第2話
すずかは行きたいと言っていたトリックアートを観た後、満足したのだろう。どこか遠い目をして『楽しかった』と言った。
それから俺たちはお昼ご飯を食べるために軽井沢の街道を歩いていた。
『すずかは、お昼は何か食べたいものある?』
『お蕎麦屋さんがいいー!』
『了解』
というような会話の後で、俺たちはお蕎麦屋さんへと向かった。
確かお蕎麦屋さんは——バス停の向かい側にあった気がする。
……あれ、あった気がする?
この場所に来るのは初めてのはずだよな……。
なのになぜか既視感を覚えた。
「なあ、すずか」
「どうしたの?」
「俺たち、ここら辺のお店に来るの初めてだよな?」
「うん……そうだよ」
「だよな」
「それがどうかしたの?」
「いや、以前来た時、ここから俺たちバス乗った気がしたんだけど勘違いだよな」
「うん、私たち車で来たんだよ?みずきくんが運転してくれたじゃん」
「……そうだったよな」
以前——ここ軽井沢を訪れた時、確かに俺が運転した車で来たはずだ。
なのに、なぜこんなにもバス停が頭から離れないのだろう。
俺はいつの間にかバスオタクにでもなったというのだろうか。もしかしたら俺の深層心理では乗り物オタク——しかもバス限定でしか興奮しないような特殊能力が覚醒してしまったのかもしれない。
「みずきくん、今日も少しおかしいよ?」
「ああ……って、ちょっと待て」
「ん?」
「今日『も』ってなんだよ」
「……?」
「いつもおかしい人みたいだろっ!?」
「え、自覚なかったの?」
「いや、ないから!てか、俺は普通の人間だろ!?」
「えー、そーかなー」
どこかニヤニヤとすずかは、嫌な笑みを浮かべた。
そしてすぐにハッとなった表情になった。
まるで何か言ってはならないことでも言ってしまったかのように少し焦った顔をしていた。
∞
「……ん、美味しい」
「それはよかったな」
現在、俺たちは蕎麦屋『ジュンイチロウ』というお蕎麦屋さんというよりもどこかの居酒屋のような名前でいて、それでいて喫茶店のようなレトロ雰囲気の内装のお店でお昼ご飯を食べていた。
……と、思っていたのだが、レトロな喫茶店という表現は訂正しよう。
クラシックやジャズのようなおしゃれな環境音から、突如ラジオ放送に切り替わった。
午後のニュースのようだ。
『今日、本日11月15日は何があった日か覚えているでしょうか』
……ん?11月15日は、何かの記念日だったか。
国民の祝日というわけでもないよな。
『そう、あの悲惨な——』
「——みずきくんっ!!そういえばこのお蕎麦、すごく美味しいよっ!一口どう?」
「いや、お腹すいていないから大丈夫」
「ふん、じゃあいいっ!」
「気持ちだけもらっておく」
「……そう」
なぜか朝から全くお腹が空いていない。
唯一口にできたのは、別荘の庭で焼いた焼き芋くらいだった。
しかしそれは……美味しくなかった。
てか味覚というか、味がしなかった。
まるですでに何度も噛んで味がなくなってしまったチューイングガムをひたすら噛み続けているようだとさえ思った。
やはり風邪でも引いてしまったのだろうか。
流石に昨日の夜、すずかにせがまれて夜更かしをしてしまったからかもしれない。
『現場のリポーターへと繋いでみましょう。現場の玄葉さん!』
『はい、現場の玄葉です。私は現在、事故の起きた——』
霧がかかったように脳内で何かが一瞬脳裏をよぎった。
しかしすぐに消えた。
いつの間にか、目の前にすずかの端正な顔があった。
心配そうに覗き込んでいた。
「みずきくん……どうかしたの?」
「いや、少し疲れたのかもしれない」
「じゃあ、近くに公園があるみたいだから、そこに行ってみない?きっと紅葉も綺麗だともおうしさ」
そう言って、すずかは少し焦ったような表情で席を立った。
俺もまたつられるように席を立った。
お会計をしているときに、店内を流れるラジオから微かに『バス——横転』という言葉が聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます