第2話 銀雪の令嬢

「お前との婚約は破棄させてもらおう!」

進級祝いの晩餐会。壇上のゴットハルト様の激声が会場中に響き渡る。


突然のことで少々気圧されてしまったが、先ずは彼の真意を質さなければなるまい。

「ご冗談はおよしになってください。皆の目もあるこのような場で——」

「冗談であるものか!お前が守りの剣を盗んだことはとっくに調べがついている!」

あんまりな言い分についカッとなりかけたが、淑女らしく努めて冷静を保ちながら答える。

「それこそ有り得ませんわ。何を根拠にそのようなことを仰っているのでしょう」

「これを見てもまだそのようなことをほざけるか!」

そう言って彼が掲げたのは一枚の書類。それは先日私の誕生会でいただいた贈り物の数々をまとめた一覧だった。

それのどこが根拠になるというのだろう。皆目見当もつかない。

「それがどうかいたしましたか」

「この後に及んで見上げた根性だな。

もういい連れて行け」


すると、いつの間にか私の傍らに立っていた騎士たちに腕を強く掴まれる。

「っ!ちょっと貴方たち!今すぐその汚い手を離しなさい!」

私が腕を振り解こうとすると、騎士の一人が下卑た笑みを浮かべて言った。

「どうやらまだ自分の立場がわかってないみたいだな」

途端に背中に走る衝撃。床に倒れ伏したことを認識する間も無く頭に鋭い痛みが走る。

髪を掴まれ引き摺られているのだ。

「い、痛い!やめて!」

騎士は私の叫びを無視して出口に向かって引き摺っていく。

なんで私がこんな目に。助けを求めて涙の滲んだ目で周囲を見渡す。

「誰か助け——」

私は絶句した。そこには嘲るような笑みを浮かべた学友たちの姿があったのだ。



「国で保管されていた守りの剣の一つを盗賊ギルドを通じて盗ませ、商会からの献上品という名目で不当に入手。

蛮族やそれに与するものと共謀していた可能性アリ」

後から聞いた私の罪状はこのようなものだった。

何者かに嵌められたと気づいた時にはもう何もかもが手遅れだった。

私は現実から目を背けるように、暗い独房の中、遠い過去に思いを馳せる。


***

「君、この家の子だよね?みんな探してるよ」

次々と持ちかけられる縁談に辟易し庭園に身を隠していた私に声がかかる。

背後を見やれば、自分と同じ年の頃であろう美しい少年が立っていた。

身なりからしてうちの屋敷に訪ねてきた何処ぞの貴族の子供だろう。

「あなたも大人たちの味方なのね。

一人にさせてちょうだい」

「う〜ん、それは少し違うかな。

どう、一緒に遊んでみない?」

輝くような笑みが眩しくてつい目を逸らしてしまう。

「嫌よ。一人の方が楽しいもの」

「それは君が人との遊び方を知らないだけだよ。

僕についてきて!」

少年は私の手を取り、強引に塀の外へと連れ出した。


それからは夢のように楽しい時間を過ごした。

市井にはそれまで私が見たことのないものが溢れていて何もかもが新鮮だったのだ。

気づけば日が傾き始め、屋敷に戻ることになった。

楽しい時間が過ぎたことを惜しんでいると、彼は露店で手に入れたペンダントを取り出した。

「今日の冒険の戦利品だ!

君にあげるよ!」

礼を言って受け取る。安物のペンダントだったが、夕焼けの光を受けたそれは何故だかとても美しく見えた。


後日私の元に新しい縁談が持ちかけられた。

なんでも相手はこの国でも片手で数えるほどしかいない公爵家の嫡男だという。

当然そのような相手からの縁談を断れるはずもなく、私の意志を差し置いて話はトントン拍子で進んだ。

そして、初めての顔合わせの日。不安を胸に公爵邸に足を踏み入れた私を出迎えたのは、あの日の少年——ゴットハルト様だった。

***


「おい、起きろ」

不躾な声に意識を戻される。

どうやら沙汰が下される時が来たようだ。



法廷を後にする。当てもなく道端を歩いていれば、一台の箱型馬車が私の傍らに停まった。

誘うようにドアが独りでに開く。

「無事なようで何よりだ」

「お久しぶりです。お兄様」

馬車に乗り込むと見知った顔が一つ。長兄のエトムントお兄様である。

「して刑はどうなった」

「市井に下るだけでよいそうです。

本来なら極刑でもおかしくありませんでした。全てお兄様が取り計らってくださったお陰です」

そう告げると、お兄様はほっとしたような、それでいて泣き出しそうな顔をした。

「すまない...父上は今回の件への関与を否定するのに手一杯でな。

私ではこの程度の事しかしてやれなかった」

「わかっております。私のためにお兄様が危険を犯してまで助けてくださったことも」

「お前は強いな...」

お兄様は私に向けて一瞬微笑みかけると、改めて表情を引き締める。

「では最後に父上からの伝言だ。

『今回の件は足元をすくわれたお前の落ち度だ。

よって、本日でもって当家との絶縁を言い渡す。

以後、お前に何があろうとも一切の関与はしない。

自分の身は自分で守れ』

...以上だ」

「ありがとうございます、”閣下”。

それでは失礼いたします」

馬車を降りる。ドアが閉まる直前、お兄様の啜り泣く声が聞こえた。


確かな足取りで街の大通りを歩く。

これから私に一切の関与はしないとお父様は仰った。

あのメッセージは一見突き放すようでいて、己の為したいように為せというお父様なりの激励だろう。

ならば私はどうするのか。答えは明白だった。

「もう一度ゴットハルト様のお側に」

不意に口を吐いて出た言葉。それが私の偽らざる本心であり、答えだ。

彼への想いが今なお変わらないことを掌に握りこんだペンダントが教えてくれる。

しかし、今の私にできることはあまりにも少ない。あんなことがあった後では学園にも戻れない。

それに、これから命の危機に見舞われることも一度や二度ではないだろう。

——力が必要だ。それも全てを取り戻せるだけの大きな力が。

目前に迫った大きな建物を見上げ、決意を新たにする。


「冒険者登録をしに来たわ」

扉を開けてそう高らかに宣言した。

こうして私は冒険者になった

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