第3話 疾風の投擲手

酒場にて二人の男女が卓を囲んでいた。

人間の青年と齢五つほどの童女が酒を飲み交わす姿は奇怪であるが、わざわざそのことを指摘するものはここにいない。

それもそのはず、何せこの童女は歴としたグラスランナーの成人女性であるからだ。

長い付き合いがあるのであろう二人は、親しげな様子で話し合っていた。


「サラーナ、お前最近どんな感じだ?」

「ん〜、新しい仕事はうまくいってるし、結構順調かもね?」

「ほう?なら、借金を返すアテもついたか?」

「え、え〜と、もう少し待ってもらえると...」

「はあ〜...まあいいや、別に今すぐ金が欲しいわけじゃねえし。

これからも無理せず少しずつ返してくれや」

「ありがとう、ウォーレン!」


喜色満面の童女の顔を見て、青年は一瞬だけ微笑む。


「いいってことよ。

にしても、二ヶ月前のあの時は、本当に肝が冷えたぜ」

「ははは...あの時は立て替えてもらって本当に助かりました...」

「にしても、お前って初めて会った時から色々抜けたよな」

「そうかな?そうかも?」


さぞかし疑問に感じているように童女が首を傾げ、その茶髪が揺れる。


「自覚なしかよ。

あ、そういやお前っていつからあの隊商にいたんだ?」

「話してなかったっけ?

私小さい頃に神隠しみたいなのにあって、迷子になっていたところを、隊商のおじいちゃんに拾われたの」

「神隠しって。単に道に迷っただけじゃないのか?」

「ははは、後から隊商のみんなに家を探してもらったんだけど、家も何も見つからなかったくらいだから、あれは本当に神隠しみたいなものだったんだと思うよ。

不思議なこともあるもんだよね〜」

「...親に会いたいとか、故郷に帰りたいとか思っただろ?」

「それは、うん、そう。

でもね、おじいちゃんや隊商のみんなはよくしてくれたし、実際あんまり悲しくなかったよ」

「そんなものなのか」

「うん、うん。

それからは、ご存知の通り、商人見習いとして隊商の一員になったってわけよ〜」

「はあ、その後やっとのことで一人前だと認めてもらったのに、独立して早々借金こさえてちゃ世話無いぜ。

全く...なんで全財産を使ってまで、偽の聖水なんて買っちまったんだよ。

挙げ句の果てに債務奴隷として売られかけてやがるしよ...

奴隷商との交渉も大変だったんだからな」

「うっ...!そのことについては申し開きもございません」


青年はため息を吐き、腕を組み直す。


「で、あの後何して過ごしてたんだ?」

「ん〜、色々なところで働いたかな〜。

お給仕に、お掃除。工事のお手伝いだったり、それはもう色々と」

「それが、なんで今冒険者なんてやってんだ」

「それは決まってるよ!冒険者のお仕事は一攫千金!

冒険者で一山当てれば、お金持ちになれて毎日贅沢三昧だし、借金も返せるんだよ!」

「そんな旨い話早々ないだろ...」

「いいや、あるもん!

あたしは幸運の星の元に生まれてきたって占い屋のおばあちゃんも言ってた!」

「なんだか根拠が弱いな...」

「それに考えてみなよ。

冒険者なら、一番乗りで誰も見たことのないような景色を見ることができるんだよ!」

「それは魅力的だな」

「でしょ?」

「ああ。それにお前が楽しんで働いてるってのもわかって安心した」

「心配してくれてたの?」

「そりゃ心配するだろ。

隊商のみんなにもお前が元気だって伝えたい気持ちもあったしな」

「そっか。

えへへ、みんな私のこと気にかけてくれてたんだね」

「ああ。だからこそ、命と体は大事にしとけよ」

「うん!」


夜宴はまだ始まったばかりだ。

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