第34話 地獄の入口

 落ち着け俺。

 幾らクリスタさんでも、受付嬢モードで、かつ他の人がいるならば問題はない筈だ。


 そう自分に言い聞かせ、出来るだけ普通の口調と態度を心がけつつ、用意した言葉を口にする。


「ええ、今日は2人で臨時パーティを組んで、ダグアルまで魔魚討伐に行ってきました」


「わかりました。お二人の冒険者証をお預かりします」


 普通に冒険者証を出して、そしてクリスタさんに言われるままにカンディルーの魔石を出す。


「合計313匹分ですね。20匹ごとに報酬が25円上がりますので、合計は21万3,175円となります。

 高額報酬扱いとなりますので、ここから先は面談室で行いましょう。こちらになります」


 つまりジョンにも半額の10万円ちょっとが入る。

 講習生の儲けとしては破格だろう。


 しかしクリスタさんが相手で、面談室に移動という点で、もう不安たっぷりだ。

 

 5万円以上の報酬の場合は面談室を使う事になっている。

 少なくとも俺については、今まで悪いことは起こっていない。

 だからきっと問題無い、大丈夫だ。

 そう自分に言い聞かせつつ、クリスタさんの後をついていく。


 今日は俺とジョンの2人だからか、いつもより広い面談室へと案内された。

 

「それでは報酬と、その他事務的書類などを持って参ります。しばらくお待ち下さい」


「しかし何か申し訳ないな。あんなので俺が10万以上も貰って」


 クリスタさんが去ってすぐジョンがそんな事を言う。


「問題ない。魔魚カンディルーは実際に危険な魔獣だからさ。漁業だけではなく河運すら出来なくなっている。少しでも減らそうとするのは当然だし、1匹500円はそう高くない」


「危険な魔獣だというのはわかる。でも俺は誰でも出来る程度の事を手伝っただけだ。あの道具を用意したり魔法で魔魚を倒したりしたのはエイダンだろ。いくらパーティ員絶対平等の法則があるとはいえ、申し訳ない気になる」


「なら次の機会にでもいい依頼を紹介して貰えればいいさ」


「理屈で言えばそうなんだろう。ただE級冒険者がC級冒険者にそんなことできる機会があるかどうかは疑問だな」


 そこまで話したところで、クリスタさんが戻ってきた。

 なので俺とジョンも話を中断する。


「お待たせしました。まずは報酬の支払いとなります。それぞれ金額を確認して、正しければそちらの領収書にサインをしてください」


 ジョンは大丈夫だろうか。

 自分の封筒の中の金額を確認してサインしつつ、俺は奴の方を横目で見る。

 大丈夫だ、ちゃんと数えているし、サインも出来ている。


 読み書きも計算もできない状態から2週間程度でここまで出来るというのは、やはり相当努力をしたのだろう。

 そう思って、そして待てよと思う。

 

 本当にジョンは、読み書きや計算が出来なかったのだろうか。

 確かに字を書いている様子はぎこちなかった。

 しかし正銀貨小銀貨正銅貨小銅貨あわせた金額を確認するなんて、ある程度の足し算が出来ないと無理だ。


 思い当たることはある。

 例えば初心者講習一日目の依頼受理。

 障害なく依頼を選べたのは、文字が読めたからではないのだろうか。


 ただ、今、確認する必要はない。

 後で、機会がある時で十分だ。

 俺自身の事情だって、細かく詰められると面倒だし。


 さて、クリスタさんは、俺とジョンのサインを確認して頷いた。


「はい、確かに領収書を受け取りました。それでは冒険者証をお返しします。本件は以上となります。ところでジョンさんは、現在はドーソン清掃組合以外に、どこかの依頼を受けていますでしょうか」


 ジョンにそんな話がいった。

 しかもクリスタさん、ジョンが清掃組合で依頼を受けていることを把握済みのようだ。


 何か予感がする。

 俺に搬送依頼を行った時と同様の予感が、今度はジョンに対して。


「いえ、ドーソン清掃組合の依頼の他は定期的な依頼は入っていません」


「ならドーソン冒険者ギルドからの優先依頼を受けていただけないでしょうか。ドーソン清掃組合の方へは冒険者ギルドの方から話を通しますし、何なら代わりの要員を派遣します。

 依頼は2件です。うち片方はエイダンさんを含む3名パーティを組んでの依頼で、もう1件はエイダンさんを含む合計4名のパーティを組んでの依頼となります」


 えっ、俺を含むパーティでの依頼が2件?

 ここは俺から異議を申させて貰おう。


「俺の方はまだ、その依頼を聞いていませんけれど」


「エイダンさんには今日の午前中、カサクラ廃坑内部の調査の依頼をお願いしたと思います。ですので来週の予定は空いている筈です。違いますでしょうか」


「ええ、その話だったら聞いていますし、来週の予定は開けています」


 その話なら聞いている。

 しかし依頼は1件だった筈だ。


「そのカサクラ廃坑の調査依頼に、ジョンさんも参加してもらおうと思っています。もともとはエイダンさんの他に、前衛の戦士1名と補助魔法使い、合計3名の予定でしたが、これを4名に変更しようと思ったのです。

 またもう1件の依頼は、諸般の事情を踏まえ、新たに出来た依頼となります。ジョンさんの他にエイダンさん、そして廃坑調査に参加する前衛の戦士と3名で、引き受けて欲しい依頼です。こちらは日帰りです」


 不穏な予感がビシバシとする。


「その依頼、俺が参加しても大丈夫なんでしょうか。ご存じのようですが、俺は2週間前に初心者講習に来たばかりです。戦士としての実力はまだまだですし、魔法は全く使えません」


 ここで自分の実力を考慮して、簡単に飛びつかないところがジョンの賢さ、もしくは慎重さだ。

 少なくとも俺やミーニャさんよりは慎重だろう。


「ええ。ですがジョンさんは、初心者講習を受ける前から弓と槍を使っていて、それなりの腕をお持ちだと聞いています。違いますか」


「ええ、狩猟をしていましたから」


 これは不思議でも何でもない。

 ジョンの父は農業の傍ら、弓と槍を使う狩人もやっていた。

 だからジョンも鹿や猪、兎を弓や槍で狩るなんて経験を積んでいる。


「今回のパーティには、魔法以外に遠距離攻撃を使える者がいません。ですので万が一に備えて、弓要員がいてくれると助かるのです」


 これはきっと嘘だ。この場では言わないけれど。

 

「そしてジョンさんは初心者講習生ですが、既に文字の読み書きが出来るようです。まだ慣れていないかもしれませんが、ここから先は独習でもなんとかなるでしょう。ですからこの依頼を受けていただくことで、D級冒険者に昇級していただこうと思っています」


 間違いない。

 俺の時と同じようなパターンだ。

 そしてこれこそがミーニャさんに聞いた、地獄の入口だろう。

 しかしそんな事、ここで言う訳にはいかない。

 というか、言えない。

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