ある別れ目の一幕

改命コンバート 剣鬼けんき極身ごくしん


ノルドがそう唱えた瞬間、彼から流れ出た全ての魔力が収束して自らの体に入った。かと思えば一瞬で筋肉が異常に増幅して、その直後に収縮した。その最中ノルドの全身には激痛が走っておるらしく彼は絶叫を挙げていた。そうして魔法を使う時特有の魔力光が収まるとそこにいたのは、先程までとは比べものにならない威圧感を漂わせながら、見た目は異質にも額に二本の立派な角が生え、体は先程までと比べれば少し痩せながらも洗練されたまさに剣士の極地というにふさわしい筋肉や骨付きをした顔立ちと背丈以外まるで別人のノルドであった。


それを見た瞬間、絶影狼の本能は過去感じたことのないレベルの危険を感じとった。そして一刻も早く排除しようと先程までとは比べ物にならない速度でノルドに突っ込む。


「ぎゃぁぁぉぉぉーーーーーーん」


直後巨狼の絶叫が森に響き渡った。斬られたのだ。絶影狼は突っ込んだ瞬間信じられない光景を見た。目があったのだ。自分の半分のスピードも見切れなかった人間と全力を出した状態で目が合いそして斬られたのである。

驚愕どころの話ではなかった。自身の今まで誰にも見切られたことのない全力を見切られた、絶影の名を冠する巨狼にとってこれ以上の屈辱はなかった。だが,絶影狼にとって今そんな事を考えている場合ではなかった。


激痛を乗り越えたノルドは一度全能感に支配された。だが、これが大きな代償を払っての魔法だと分かっているからこそ、すぐに冷静になり突っ込んできた巨狼を向かいうてた。先程まで見えもしなかった攻撃は今のノルドにとって然程早くは感じなかった。そうして追撃を仕掛ける。剣を持ち上げ額の上で上段に構えて、前傾姿勢で足を踏み締め一気に解放して瞬く間に巨狼の正面まで来て剣を一気に振り下ろした。


「ギァォォォォォーーーーーーーーン」


再び森に巨狼の悲鳴が響く。絶影狼は思考停止状態に陥っており鈍い反応しかできずその一撃を避けられず深傷を負った。だが,そこでノルドの攻撃は止まらなかった。剣の振り下ろしからまた移動して今度は袈裟斬り次は逆袈裟と次々と攻撃を繰り返す。巨狼の体には浅くない傷がたくさん付いた。そうして遂にノルドが勢いそのままに心臓に突きを入れ巨狼を仕留めようとしたその時。 


「ギャァァァァァァァァーーーーーーーー(影陰侵蝕シャドウイロード)」


巨狼は村を襲った時以上の覇気と恐怖を感じる咆哮を放つと直後、一帯が不気味な暗闇に包まれた。


(チッ 出来るだけ早く片付けてぇのに、やはり魔法を使ってくるか。しかも範囲型な上にどう考えても領域系かよ。こりゃ自分で言っといてアレだがマジで死闘になるな。まぁ、このタイプは効果を慎重に見極める必要はないのが救いか。あぁーここまでされたらやはりアレも使わねぇとダメくさい、こりゃ勝っても生き残れる可能性はクソ低いな。)


暗闇に呑まれたノルドは思考を巡らせながら、その場にとどまり全神経を張り巡らせる。ここで無闇に動いても領域系の魔法は相手が自分の動きを感知できる場合が多い。なら動かず相手が動くのに合わせてカウンターするのが現状取れるノルドの最善策だった。


そうして数秒が経った時全身に怖気が走るような殺意を背中に感じた。


( 背中か! なら攻撃が来る直前に振り返って返刀で喉を掻っ切ってやるよ。)


ノルドが気配に対して反撃の糸口を探していた時、ついに巨狼の気配は牙を見せながら加速を始める。


(動作的に見て噛みつきか。都合がいいな、それなら簡単に首を狙える。)


余裕すら感じさせて待っていたノルドだったが、攻撃される直前、突然フッと巨狼の気配が消える。どういう事だ? と思考する間もなく 次の瞬間、先ほどまで背中側にあった巨狼の気配は真正面に突然現れて、即座に噛み付かれた。動揺によって反応の遅れたノルドは噛みつきによりかなりの深傷を負ってしまう。その勢いのままノルドの身体を噛みちぎろうとした巨狼だったが、巨狼のいた空間に噛みつかれながらもノルドが苦し紛れに超速の一撃を放ったので一度離れざるを得なかった。


(チッ イッテェな 最悪だよあのワン公。それにしてもどういう事だ なぜあんな瞬間移動じみた事ができる。 確か奴の魔法は影魔法だったな。なら今のは影移動シャドウダイブ系の魔法か? ってことはこの暗闇の黒は全て影の可能性が高けぇ。早く終わらせてぇのにクソ厄介だな。)


