二重奏片思い――君に伝えたい思い

赤髪命

本文

「駿季ってさ、好きな人とかいるわけ?」


 夏休みが近づくある高校の教室で、一人の男子――大村敦が別の男子――杉山駿季に話しかけた。


「……気になる人はいるけど……」


「えっ!? マジで!?」


「……まあ」


「えっ、誰?」


 ものすごい速度で切り返し質問をする敦の様子に、駿季は少し戸惑った様子を見せた。


「いや〜、それはちょっと……」


「なんだよ、何かやましいことでもあるのかよ?」


「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」


「だったら、なんで言えないんだよ?」


「……それは……」


 しばらく黙った後、駿季は少し諦めた口調で言った。


「誰かって言うなら伊駒さんだけど……」


「だけど?」


「この間、伊駒さん、気になってる人がいるって聞いたんだよね……」


「あ~なるほどね」


「だから、俺が好きっていうのは、なんとなく伊駒さんに迷惑かなって思うんだよ……」


「……それは何か違くない?」


「お前さ、俺が中学の時なんて言われてたか知ってる? 『モテない女子の最終手段にもならんゴミ』だぜ? ただでさえ気になってる人がいるっていうのに、俺に告白される相手の気持ち考えたらもう無理じゃん?」


「そんなことないだろ。今そういう風に言われてるわけじゃないんだから」


「それを抜きにしても、伊駒さんには気になってる人がいるっていうのは事実なんだからさ。その気になってる人を押しのけるほどの恋愛戦闘力が俺にあると思うか?」


「なるほど。それで、伊駒さんが気になってる人が誰かは知ってるん?」


「いや、知らない」


「それじゃあ、俺の彼女確か伊駒さんと仲良かったはずだから、聞いとくように頼んでおこうか?」


「勝手にすれば? 別に俺に言わなければそれは俺とは関係のない話なわけだし」


「それじゃ聞いておいてもらうわ」


 敦はそう言って教室から出て行った。それと入れ替わるようにして、駿季の妹である澪が教室に入ってきた。


「お兄ちゃん、一緒に帰ろ?」


 澪はそう言うと駿季の手を取って家路に就いた。


 * * * 


『ひなた、この間気になってる人がいるって言ってたけど、ぶっちゃけ誰なの?』


 敦から連絡を受けた彼女――天音愛花はメッセージを見るとすぐに渦中の友人――伊駒ひなたにメッセージを送った。


『えっと、杉山君、なんだけど……』


『どうかしたの?』


『このあいだ他の女の子と一緒に帰ってるところ見ちゃって……』


『あ~、なるほどね』


 そう送ってひなたからメッセージが返ってこなくなったあと、愛花は敦とのメッセージの画面を開いた。


『ひなたは杉山君のことが気になってるみたい。他の女の子がいるからって諦め半分みたいだけど』


『つまり両片想いってことか』


『え、マジで?』


『駿季も伊駒さんのこと好きって言ってたから。あとたぶん伊駒さんが言ってるのは駿季の妹のことだと思う』


『なるほど、事情は分かった』


『駿季にこのこと伝えた方がいいかな?』


『いや、逆に二人には伝えずにちょっと見守ってみない?』


『確かにそれも面白いかも』


 そんなメッセージ上での会話がしばらくの間続いた。


 * * * 


「で、結局本当に聞いたわけ?」


 翌朝、駿季が敦に聞くと、敦はにやりと笑った。


「……何? そんな不気味な笑い方して」


「別に? 何もないけど?」


 そう言って敦が駿季の席から離れていった。時を同じくして、ひなたの席の近くでは、同じような会話がひなたと愛花の間で交わされていた。


 やがてチャイムが鳴り、いつもと同じ一日が始まる。駿季とひなたはそう思っていた。


 しかし、敦と愛花はそんな二人の距離を近づけようと動いていた。


 二時間目の英語の時間。ペアワークの相手を探すよう先生が指示すると、普段は駿季と敦、ひなたと愛花がペアを組んでいたにもかかわらず、突然、敦と愛花がペアを組んだ。


「せっかくなら、伊駒さんと組んだらどうなの?」


「杉山君と組んでみたら? ひなた、気になってるんでしょ?」


 そう言う二人に流された駿季とひなた。


「えっと、伊駒さん、とりあえず、ペア組む?」


「……そうだね。他にまだ組んでない人もいなさそうだし……」


 結局二人はペアを組んだが、お互い恥ずかしさからか顔が真っ赤になっていた。しかし、お互いに恥ずかしがっていたために、駿季はひなたが恥ずかしがっていることに気が付かなかった。そして、ひなたもまた、駿季が恥ずかしがっていることに気付いていなかった。


