第41話 嘘のつき方がさすがに甘すぎる

「知らないけどさ。みんななぜかすぐ『結婚したい』とかって言ってくんだもん、向こうの若い子。グイグイよ。怖いよね? 一回優しくしただけだよ? それですっかり彼女みたいな振る舞いしてくるし、ちょっと……つーか、まあ、その、鬱陶しくて……」


 ああ、と頭を抱えた。すごく想像ができた。あの偽りの『キラキラ王子』は世界共通でモテるらしい。素の翔斗を見たパリジェンヌは一体どんな反応をしたのだろう。んん。


「それはお客様?」

「いや。……シェフの娘と店のスタッフ」

 最悪じゃないの。


「なら杏子ちゃんが会う可能性も充分あるね」

「そうだね」

「その辺なんじゃない? 原因」

「じゃあどうすればいいの?」


 うーん。と困った。


「ていうかあんたほんとに大丈夫? こういうの、そのお店だけじゃないんでしょ。だからあちこち転々としてきたんじゃないの」


 弟じゃなかったらこんな最低野郎すぐに家からつまみ出したいところだよ。


「妊娠とかまでは……ないはず」


 ひ!? なんですって!?


 私が顔を引き攣らせるとガトーくんは苦く笑った。


「ちがうって! 全部向こうから強引にだから。俺の気持ちはいつでも杏子ひとすじだもん。だから全部きっちり断ってちゃんと帰国してきたでしょーが!」


 被害状況は双方の言い分を聞かないことには……とまではまあ言わないでおいてやるけどさ。


「じゃあさ。もうなんとかして連絡取って、その『ひとすじだ』って気持ちをストレートに杏子ちゃんに伝えるしかないんじゃない? 将来の店は杏子ちゃんとしかやるつもりないから、何年でも待つって。どんな金髪美女より杏子ちゃんが好きだって、精一杯伝えるしかないよ」


 メールじゃなくて。せめて電話でね? と念押しをした。


 それから開業資金が減るから衝動的な渡仏は絶対にしないこと。


 あとできればタバコはやめること。


「は? なんでタバコまで?」

「なんとなく。イメージを守るため」


 お父さんそっくりの顔で吸ってほしくないっていうのが本心ですけどね!


 とにかくそんな約束を強引にして、なんとか帰宅してもらった。ふう。



「大変だね、モテる男は」


 ガトーくんは「ふは」と笑いつつ眞白を抱っこしながら片手でコーヒーを淹れてくれていた。


「あの顔はフランスでもモテるんだよね。兼定さんも昔はかなり……ああ、こんな話はしない方がいいのかな」


 ほとんど言ってるようなもんだけどね?


「その上翔斗くんは喋りも上手いから。そりゃモテるさ」


「……だからって杏子ちゃんにしたらいい気はしないよ」


 はは、と困ったように笑った。


「それにちゃんと恋人同士ってわけじゃないから浮気とも言えないのって……なんかズルくない?」


「たしかにねぇ」


 あの雰囲気だとキスくらいは平気で大勢とやってたんじゃないかしら。うわうわ……。


「だけど海外むこうの強引な女性をなかなか断れないっていう気持ちもわかるよ。僕だってフランスにいた頃は何度か────」


 そこではっとして口を噤んだ。……え。


「え、ガトーくん?」

「……コーヒー、冷めるよ」


 おお。なんと下手なごまかしか。


「あの、ガトーくんもそんな経験があったの? っていうかそれ、まさか私とお付き合いしてた頃じゃないよね?」


「え……いや。いつ、だったかな」


 ほんとうに嘘が下手な人。まずこの返しじゃ『あった』って事実は認めちゃうことになるんだからね?


 もう。あんなにゾッコンなフリしておいて。んんんんん。


「僕の気持ちはいつだっていちごちゃんだけだよ、それは本当。絶対浮気なんかしないし、した過去もないよ」


「わかってるよ……」

 それでも。なんかねぇ。


「キスとかされたり、したの?」


 フランスむこう日本こっちよりも挨拶の距離が近いでしょう? こんなこと訊くもんじゃない、とは思うよ。けど訊かずにいられなかったんだもん。


「いちごちゃん……」


 やはりというか。彼の答えは否定ではなかった。ああ。過去のことをほじくり返して責めるつもりはない。ないよ。だけど。


「ごめんなさい。……先に寝るね」


 ガトーくんに抱っこされていた眞白を取り返すようにして、先に寝室へと向かった。


 初めて、おやすみのキスをしないで朝まで背中を向けて寝た。




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