝の命を受けた容保は、安心頂くために、更に一言付け加えた。

「有難き御言葉、臣・容保、恐悦至極に存じ上げ奉ります。これより、玉座を守護し奉り、奸賊を数刻のうちに鎮圧してご覧にいれますので、何卒御心安らかにお過ごし頂きますようお願い申し上げ奉ります」

「いつもながら、肥後守の忠義を嬉しく思う。しかし、未だ顔色が優れぬ様子に見える。くれぐれも無理だけはするではないぞ」

 帝よりこのような御言葉を賜っては、尚更寝ていることなど出来ない。容保は直ちに小御所の庭に自らの席を設け、この時から両肩を家臣に抱えられながらも、寝ずの露営を続けることになった。この後、容保の病状は再び悪化することになってしまう。


(第十二話『禁門の変』に続く)

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