ある戦前の一幕

そもそも、なぜ黒狼達が門番を襲ってから五分もの間、村に入ってこなかったのか。それもまたノルドのおかげだった。


黒き狼達は困惑していた。ボスの遠吠えを合図に村へ駆け出し迅速に門の見張りを殺したところまでは順調だった。だがいざ村を襲おうと門を越えようとした直後だった。いきなり門が一人でに動き出したかと思えば、縦開きしかしないはずの門扉が横に裂け、そこからまるで獣の物のごとき鋭い牙が生え出したのだ。殆どの黒狼はこの異変に気づき急停止したが、唯一 一番前を走っていた狼だけは気付かずに牙の生えた扉に突っ込んだ。すると驚いたことにその一頭が扉を潜った瞬間どこにも見当たらなくなってしまったのだ。これに警戒した狼達は無理に行こうとはせずに判断を仰ごうと門の前でボスを待っていた。これにより、村の中にいた獲物が逃げたようだが、それは彼らにとっては些細な問題だった。人の足は自分達よりずっと遅く、なにより自分達には一度臭いを嗅いだらどこまでも獲物を捕捉できる自慢の鼻があるのだから。4〜5分して、本来部下達だけでは倒せない強敵を仕留めるために仕上げとしてくる予定だったボスが一向に騒ぎが起きないことを不思議に思いやってきた。そして黒狼達の話を聞いて激怒する、自分の完璧な狩の想定を崩されたからだ。武極級の醒獣であり森の頂点に君臨していた黒狼のボスの絶影狼ぜつえいろうにとってこれほどの屈辱は初めて出あった。だからこそ、その怒りを認識した瞬間、耐えられず、その影を絶つほどの俊足と巨体、そしてそれに自身の魔法である影界魔法で影の鎧を纏わせ門に突っ込んだ。


部下達は焦った。当然だろう、ボスが予想外にもあの扉に怒りに任せて突っ込んでしまったのだから。もし、ボスも先ほどの同族と同じようにどこかに消されてしまってはたまったものではない。自分たちだけでは、これを引き起こしている人物に勝てるかは怪しかったからだ。だが、そうはならなかった。ボスが突っ込み扉と接触しそうになった瞬間、門が綺麗さっぱり消えてしまったのだ。これにはボスも驚愕して加速から一気に急停止した。ボスの巨体が加速から急停止したことで、凄まじい砂埃が前方に舞う。


その中に影が一つ不敵にそして堂々とした立ち姿でたたずんでいた。


そもそもとして、その時点で村にはノルド一人しか残っていなかった、ならば当然この一連を引き起こしたのはノルドに他ならない。だが、仮にこの場に村の面々がいれば不思議に思うだろう、なぜならノルドは普通の農民でこんな大それた事をできるとおもえないからである。確かに普通の農民にこのような事はできないそれはそうだ。だが,このノルドという男は普通の農民ではなかった。ノルドは一度、五年ほど村を出ていたことがある。その時ただ都会で働いていただけと村のみんなには言っていたが、実は違った。ノルドはその五年間秘境調査団に所属していたのだった。秘境調査団とは世界中にある未開の地に赴きそこで調査や探検などをしてそこで得た情報や収集物や素材を売り生計を建てる集団の総称である。そのような活動内容には当然手強い醒獣や自然の脅威などの危険がつきものでありそのために彼らには強い武力が求められる。ノルドも例外ではなく、更に彼には魔法の才能があった。五年そこにいた彼はその間必死に魔法を学んでいた。だからこそ先程のような行動ができた。



砂埃がやみ、黒狼達の前に姿を現したノルドは笑っていた。余裕でなく覚悟を浮かべた笑いであった。その姿を見た狼のボスは直感した、コイツは自分が相手をしなくてはいけない相手だと。その通りだった、確かにノルドの実力はボス以外の黒狼と比べれば雲泥の差であった。だが、逆に言えばボスと比べればボスたる絶影狼の方が格上であり殆ど確実に勝てる相手であった。だからこそ絶影狼は部下達に逃げ出した獲物を狩に行けと指示し、余裕の表情でノルドに向かい合った。


ノルドは理解していた、自分が狼達の親玉に比べれば格下であること、ボス以外の狼を止められないこと、その全てを理解していた。だからこそ自分を無視していく他の狼を止めなかったし、だから尚更笑っていた。その方が相手は警戒してくれるだろうから。そして、他の狼が去ってから口を開く。


「おいデカいの覚悟しろよ。テメェがどれほど格上だろうが、その喉引きちぎってやる。」


ヴオォォーーーーーーン


ノルドの時間稼ぎのための口上につき合わず、さっさとこいと嘲笑の色を含んだ咆哮を合図に戦いは始まった。

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