第7話 新選組
文久三年も九月を迎えた。過激派公卿と長州藩士を
浪士組のことであれば、家臣に任せてもよさそうなものだが、そうは行かない事情があった。原因が筆頭局長である
容保は、浪士組もう一人の局長である近藤勇と副長の土方歳三を、宿所として許されていた御所近くの清浄華院ではなく、敢えて黒谷の金戒光明寺に呼び出し、事情を確認することにした。
「呼び出したのは他でもない。芹沢のことだ。相当、酒癖が悪いという噂ではないか」
儀礼的な挨拶も直ぐに切り上げ、容保は本題を切り出した。
「仰せの通りでございます」
近藤が悪びれもせず堂々と応えた。むろん、近藤ら試衛館派と呼ばれる者たちの問題ではないからだ。芹沢は水戸派の首魁であり、浪士組の中でも試衛館派とは一線を画していた。
「方々から我が下に訴えが参っておる。このままでは、我が藩の
「承知仕りました」
「先ず、島原の角屋で、大暴れしたというのは真実か」
「真実でございます。角屋の主、徳右衛門に対して七日間の営業停止を申しつけたようでございます」
「左様な権限は芹沢に与えてはおらぬぞ」
「御意でございます。我らもその事実を知ったのはつい最近故に、対処出来ませんでした」
「では次じゃ。金策拒絶に立腹し、京の生糸問屋・大和屋庄兵衛宅を焼き討ちにしたというのも真実か」
「はい、間違いございません」
「五月には攘夷実行なる書面を持って参ったそうだが、それでは不逞の浪士と変わらぬではないか。浪士組には攘夷活動を許した覚えはない」
「畏れ入り奉ります」
「それでは、関係を拒絶した吉田屋の芸姑・小寅とお鹿に対し、断髪するなど狼藉を働いたというのも事実なのだな」
「その話は一昨日、耳にしたばかりですが、事実のようです」
当初は堂々と受け答えしていた近藤だったが、容保の口から次々と出される詰問に恐縮してしまい、応える声も徐々に小さくなっていった。
「困ったものだ。我が藩お預かりの浪士組の長が、かかる無頼の徒とあっては、解散も止むを得ぬ」
「お待ちくださいませ」
この声の主は副長の土方だった。これまでは、全ての応対を近藤に任せていたが、これ以上近藤に負わせることは拙いと、
「畏れながら申し上げます。芹沢の傍若無人の振る舞いは、
「余程、自信があるとみえるな」
「仰せの通りでございます」
土方は諸手をついて、一間向こうの畳に鋭い目線を向けたままだ。
「分かった。で、いつまで待てばよい」
「二十日以内に必ず」
「うむ、では朗報を待つ」
「ははっ」
その声と共に、容保が立ち去る様子が感じられた。
面を上げた近藤が、心配そうに土方に話しかける。
「歳さんよ、あんなことを殿に約束して、本当に大丈夫なのか」
「全て任せてくれ。近藤さんは知らないことにしてくれていい。手を汚すことは、俺と総司に任せてくれ」
そう言うと、土方は自信ありげな顔で、近藤に目で合図を送った。
それから十日ほど経ったある日の朝、参内しようとする容保のもとに、壬生浪士組の筆頭局長の芹沢鴨が、何者かの手によって殺されたとの報せが飛び込んできた。馴染みの芸姑と酔って寝ている所を、不意に襲われたらしい、とのことだった。
「そうか」
容保は一言だけ呟き、御所へと足を向けた。
芹沢暗殺の一件は長州藩士の手によるものとして処理され、それ以上の詮索は一切なされることはなかった。
九月二十五日、近藤・土方にはあらためて、局長・副長をそれぞれ命ずるとともに、壬生浪士組改め、藩主本陣の警備部隊名でもある新選組と名乗ることを許した。
會津藩並びに藩公・容保に尽くすため、新たに選ばれた組織という意味で変更したい、という近藤と土方の願いを叶えたものだった。
(第八話『家老解職』に続く)
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