第1話

 赤く染まった紅葉に四方を囲まれた街道。


 ひらひらと舞う葉を避けるように歩いていると、隣を歩くすずかはぎゅっと俺の手を握り返してきた。


 小さな手がわずかに震えているような気がした。


「寒い?」

「あ、ううん。ちょっとぼーっとしちゃっていただけ」

「そっか。そういえば久しぶりだもんな、軽井沢に来るの。半年ぶりくらいか?そういえば、あの時もなぜか付き合ってすぐなのに軽井沢に行くことになったよな」

「ふふ……そうだったね」

「てか、この気温だと秋というよりかは冬だよな」

「うん、少し寒いかも」


 すずかは先ほどよりも強くぎゅっと手を握ってきた。

 そしてすぐにパッと顔を上げて、俺を睨んだ。

 

「あ、そうだった!そういえば、勝手にひとりで眠ったこと許さないからねー」

「わかっているって。飲みすぎたんだから仕方ないだろ?」

「今日は別荘に戻っても飲むのは禁止だから!」

「はいはい」

「はい、は一回です」とすずかは、子どもを叱るように言った。

「はい!」


 あれ……このやり取りどこかでした気がする。

 またしてもどこか懐かしさを感じた。


 てか、怒った顔も可愛いんだよな。

 すずかは童顔だから、全然怒っている感じしないしな。


 などと思っていると、すずかがくすくすと笑った。


「……ふふ」

「なんだよ?」

「ううん。なんでもなーい」


 コロコロと変わる表情が好きだ。

 まるで万華鏡のように、様々な表情をするすずかを見れる気がしてしまうから。

 ……だからつい揶揄いたくなる。


「それで今はどこに向かっているんだっけ?なんとかミュージアムに付き合えばいいんだっけ?」

「だから、トリックアートだってばー」


 もう!とどこか呆れたような声ですずかはじーっと俺のことを睨んだ。



 キャンバスに描かれたモナリザのような妙齢な女性からの視線が廊下を横断すると同時についてくるように思えた。


 ……トリックアートとという芸術はよくわからん。

 そもそも芸術自体がよくわからないんだけど。

 

 現在、俺たちは某トリックアート美術館で作品を鑑賞していた。

 平日の朝だからだろう。館内にはほとんど観光客の姿がない。


 こつんこつんと、俺たちの歩く音が館内に響き静寂が包む。

 そして数秒して足音が静かに反響する。


 そんなことを数回繰り返して時、唐突にすずかが言った。


「ここに展示されているすべての作品が、錯覚を利用して見ることができるんだよ?」

「へー」

「だからね、私いつも思うの」

「……何を?」

「世界は観る角度によって印象が異なるんだなって」

「まあ、それはそうだろ。立場とか年齢とか育った環境が違ったら、それぞれの角度から捉えるわけだし、見える世界も異なるものじゃないのか?」

「うん、そう。でも普通に暮らしていると、いつも自分たちが目の前の事象を正しく捉えているんだって思ってしまうでしょ。もしかしたら錯覚しているかもしれないって、ことを忘れてしまう……」

「まあ、そりゃあ普段から錯覚を意識して暮らしている人なんていないだろ。それこそ芸術家くらいじゃないのか……?知らんけど」

「ふふ、みずきくんも私のことを錯覚で捉えているのかもね。本当の私はもっと違うかもね……なんちゃって」

「へえ、そりゃあすごい」


 先ほどまでの真剣な表情から一転して、すずかはおどけたように言った。


「もー連れないなー。そこは『まさか!?』という表情をしなきゃっ!そんなんじゃモテないぞー」

「いや、モテる必要ないでしょ」

「えー、ほんとはモテモテになりたいくせにー」

「いや、すずか以外にモテても嬉しくないというか……困るだろ?」

「——っ!?そういうことじゃないからっ!」


 ポカポカと頬を赤くしたすずかはなぜか怒った。

 ……よくわからん。


 それにしてもなぜか身体が寒い。

 風邪でも引いたみたいに身体が重い。


 そんなことを思った。

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