冒険者たちの門出

@namusan_power

第1話 剣の寵児

夕暮れ時、俄かに賑わい始めた酒場にグラスランナーの吟遊詩人が一人。

彼は徐にハープを取り出すと、挨拶もそこそこに弾き語り始める。


「剣の寵児。それが彼の二つ名。

剣術の才覚に溢れ、必殺の刃で数多の魔物を屠った英雄。

本日はそんな彼の冒険の知られざる前日譚を吟じましょう...」


唄の内容はなんてことはない。この地方ではよく知られた、とある冒険者の物語だ。


〜〜〜〜〜〜


とある辺境の村の農家にて一人の男子が生まれた。子供の名前はユリアン。


次子である彼は、仲の良い両親と四つ年上の姉から惜しみない愛を注がれ、すくすくと育った。

周りの子供よりも物覚えがよく手間のかからない子供であった彼に、両親は大きな期待を寄せることとなる。


彼が四つにもなる頃には、習ってもいないのに文字を読み書きしたり、一度聞いた詩を誦じてみせ、周囲の大人たちを驚かせた。

そして、その神童ぶりはすぐに村中に知れ渡ることとなり、これに気をよくした両親は彼を領主の元に奉公させることを決心する。

まだ幼かった彼は、成長するまでの間、私塾にて貴族に仕える上での教養や言葉遣い、礼儀作法を学ぶこととなった。


周囲の大人に対し決して口答えすることはなく期待に応え続けるユリアン。

気付けば村と領主との橋渡し役を期待されるようになり、同年代の子供達と遊ぶことも無くなってしまっていた。

「あの人たちの期待に応えられるのなら、このままでいいんだよね...」

大人たちの称賛とは対照的に彼の心の中に募っていく虚無感。そんな真綿で首を閉められるような日々を送っていた時、ある男に出会う。


「気色の悪いガキだなお前は...ガキならもっと夢を見ろ。夢や希望の無い人生ほどつまらんものは無いぞ」

開口一番こう言い放った男は村でも有名なろくでなしのドワーフ・ヴィンゼル。親からは絶対に近づくなと言われていた”ダメな大人”であった。


農作業に励む他の大人たちを嘲笑うかのように酒をあおった後、ヴィンゼルはこう続けた。

「冒険だ、冒険。お前の人生に足りないもんは。そんな目をしている」

その言葉に不思議と胸を打たれたユリアンは問うた。

「僕に冒険の仕方を教えてくれませんか」

ヴィンゼルはニヤリと笑うと木の棒を放って寄越す。

「まずはチャンバラからだ」

ユリアンは必死に木の棒を振るった。しかし、ヴィンゼルに一撃も喰らわせることができず、逆に彼の攻撃は全て命中する。

ここまで上手くいかなかったことは初めてだった。悔しいはずなのに、気付けばその顔には笑みが浮かんでいた。

少年は男の元に足繁く通うようになった。


ヴィンゼルの元に通い始めて数ヶ月が経つ間に、ユリアンは彼の足運びや腕の振り、体幹の使い方などを自己流に解釈し、試行錯誤を繰り返しながら自分の動きに取り入れていった。

剣術など教えてもいないのにメキメキと上達していくユリアンにヴィンゼルは目を見張る。呆気に取られていると、不意打ち気味の一撃が命中した。

このままじゃ大人の威厳が保たねえ。ヴィンゼルは強引にチャンバラを切り上げて言った。


「今度は冒険の話をしてやる。よーく聞けよ」

ユリアンが目を輝かせて傍に座ると、ヴィンゼルは身の上話を語り始めた。

彼は怪我により第一線を退いた元冒険者であったのだ。

彼の語った話は大分盛られていたが、内容自体は何も特別なものではない。一人の冒険者がそれなりに活躍し、結局伝説などなれないままその冒険を終える、つまらない話だった。

