第3話
鮮やかな赤色や黄色に変わった葉が公園のあたり一面を覆っている。
そんな景色を見て、隣にいるすずかは小さく『きれい』とつぶやいた。
どうやらすずかは以前からこの公園に来たかったらしい。
なんでも紅葉で有名な公園とのことだった。
だから俺たち以外にも観光客らしき人たちがちらほらといる。
で、問題はここからだ。
そんなごく普通のありふれた人たちがいる中で、奇妙な二人組に気がついた。
母親と小学生の低学年くらいだろうか。
先ほどから二人から視線を感じた。
てか、俺とすずかのことを先ほどから、チラチラと伺っているような気がする。
というか、絶対に見られている。
これは凝視されているよな……?
すずかはその美貌からいつも視線を感じているからだろう。
特に歯牙にも掛けていない様子だ。
てか、少し目を丸くしているところ見ると、すずかはきっと紅葉に見惚れているのだろう。
すると親子がベンチを立って、俺たちへと向かってきた。
「ねえ、お兄さん!」
「……はい?」
「やっぱり、そうだわ!」
「え……?」
「お兄さん……生きていたんですね。あの時は本当にありがとうございましたっ!」
妙齢な母親は、確かに俺の目の前で深く頭を下げた。
……どういう状況だ。
というか、この親子とは初対面のはずだよな。
それなのに既視感があった。
どこかの暗闇だ。
その中から、この女の子を光の射す方向へと逃した光景が脳裏に浮かんだ。
「——っく!?」
わずかに頭痛がした。ふらつく足になんとか力を入れて立ち続ける。
だめだ、思考がおぼつかない。
何か答えなければ——
「すみません……なんのことですか?」
もしかしたら、お辞儀の相手は俺に向けられているのではなく、すずかの方ではないのか。きっとそうだ!すずかに用事があるに違いない。すずかをチラッと見ると、なぜか黙り込んでいる。
それにすずかは下唇を噛んでいた。
「貴方のおかげで、この娘が助かりました」
「いや、人違いだと思いますよ?」
「三ヶ島瑞稀さんですよね?」
「そうですけど——」
「すみません……私たち急いでいますので」と言って、すずかは親子に浅くお辞儀をしてから立ち上がった。そして俺を見て「みずきくん!行こうっ!」と有無を言わさずに手を引っ張った。
「すずか……どうした?」
「いいから!」
「お、おう」
なんだかよくわからないが、すずかは急かすように俺をこの親子から離れさせようとしているみたいだった。
俺は無言で親子に頭を下げてから、すずかに引っ張られるように後を追った。
∞
その後も、通りすがりのおじさんやお婆さんからなぜか感謝の言葉を言われた。
「今日は、よく見間違えられる日みたいだ」
「……うん、そうかもね」
すずかはどこか気まずそうに俺から顔を逸らした。
はあ……明らかに何かを隠している証拠だ。
てか、すずかよ。お前は、表情が顔にすぐに出るのだから下手に誤魔化しても意味がないことをわかっていないのか。
「すずか……そろそろ教えてくれないか」
「何を?」
「全てをだよ」
「……?」
すずかは少し作ったように頬の引き攣らせてきょとんと首を傾げた。すると、茶色の髪が揺れた。
どうやら今のところ答えてくれるつもりはないらしい。
「明らかにおかしいだろ?俺がよく見間違えられることもそうだけど——明らかに俺を何かから遠ざけようとしているよな」
「別に私は何も——」
「いい加減にしてくれっ!」
「——っ!」
「流石に鈍感な俺でも気がつく。バスを遠ざけようとしているだろ。さっきだって蕎麦屋から公園まではバスだって使えたはずなのに歩こうだなんておかしいにも程がある。それに、さっきから会う人に『助けてくれてありがとう』という感謝の言葉……」
「……ごめん」
なんでここで、すずかが謝る必要があるんだよ。
意味がわからない。
それになぜ、そんなにも悲しそうな顔をするんだ。
やめてくれ。
そんな顔をしないでくれ。
俺はすずかの笑顔が好きなんだ。
でも、すずかの表情は暗いままだ。
それこそまるですずか自身が罪悪感を抱いているようなそんな雰囲気さえ感じた。
∞
しばらくしてから、すずかはそっと俺の腰へと手を回した。
そして少し小さな声で言った。
「本当の貴方は、もう死んでいるの」
「そうか……俺は死んだのか」
「昨年のちょうど今日の日。貴方はバスの転落事故で命を落としたの」
「それは大変だ」
「……何、その反応」
「仕方ないだろ、実感がないんだから」
てか、ここは死んでから1年後の世界だとかわかるわけがない。
どんなSFだよ。
どこか呆れたように、すずかがつぶやいた。
「そんなものなのかな、生き霊って」
生き霊……いや死んでいるんだったら幽霊だろう。
てか、幽霊なのか、俺。
いや……俺、死んじゃったの!?
普通に焼き芋とか食べられるし、てかそもそも他人に認知されているんだけど……どういうことだよ。
「あ、でも私が呼び出しからなのかな」
「……え?」
「ううん、なんでもない」
……今、不穏なことを口走っていなかったか。
いや、この際、もうなんでもいい。
そんな俺の思考を読み取ったかのように、すずかは言った。
「それで……何か思い出した?」
「ああ、今、ぼんやりと思い出してきた。俺は確かあの時、事故に巻き込まれたんだ」
そう、11月15日のことだ。
俺はすずかと2回目の軽井沢デートをするために訪れていたんだ。
しかし同棲するかしないかで口論となり、すずかと喧嘩別れしてしまった。
そして俺だけ先に帰ることになったんだ。
でもすずかは俺の車に勝手に乗って行ってしまった。
『車借りるから、バスで先に帰っていて』
そんなメッセージがSNSのラムラムに届いているのに気がついた。
全く自己中にも程がある。
全ての物事は自分中心に動いているとでも考えているのかもしれない。
人の車で勝手にどこか行って、俺はバスで帰れって……いくらなんでも勝手過ぎるだろ。
でも惚れた弱みだろう。
すずかのことをちっとも嫌いになんてなれそうになかった。
バスの中でそんなことを思っていると急に視界が反転したんだ。
四方から悲鳴のような声が聞こえた時には遅かった。
気がついたら、崖の下に落ちていた。
あとは簡単だ。
横転したバスで意識を取り戻した俺は、なんとか乗客のひとりひとりをバスの外へと運び出した。そのあとは——ダメだ思い出せない。
「みずきくんは、最後の一人を助け出した後で倒れちゃったんだって。頭の中で出血していたんだって。レスキュー隊が到着した時は、すでに手の施しようがなかったって」
そうか。俺はその後すぐにぽっくりと死んでしまったらしい。
なんというか……あっけない。
そんなことをなぜだか他人事のように思った。
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