それから数分間まるで先程の色直しのようにノルドが何もできないまま巨狼の一方的な攻撃が続く。ノルドは何かに耐えるように致命傷だけは避けながらその数分を耐えた。


巨狼は今最高に愉快だった。先程まで自身をコケにし屈辱を与えられた敵を今は一方的に嬲れているのだ。これ程愉快なことは他にない。


やはり自身が本気を出せば勝てる相手などいないのだ。自分は最強の存在なのだから。先程までのはただのまぐれにすぎない。


巨狼はさらに悦にいるが,それでも馬鹿ではない。先程の自身の失敗は忘れずにきちんと活かす。 

先程は油断して遊んでいたから追い詰められた、ならもう油断せず次で確実に仕留めよう。


そして巨狼は駆け出す。今日一番の俊足を持って怨敵を仕留めるがために。


ノルドはこの数分巨狼の攻撃になす術がなく、これまでに負ってきた数々の傷を合わせても最早限界両足で立つのもやっとの状態であった。だから待っていた。巨狼が自身を確実に仕留めようとする時を、獣が勝利を確信して一番無防備になるその時を。ただ待っていた。


そしてその時が来る、ノルドの左正面から恐ろしき獣の殺意が漂ってくる。先程までの物より遥かに大きくそして鋭利な殺意だった。きっとここにいたのが何もなす術ない者なら次の瞬間の自分の死を予感するだろう。だが,ノルドは違う。ノルドは牙を持たぬ弱者ではない。だからそれを知覚した瞬間ノルドは唱え出す。


腐死神ふしがみ 再起動リブート


ノルドが唱え終わった瞬間、先ほどまで左正面にあった巨狼の気配はノルドの真後ろ、背中側にあった。当然ノルドは反応できない。巨狼はノルドの背中側から胴体に噛みつこうとする。だがノルドは最後の反撃とばかりに振り返る。だが,そんなことをしても結果は変わらない。振り向いた瞬間、ノルドは巨狼に首のすぐ下から又のあたりにかけてを噛み砕かれた。どう考えても致命傷だった。


巨狼は嘲笑っていた。もしかしたら何か反撃があるかもしれないと警戒していた自身が滑稽なほど容易く敵を殺せたのだから。やはり自身に敵う存在などこの世にいないと本気で悦に入っていた。だが不意に全身にとてつもない悪寒が走った。なんだこれは? そう思い目を外した敵をもう一度視界に入れた時にはもう何もかも遅かった。 殺したと確信して確認すらしなかった敵は息があった。なぜ即死しないのか不思議な状態でそれでも息をして立っていた。巨狼が振り向くと同時に巨狼の喉に剣が突き立てられた。信じられないことに男が立ち上がり自分の喉に剣を突き立てたのだ。巨狼は男の顔を見た、自身と同じように敵を嘲笑っていた。巨狼は生まれて初めて恐怖を感じた。全身が硬直して体の芯がとても冷たい。そんな感覚だった。なぜかわからない。そもそも巨狼にとってこの程度の傷などなんともない。すぐに治る程度の物のはずなのに何故? そう疑問に思ったところで気づいた。魔力を込めればすぐに治るはずの喉につけられた傷が治らないのだ。むしろどんどんと傷から何かが進行している。それに侵されたところはもう感覚がなくなっていっている。それに気づいた時にはもう耐えられなかった。


「ワォォォォーーーーーーーーン ワオォォォォォーーーーーーーーーン」


村を襲った時の咆哮とは違う、恐怖と絶望を滲ませた悲鳴のような遠吠え。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ

怖いのか?死ぬ事が 。お前らから仕掛けて来たのに、お前は怖いのか? 何て情けない奴だ。 そんなに騒いでも死ぬもんは死ぬよ俺もお前も。特にお前のソレは俺のとっておきの魔法だ。一度ソレにかかれば自身の魔力が尽きるまで腐敗が進む最悪の魔法。たーんと味わえ俺の命と引き換えの魔法なんだから。」


ノルドも吠える。最後を覚悟して、それでもどこか満足そうな表情で敵を嘲笑う。


暗闇の中、地に転がる一人と一匹、両者の運命は同じだった。二人して死ぬ。死に方に違いはあれど、死ねば同じだ。ノルドとしてはよくやった方だろう。ほとんど絶望的状況から相打ちまで持って行ったんだから。そう思いながら暗闇を見つめていると。


「ワウゥゥーーーーーーーーーーーン ワウゥゥーーーーーーーーーーン ガッ」


最後の悲鳴を残して絶影狼が逝く。怨敵ながら少し寂しいような不思議な気持ちを感じた。嗚呼きっと楽しかったのだろう。こんなに楽しいのは久しぶりだった。お前もそうだろ? そう思って巨狼を見つめた視界はしかしもはやボヤけてきていてついに逝くかとノルドが目を閉じた時。


最早魔力の供給がなくなって残っているはずのない周りの影の暗闇が蠢く。そして爆発的な魔力が周りに渦巻き始める。死にかけのノルドは反応すらできないが、その魔力はどんどんと収束していきついには影の闇がノルドを中心に収縮して全てが消え去る。そうして元々戦場であった村の外れからは綺麗さっぱり何も無くなってしまった。残ったのはただ壊滅した無人の村だけだ。降り始めた雪の白がいっそう悲しく見えた。



……‥‥…………………………………………


ようやくノルドの戦いが終わりました。ノルドの魔法についてはここでは解説しません。また次にノルドが出てくるのは結構先なので今後は主人公ファザーフィアの活躍をお楽しみに。それにしても戦闘描写ムズガシイー、全然上手くいかなかったわ。読みづらかったらすみません。

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