自身の不甲斐なさにため息をつきながら話を終え、ふと傍を見てみれば、そこには相変わらず目を輝かせている少年がいた。

「僕も師匠みたいな冒険者になりたいです!」

この子なら、俺の夢を受け継いでくれるかもしれない。淡い期待がヴィンゼルの頭をよぎる。

結局自分もクソッタレな大人どもと何も変わらんなと自重しつつ、ヴィンゼルはユリアンに剣術を教えることに決めた。


飲んだくれのヴィンゼルがユリアンに暴行を加えている。修行が始まりほどなくして、そんな噂が村に流れた。

激怒したユリアンの両親は、息子がヴィンゼルと接触することを禁止。同様に噂を聞きつけた姉アリシアも、抗議のためにヴィンゼルの元へと向かった。

「貴方がウチの弟を殴ったって本当?」

「ああ、何も間違いは無いな」

「よくも…!」

「剣術の修行なんだから、殴ることもあらあな」

「…剣術?修行って何のこと?」

「あ?あのガキから話を聞いてねえのか?」

「う、うん」

「はぁ〜、家族には話しとけって言っといたのに。

そういうことかよ」

ヴィンゼルは一人納得すると、自身とユリアンの間に何が起きているか語って聞かせた。

以降、アリシアの根回しのもと、表向きにはユリアンとヴィンゼルは接触していないことにしつつ、修行は続けられることとなった。


剣術の修行は苛烈を極めた。

全てを貪欲に吸収するユリアンに対して、ヴィンゼルも本気にならざるをえなかったからだ。

そんなユリアンを心配そうに見つめる影が一つ。それは同じ私塾に通う幼馴染のソニアだった。

懸命に修行に励むユリアンに彼女は問う。

「ユリアンはなんでそんなに頑張れるの?」

彼は一瞬口を噤むような素振りを見せた後、意を決したように告げる。

「僕には夢があるんだ———————」

その発言に何を感じたのだろうか、翌日からソニアは毎日修行場に姿を表すようになった。


やがて、ソニアは生傷の絶えないユリアンのために、手当を行うようになった。薬学を習得したのだ。

「僕は村のみんなの期待を裏切ろうとしてる。それなのに、なんで君はここまでよくしてくれるの?」

「私がユリアンの助けになりたいと思ったから」

不思議に思うユリアンに、ソニアは笑顔で言い切った。

彼女の支えもあり、ユリアンはより修行に打ち込めるようになった。

人に伝えるのが怖くて誰にも打ち明けれずにいた自分の夢。それを肯定し、応援までしてくれるのは彼女が初めてだった。

ユリアンはそんな彼女に徐々に惹かれていくのだった。


そして数年が過ぎた頃、ヴィンゼルが死んだ。突然の死だった。

村に彼の死を悼むものなど誰一人としていなかった。ただ一人、ユリアンを除いて。

「師匠…なんで死んじゃったんですか…」

ユリアンはヴィンゼルが埋葬された共同墓地の前で涙を流す。

「師匠と出会ってから毎日が楽しくて…他の大人のと違って師匠の期待は心地よくて…

僕が冒険者になった姿を師匠に見てほしかったのに…」

そこで少年は思い至る。

「あはは…なんだか僕って大人の期待に応えようとするばかりですね。

でも、そうだ。他の大人のと違って、師匠の期待には心の底から、僕の意志で応えたかったんだ」

少年は涙を拭くと墓標に誓った。

「そう、だから、師匠ができなかった分まで僕がこの世界を冒険します。それが僕の夢です」


彼は家に帰ると自身の夢を家族に伝えたが、両親からは冒険者となることを激しく反対され、決して認められることはなかった。

「この子の努力を父さんたちは知ってるの!?」

不意に姉のアリシアが声を荒げた。ここまで怒る姉を見たのは初めてだった。

この時、家族の中にも自分の夢を肯定してくれる者がいたのだと、心のどこかで救われた心地がした。


それから彼は両親に自分の覚悟を伝えるため、何より応援してくれる者たちのために、より一層剣の修行に励んだ。

他に剣を教えてくれる者などいるはずもなく、できるのは師から教わった基本の型を何度も繰り返すことのみ。

手の豆が潰れ血が流れようとも、淡々と繰り返す、繰り返す、繰り返す。いつか自分の夢が両親、ひいては村の皆に認められるその日を信じて。


そして、その日は唐突に訪れた。食うに困った蛮族の群れが略奪のために村に夜襲をかけてきたのだ。

防護に当たる自警団の兵士たち。しかし、蛮族の攻勢を前に持ち堪えることは能わず、遂には侵入を許してしまう。

兵士たちが絶望し、救いを願ったその時であった。

一瞬闇の中に刃が煌めいたかと思うと、蛮族たちが打ち倒されていたのだ。

そして、姿を表したのはユリアン。冒険者かぶれの少年だ。

兵士は言う。

「坊は退け!ごっこ遊びじゃないんだぞ!?」

「僕は冒険者です!師匠の名にかけて絶対にこの村を守ります!」

彼はそれだけ言うと続く言葉を待たずに飛び出した。

そして、侵入した蛮族たちをたちまちのうちに一掃し戦場に響き渡る声で叫ぶ。

「皆さんは戦線を立て直してください!僕が敵を引きつけます!」

そして、間髪入れずに前線に飛び込むと、獅子奮迅の戦いぶりを見せたのだ。

戦場にて煌めく彼の剣は、どこまでも基本に忠実でありながら流麗で、見るもの全てを魅了した。彼の弛まぬ努力の証がそこにはあった。

ユリアンの勇姿に士気を上げた兵士たちも彼に続いて奮戦し、夜が明ける頃には蛮族たちを駆逐することに成功したのであった。


こうして村の英雄となったユリアン。

その活躍を耳にして尚彼の夢に反対する両親だったが、アリシアとソニア、ともに戦った兵士たちの説得を受けて遂には折れることとなった。


晴れて冒険者となることを認められたユリアンであったが、成人を目前にして一つの懸念があった。それはソニアのことである。

初めて自分の夢を肯定し、支えてくれたソニア。

ユリアンは彼女に恋をしていたのだ。

14歳最後の夜、意を決して告白した。

「ごめんね」

結果は無慈悲であった。

理由を求める彼に彼女は伏し目がちに答える。

「私もユリアンのことが好き。でもダメなの」

冒険者になる自分と家業のために村に残る彼女。

自分が冒険者として旅を続ける限り、こんな辺境の村に帰る機会はそうそう無いということは分かりきっている。

「それなら近くの街の冒険者ギルドで———————」

「ダメ!」

ユリアンの言葉をソニアが遮る。

「ワタシのせいでユリアンが夢を叶えられなくなるのは嫌なの」

その言葉でユリアンは気づいた。彼女が自分のことを本気で想ってくれていることに。

なればこそ、伝えなければならないことがある。

「僕は君のことも夢も諦めない。必ず立派な冒険者になって君を迎えに来るよ。だから、それまで待っていてくれないかい?」

ソニアは一瞬驚いた様な顔を見せた後、涙を流しながら頷いた。

やがて涙そのままに破顔する。

「早くしないとおばあちゃんになっちゃうんだからね」


こうして、15歳の誕生日を迎え成人したユリアンは、ソニアへの想いを胸に、夢への一歩を踏み出したのだった。

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