第40話 こいつの考えはさすがに甘すぎる
「ねえ、そのため息やめてよ。キラキラ王子の欠片もない」
時刻は閉店後の夜。ちょうど帰り支度を始めた頃だった。ちなみに今日はガトーさんはイナヅカ本店勤務の日で厨房は私ひとりの静かな日。
「はあ、プライベートくらい素でいさせてよ」
休憩室でタバコに火をを付けようとするから「こら禁煙!」と叱った。バカなの? ここはケーキ屋だよ?
「っていうかあんたタバコなんか吸うんだ」
知らなかった。ファンに失望されるんじゃ。
「わるい?」
「悪くないけど。『キラキラ王子』としてはイメージ悪い。お客様をガッカリさせたりしないでよね?」
お父さんもガトーくんもタバコは吸わない。だからこうして喫煙者を目の前にするのはかなり久しぶりだった。
当の本人は「そ? ギャップ萌えとか狙えないかな」なんてのん気に言うからもはや呆れる。
「なにかあった? やさぐれてるみたいだけど」
あまりに訊いてほしそうだから仕方なしに訊いてみた。仕事のことなら解決しなきゃいけないし。するとこんな答えが。
「返事がないんだ」
「……返事?」
「
おお……。
「連絡なんかマメにしてたの?」
「してない。久しぶりに送ったんだ。そろそろ
【帰国したら店やろうよ。したければ結婚してさ】
「あんた……それ本気で送ったの!?」
久々の連絡でいきなり? しかもメールでプロポーズとか……。っていうかお付き合いはしてたの? いや、いくら恋愛に無頓着でもさすがに無礼が過ぎるでしょう!? 人としてよ。
「なんで。なんかマズかった?」
「うん……全面的に」
「んー。わかんないな。返事がないってことはなに。つまり杏子はもう俺と組む気はないってこと?」
「そう結論を急ぐことないでしょ」
翔斗は「はー」とまたため息をついた。
「っていうかそもそもあんたたちちゃんとお付き合いはしてるの?」
「付き合う……ってなに?」
「はあ? 恋人同士なのかってこと」
「んん……。恋人……どうだろうね」
「そこ曖昧なの」
これはちゃんと告白もしてないな。
二人はたしか小学校時代からの友達だったはず。中学で離れ離れになったけど、高校で再会……したの? してないの? そもそも翔斗は高校はほとんど行っていないような。
「フランスでお金持ちイケメンと出会って、もうあんたのことなんか忘れたんじゃない?」
言ってからちょっと言い過ぎたかな、と気にした。うーん。弟の扱いって難しいな。
そういえば『メールの返信がない』ってガトーくんも騒いでくれたことがあった。男の人ってみんなこうなの?
「大丈夫だよ、帰国前でちょっと忙しくしてるだけとかじゃない? そのうち返事も来るよ」
「あー、俺フランス行こうかな」
く。慣れてる奴はすぐ行こうとするんだから。「そんな時間もお金もないでしょ」
こいつの場合普通に生活してるだけでもちゃんと貯蓄できてるのか怪しいのに。
「だってこんなのおかしいよ。つか女子ひとりで海外とか普通に危ない!」
「待って待って! あんたの思考の方がよっぽど危ない!」
そうしてなぜか「こんなんじゃひとりで家に居られない」とうちまで付いてきた。なんでよ。保育園のお迎えまで平気で付いてくるし。「お父さんですか?」って聞かれてややこしいから本当にやめてほしい。
「それは行った方がいいよ」
「だよね!?」
待ちなさい。と片手を挙げた。もう。さてはこいつ、この賛同を得たくてうちに来たな。ていうかなんで晩ごはんまでご馳走してやんなきゃならないの!?
「うまいねこのカレー。おかわりある?」
「あるわけない」
まあこのくらいの図太さがなかったら海外でひとり生きてなんかいけないか。
「気持ちわかるよ、翔斗くん。僕もあの時は生きた心地がしなかった」
「もう。待ってよ、ガトーくん。翔斗と杏子ちゃんはそもそもお付き合いもまだなんだよ?」
このキョトン、とした顔はかわいくて結構好き。言ってる場合じゃないや。
「なんで? 一緒に店やる約束してるんじゃなかったの?」
「俺はそのつもりだよ」
「つまり向こうはどうだかわかんないのね」
私が呆れた目を向けると翔斗はわかりやすく不貞腐れた。
「え。なによこれ。俺振られたの?」
「だから付き合ってもないんでしょ?」
はあ。こんな手のかかる弟だった?
「俺は杏子と以外は店やるなんて考えてない。あいつとしか組まないよ」
「それならもう少し時間がかかるんじゃない? 帰国してからも最低でも……あと2、3年はどこかで修行しないと」
「そのくらい待てるよ」
「待てるんだ……」
なんだろうな。『好き』の方向が独特というか、変に偏りすぎているような。
「どうして杏子ちゃんにこだわるの?」
「は? 好きだから。それしかないっしょ」
うわ、お……。
「『好き』の意味、わかって言ってる?」
「当たり前」
んん、これはとても手強い。こんなわけわかんないやつに好かれて、杏子ちゃんもかわいそうに……。
「にしても連絡着かないのは心配だね。いちごちゃんは連絡先知らないの?」
ガトーくんに訊ねられて首を横に振る。「残念ながら」
「じゃあ兼定さんは?」
「お父さんは知ってるよ。留学のお世話したのもお父さんなんだし」
言いつつちらりと翔斗を見ると「イヤだ」と即答された。
「あのジジイにはもう関わりたくない」
これでよく跡継ぎやるなんて言ったよね。
「だけどどうにかして連絡は取りたいんでしょう?」
「やっぱ現地に行くのがいちばん手っ取り早い」「だからそれはお金も時間もないってば!」
もう、バカ。
「ちょっと冷静になって。まず本人が誰とも連絡が取れない状態なら杏子ちゃんのご家族が真っ先にお父さんのお店になにか訊ねてくるはずでしょう? それがないんだから今回は
「なんか当たり強くね?」
「当然の報い」
これまで散々杏子ちゃんを放置して振り回してきたんでしょうが。
「しかも送った文面が圧倒的に『言葉足らず』だもん。そりゃいきなりそんな内容のメールが来たらいくら優しい杏子ちゃんでも返事に困るよ」
ガトーくんが「どんな?」と訊くからありのままを伝えた。「え」と言われて姉として恥じる。
「でも杏子の性格からして無視なんてらしくない」
う。こいつ。急に彼氏ヅラしないでよね。
「じゃあ……なにかに怒ってるんじゃない? こんなことしておいて結婚なんてよく言ったよね、みたいなさ」
「え、なにそれ怖」
「なんか心当たりないの? たとえば……杏子ちゃんの留学先のパティスリーで過去にあんたなんかやらかしてた、とか」
すると思案顔になって黙り込んでしまった。もしもーし。
「まさか心当たりあるの?」
「留学先って……」
「たしか今はここだったと思うよ」
前に兼定さんに聞いたんだ。と、ガトーくんがスマホの画面を見せた。
すると翔斗の表情が明らかに変わる。「ああ、ハイハイ、ここね」と。
「なに」
「いや……」
「なにしたの?」
訊ねるのも怖いけど。
「何人かその……ちょっと悪い振り方してて」
悪い振り方……? とは。
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