第4話

 俺たちは別荘へと戻ってきた。

 無性に焼き芋を食べたくなってしまったからだ。


 それに俺がいつまで地球にいられるのかもわからないわけだから、とりあえず2人きりになれる場所へと向かうことになった。


 そして、現在。

 テーブルを囲って、俺とすずかは焼き芋を食べていた。


「美味しい……?」

「うん、美味しいよ」

「そう……」

「それでなぜ死んだはずの俺がここにいるんだよ?」

「それは、私が貴方を呼び出したからかな」

「マジで言っているのか?」

「ふふ、冗談」


 そう言って、すずかはどこか儚げに微笑んだ。それから静かにそしてゆっくりと説明してくれた。


「私は貴方にお花を添えに行ったの。その時に軽井沢周辺で幽霊の噂が出回っているの知ったの。それで服装だとか、人相というか、背丈とか諸々聞いていくと、貴方のことだなって思った」

「へー。俺、彷徨っていた時のこと、全然記憶にないんだけど」

「まあ、幽霊だから長期記憶にならないんじゃない?」

「また適当なことを言うなよ」


 ふふ、とすずかは面白そうに口元を隠した。

 そしてどこかしれっとした顔で続けた。

 

「うん、それで私の家——盂蘭家が平安時代から続く祈祷師の家系だってことは話したっけ?」

「いや、初耳だけど!」

 

 え、なに。その追加属性。

 お嬢様だとは思っていたけれど、そんな昔から続く家系の跡取りだったとは……そりゃあ我儘にもなるよ。すずかが自己中な感じなのはきっと、蝶よ花よと育てられたことと関係があるのかもしれない。


 ——って、今はそうじゃないだろ。


「まあ、そういうことで、私は私の家系に伝わる祈祷をし始めたわけ。貴方がちゃんと安らげる場所に行けるようにね」

「ほお、そんなお心遣いをして頂けるとは嬉しいものだ。非常に光栄だね」

「いえいえ、単に貴方に呪われたくなかっただけだけど」


 前言撤回だ。

 全くもって嬉しくない。

 最後まで、すずか個人のどこまで行っても自己中心的な理由じゃないか。


 くっそ、感謝して損したぜ。


「ふふ、でも最後に逢いたかったのは、本当だよ」


「へえ、そりゃあどうして?」


「どうしても貴方に会いたかったからかな……最後に喧嘩別れみたいになっちゃっていたから。だから——ごめんなさい」


「いや、謝ることないだろ?あの時だって、すずかがジコチュー……こほん、やりたいこと行きたいところを言うのはいつものことだったんだから、俺が言う通りにすればよかっただけだし」


「……ねえ、今、私のことジコチューと言ったよね?」

「……」

「へー、みずきくん、私のことそんな風に思っていたんだねー」

「あーもう、面倒くさい!」

「急にどうしたの?」

「この際だから幽霊の戯言だと思って聞いてくれ」


「……何?」


「すずかは、いつも自分の意見を持っていてすごくいいと思う。だけど、言われた側の相手の立場も少しは考えて、発言してくれないかな!?」


「どう言うことよっ!?」


「あの時だってそうだった。急に『同棲しましょう』って言ったけれど、俺たちまだ付き合ってから数週間とかそこら辺だったはずだろ。それなのに『軽井沢に行きたい』と言ったかと思ったら、『帰ったら同棲しましょう』だなんて急に言うんだからこっちだって動揺くらいするだろ」


「別にいいじゃん、私たち付き合っているんだからっ!」


「いや、そりゃあ、俺だって君みたいな可愛い子と四六時中一緒にいられたら嬉しいよ!だけど、タイミングというものがあってだな———」


「それ!前も同じこと言っていた!」

「だから——」

「ふん、もういいですっ!」


「「……っぷ」」


 そうだった。

 前回もこのやりとりをしたんだ。

 それに気がついて、俺たちは笑いを堪えられなくなってしまった。


「もー!最後まで笑わせないでよ」

「いやいや、別に狙っていたわけじゃないからな」


 すずかはわざとらしい『こほん』という咳をしてから、すっと居住まいを正した。


「ありがと。みずきくんに出会えてよかった」」


「そう言ってくれてありがとう。俺もこうしてすずかに会えて嬉しい」

「ううん、こちらこそありがと」

「……」

「……」


 静寂が俺たちを包んだ。

 ひんやりとする風が頬にあたり、ボーとする思考をわずかに働かせた。


 だからこの後、すずかが何を言うのかわかってしまった。


 それはどうしようもないことだとわかっていても——受け入れ難い。


「……みずきくん、もう帰る時間だね」

「どうやら、そうみたいだな」


 自分でもわかってしまった。

 一気に意識が混濁してきた。

 もう時間がないのだろう。


 正直、意識して力を入れていないと目開いているのもやっとだ。


 瞼が重い。


 すずかは儚げに微笑んだようだ。


「今日、丸一日一緒にいてわかったでしょ?私は平気だから!ひとりでもこの世界を生きていけるから。だから……みずきくんも安心して帰って」


「ああ、そうみたいだな」


 そうだ。すずかは十分にひとりでも生きていける。


 ああ、そうか!!


 俺は自分が死んでからこの一年の間、ずっと彷徨っていたんだ。


 はっきりと思い出した。


 バスが横転した時、最後にすずかに会いたいと願ってしまったんだ。


 距離感のつめかたがおかしくて、たまに毒舌になるすずかがひとりで生きて行けるか心配になってしまったんだ。


 それが心残りだったんだ。


 でも、すずかは今を生きている!


 俺はなんて独りよがりな人間だったのだろう。俺なんかいなくてもすずかは生きるだろし、なんならこの世界にとって俺の生死なんてどーでも良いことなんだから!

 

「……みずきくん!私は貴方に会えて幸せでした。だから安心して眠ってください」

「ああ、すずかは元気で最後まで人生を全うしてくれ」

「うん、ありがと」

「それと、幸せになってくれ」

「うん」

「それと——」

「もう!いいから、早く行ってよ!」

「ああ、ごめん」

「……ふふ、最後までありがと」


 すずかの瞳から綺麗な涙が流れ落ちた。

 

 ああ、綺麗だ。


 薄れゆく意識の中でそんなことを思った。


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