ある絶望の一幕

村が大変な事になっている時、一方のファザーフィアはというと数時間前に森に入ったっきり現在道に迷っていた。


この数時間、ファザーフィアは最初の頃は当初の目的の通りに先日の胸の奥が掴まれるような感覚を探して森を彷徨っていたのだが、その最中にだんだんと生来の知性と冷静さを取り戻していったことでようやく今の自分の行動の危うさに気づいた。そこからはとにかく帰り道を探したのだが、彼にしてはあり得ないことに何も考えずに森を進んできて、ついには来たことのない深さまで来てしまっていたために幾ら村への道を探してもどんどんと迷うばかりだった。そうして現在、もう日もだんだんと空から降りて辺りが暗くなろうかという時間帯になってしまった。


早く帰らなきゃ という言葉がもう何度頭に響いただろう。焦りと恐怖が心臓の鼓動をいつになく響かせる。それほど状況は悪い。もしこのまま夜になってしまえば確実に自分は獣に襲われてエサにされるという確信があった。当然だろう。そもそも昼間とはいえこの時間までこんな森深くをまだ幼い子供が歩き回って獣に出会わなかったというだけで十分奇跡的なことだろうに、その上、獣の本領の時間である夜になれば確実に生きて帰れないだろうことは考えずとも誰にでも分かることだ。


だが、だからといってどうすればいいのか? 確かにファザーフィアは何度も森に入ったことがある、だがそれは森の浅いところであり今いるような森の深層に関しては入ったことはおろか聞いたことすらない。それなのに経験も知識も土地勘もなくどうやって帰ればいい? もう何時間も頭の中を占拠しているこの問いはしかしどれだけ悩んでも、もうこの状況ではごく僅かの可能性に賭けて森を徘徊し続ける、か 一度何処かに身を隠し朝を待つ、かぐらいの答えしかまだ幼い彼には思いつかなかった。だが、きっとそれではダメだ。そんな選択をしたところで前者は言わずもがな獣に見つかって食われるし、後者も後者で隠れている間に匂いを嗅ぎつけるなりなんなりして獣に見つかりやはり食われるだろう。考えすぎだと思われるかもしれないが、この森の全容は例え村の住人でも浅いところ以外ほとんどわかってい無い、唯一分かっているのが森の深層に行った住人で生きて戻ってきた人間がいないということだけだ。それほど恐ろしい場所に何も考えずに来てしまった過去の自分を何度も呪ったが、今はそんな事を考えている場合ではない。たとえ時間が過ぎていき辺りが暗くなっていったとしても生き残るためには帰る方法を考え続けるという選択しか今のファザーフィアにはなかった。


「ワオォォォーーーーーーーーーーーン」

「あぁぁーーーーーーーーーー」


そう悩みに悩んでいた時、もうだいぶ日が傾き段々と薄暗い闇に呑まれてきていた森にほんの刹那の瞬間だけ一匹と一人の声が響き渡った。その声はまさに暗い森の木から漏れる一条の木漏れ日のように耳に入ってきた。なぜならその一方の声はよく知った声だったからだ。そう、ノルドの声だったのだ。一緒に聞こえた声がなんなのかはわからないが。今日ノルドは森に入らない予定のはず、つまりノルドの声がした方向に村があることは確かだった。


その事に思い当たった瞬間、ファザーフィアは先程声が聞こえた方向に駆け出す。それと同時に見知った声を聞いたことで緊張感で堰き止められていた不安と僅かな安心が押し寄せ思いが溢れ出す。


ようやくこの場所から脱出できる。やっとだ。本当にすごく怖かった。戻ったらノルドや村のみんなにすごく怒られるかもしれないけどとにかく村に帰れる。やっとだよ 本当にもう生きて皆んなに会えないかと思った。よかった 諦めなくてよかった。


そう不安を消し自身を安心させるように頭で繰り返し呟き、不安と共に溢れ出た涙を目に浮かべながら森を駆け抜ける。



もう何時間森を走っただろう。幸いなことにファザーフィアは獣に一度も見つかることなく自分がよく知る森の浅瀬までくることができた。まだ油断はできないがあとは村に帰るだけというところまではこれた。そうして森の見知ったエリアを瞬く間に駆け抜けて、やっと村と森の境界線にある丘に出たという時、ようやく帰ったという気持ちと共にファザーフィアは村を視界に入れる。いつもと変わらない村を思って。


「えっ…」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある一幕 廃色世界 @ryousana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