 * * *


「なあ駿季、今年の夏祭りって何か予定ある?」


 その日の放課後、敦が聞いた。


「別に特に予定はないけど……、お前はどうせデートだろ?」


「そりゃもちろん」


「なら俺のことは関係ないだろ。なんで聞いたんだよ」


「いや~、デートなのは確かなんだけどさ、なんか愛花が「二人だけだと恥ずかしい」って言ってるんだよね」


「それで?」


「せっかくだから、駿季と伊駒さんも誘おうってなったんよ」


「……図ったな?」


 駿季が敦を睨みながらそう言うと、敦は悪役のような笑みを浮かべた。


「あ、バレた?」


「なんとなく今朝の感じでそういうことなんかなって思ってたけど……、とりあえずさっきので確信した」


「マジか」


「振られるってわかってて関係持つのが一番つらいってことくらいわかるだろ? 可能性の欠片もないってのに」


「いや逆に考えてみろって。愛花経由で伊駒さんがお前のことどう思ってるか聞いた結果、今俺はこうやって動いてるんだからさ」


「信じられん。お前を信じられないんじゃなくて、俺のことを好きな女子が存在することが信じられん」


「……とりあえず、夏祭りは来るだろ?」


「それは行く。ただ伊駒さんが俺のことが好きっていうのは信じないけどな」


 駿季はそう言って敦と別れ家路に就いた。


 * * * 


 駿季と敦が話しているのとほぼ同時刻、ひなたと愛花もまた、夏祭りのことについて話していた。


「せっかくだから、ひなたも一緒に行こうよ。杉山君も誘ったから、もしかしたらチャンスあるかもよ?」


 愛花がそう言うと、ひなたは少し不安そうな顔をした。


「でも……杉山君には付き合ってる女の子がいるのに、私が杉山君と一緒にいても、いいのかな……」


「大丈夫じゃない? だって、敦が誘っただけだから、もし一緒にいることを誰かに何か言われたら、普通に「誘われたから行った」って言えばいいと思うし」


「そうかな……」


「そんなに心配なら、杉山君に聞いてみればいいのに。「好きな子いるの?」って。もしかしたら、ひなたの言ってる女の子が、杉山君の妹なのかもしれないでしょ?」


「たしかにそうかもだけど……」


「とりあえず、一緒に夏祭り行って、聞けそうなら聞いてみたら?」


「うん……」


 そうして二人も家路に就いた。


 * * *


 そして夏祭り当日。初めは四人で夏祭りを楽しんでいたが、敦と愛花はなんとか駿季とひなたを二人きりにしようとしていた。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってきてもいい?」


 愛花がそう言うと、敦も「じゃあ俺も行こうかな」と言って、駿季とひなたをその場に残して行った。


「……ねえ、杉山君……」


 しばらく二人とも黙ったままだったが、ひなたが小さな声で駿季に話しかけた。


「な、何?」


「杉山君って、その……好きな人とか、いるの?」


「……うん」


「それって、もしかして、いつも一緒にいる女の子のこと?」


「いや、違うよ」


「えっ?」


 想定外の答えに、ひなたは少し驚いた。


「そ、それじゃあ……どうして、いつも一緒にいるの?」


「あれは僕の妹なんだよ。いつも一緒にいたがるから、ちょっとうっとうしいくらいなんだよね」


「そうだったんだ……」


「でも、どうしてそんなこと聞いたの?」


「えっ⁉ そ、それは……その……」


 ひなたは顔を真っ赤に染め上げて黙ってしまった。そんなひなたを見て、今度は駿季が沈黙を破った。


「えっと、伊駒さん……」


 名前を呼ばれ、頬を赤らめたままひなたが駿季の方を向いた。


「な、何……?」


「その、実は……」


 駿季はひなたと同じように顔を赤くしながら続けた。


「ずっと、伊駒さんのことが好きで……」


 駿季がそう言うと、ひなたは驚いた様子で駿季を見つめた。


「でも、伊駒さんには気になってる人がいるって聞いてたし、俺が勝手に伊駒さんに一方的に告白するのもおかしいと思ってるんだけど……」


「……」


「やっぱり、だめ、だよね……」


 駿季がうつむきながら言うと、ひなたは首を横に振った。


「実は……私も、ずっと、杉山君のことが、好きで……」


「……え?」


「でも、杉山君の妹のことを、杉山君の彼女なんだって勘違いしてて……」


「……そうだったんだ……」


「……私たち、二人とも勘違いしてたみたいだね」


 ひなたがそう言って笑いかけると、駿季は小さくうなずいた。


「なにいい雰囲気になってるの~?」


 愛花と敦が二人のところに戻ってきたときには、駿季とひなたはすっかり両想いになっていた。

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