【短編】トリック・アート〜遅れてやってきたおもてなし。気がついたら彼女と最初で最後のデートをしていた〜

渡月鏡花

プロローグ

 焦げ臭さがわずかに鼻腔を支配した。

 もやの中——それにやけに息苦しかった。そんな中で誰かに覆い被さっていたような気がする。

 

 それにしても焦げ臭い。


 まさか火事ではないよな?

 そんな考えが頭をよぎった瞬間、一気に視界がクリアになった。


 しかしすぐに錯覚だと分かった。

 開けられた窓の方——庭から漂ってくる焦げ臭さだ。


「くっ……」


 なぜか腰がやけに痛む。

 きっとフローリングの床でそのまま眠ってしまっていたからだろう。

 身体のあちこちが凝り固まったように動きづらい。


 何分、いや何時間……寝てしまっていたのだろうか。


 室内を見渡しても何もない。


 ……てかここはどこだ。

 どこか懐かしい感じがする。


 まるで子どもの頃に連れて行かれた祖父母の家のような感じだ。


 というか、明らかにウチの別荘だ。

 

 少し古びた内装——ひのきだったかが使われている柱から、ほんのりと木材の匂いが漂う。


 まるで日本屋敷のような木の匂いが室内を充満している。


 きっとだからほんの少しであっても焦げ臭さが余計に気になってしまうのだ。


 パタパタと揺れたカーテンの隙間から、わずかな木漏れ日が差し込んだ。


 カーテンの外を覗こうと床を歩くと、ギシギシと歪な音が鳴る。


 少し使い古されたカーテンだ。この景色もなんだか妙に懐かしい。翻ったカーテンを開けると、焦げ臭さと金木犀のような香りが混じりあった。


 庭の中央でパチパチと火の粉が舞う音がした。


「……焚き火?」

「あっ!みずきくん、やっと目を覚ました」

  

 俺の呟き《つぶやき》に呼応するように、背を向けていた女の子……いや、彼女と言った方が正しいだろう。その彼女が少し栗色に染まった髪を靡かせて振り返った。

 

 眠たかったのだろうか。それとも単に焚き火の灰が目に入りそうになったからだろうか。少し涙を浮かべた彼女は瞳を擦ってから、どこか安心するように微笑んだ。


「もう、ひとりにしないでよね?」

「ごめん……すずか」


 ……あれ、今日はすずかが家に来る日だったか?

 いや、ここは別荘だから、俺が自分の意思ですずかを連れてきたんだっけか。

 

 そもそも、俺はなんで彼女のことをほったらかして眠っていたのだろうか。


 少し意識が混濁しているのかもしれない。

 今まで何をしていたか思い出せない。


 すずかに近づきたくて、縁側に置いてあるサンダルを取り出す。

 

 あれ……縁側に転がっているいくつかの空き缶だ。

 もしかして俺たちは飲んでいたのだろうか。


「もー、まだ酔っているの?」

「ちょっと飲みすぎたみたい」

「ふーん、もうすぐ焼き芋できあがるけど……食べられる?」

「あまりお腹空いていない」

「もー、みずきくんが食べたいって言ったんだよ。焼き芋!」


 どこか幼い子どものように頬を膨らまして、すずかは俺へと抗議の声を上げた。

 

 その時、赤色や黄色。褐色に染まった紅葉の葉が舞った。


 ああそうか、もう紅葉の時期か。

 そんなことをどこかぼんやりする頭で思った。

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