第35話 跡継ぎになるのは甘くない!?②
「とにかくお父さんにも話さないと」というわけでその夜、沢口家の緊急家族会議が開催されることとなりました。
「ったく、どいつもこいつも」
お父さんの反応は予想通りこんなものだった。
「継ぐ必要なんかない。日本一の店がつくりたいんなら自分でイチから建てろよ」
「それじゃ親孝行になんないっしょ」
「押し付けの親孝行なんかいらねーわ」
言いながら翔斗がお父さんのグラスにお酒を注いでいた。えー、そんなことする歳になったんだ? っていうかちゃんと敬うんだ。もういろいろ意外すぎだよ。
おまえも飲めんの? と訊ねられて「当然」とにやり返す。ありゃ。これは大酒飲みの遺伝子継承ってこと? ほんとどこまでもそっくりなんだから。
「しかしね。跡継ぎの件はいちごが先だから」
お父さんの言葉に翔斗は「は?」と私を見た。
「ついこの間から二号店の話、進めてるとこ」
ひと足遅かったね。と言われて翔斗は「ふうん」と横目に私を見つつ「でも接客は?」とそんなことを言う。
「いちごに接客は無理でしょ」
「そ、そんなことないよ!」
そりゃ経験は乏しいけどさ!
「だって昔から人の顔や名前覚えないじゃん」
「それはたしかに苦手だけど」
「致命的じゃね?」
く……。相変わらず憎たらしい。
「なんとかなるよ。ガトーさんと二人だしっ」
すると翔斗は「ああ、プリンス。会いたかったんだよね」などと言う。
「あんな有名人が親戚とか素直にすげーよ」
そうか。この子も昔のことは記憶にないんだよね。私よりも小さかったわけだから当然だ。
「けどプリンスを待ってたらいつまでも二号店なんかやれないんじゃない?」
「それは……」
「だって彼は東京の店だけで手一杯でしょう? そりゃオーナー降りて多少は自由になったのかもしんないけど。それでもこんな田舎と東京行き来してどっちも店やるなんて現実的じゃない。すっぱり稲塚グループ辞めてうちに来るってんなら話は別だけど、そんな気もないんでしょう?」
く……。口の強さも父親そっくりなんだから。
「だったらその二号店、俺にやらせてよ」
「な! ちょっと待ってよ」
「なんで。
「へんな呼び方しないでよね?」
たしなめると「はは」と笑った。
「ね、どう? 父さん」
するとお父さんは翔斗の勢いを断つようにゆっくりとお酒をあおってから大きく息をつき、そして改めて息子の目を見た。
「すぐにでもっつーけどおまえ、相方はフランスだろーが」
相方、というのはガールフレンドの
「ああまあ、そうだね。じゃ帰って来てからかな」
「三年は帰って来ないと思うよ」
「え……そうなの?」
なんで知らないの!
「連絡取ってないわけ?」
私が呆れて言うと「いや聞いたけど。一年くらいと思い込んでたな」と。ほんといい加減なんだから。
「ねえ、だったらさ」
ここまで黙っていたお母さんが頬杖をつきながらこちらを眺めていた。……ん。これは嫌な流れかも。
「あんたたち二人でやれば?」
なんでそうなるの!? 絶対に平和にならないと思いませんか!
「あっははは! すごいね! それはおもしろい!」
電話口でガトーさんはうるさいくらいに大笑いをした。なんでよ。
「おもしろくなんかないですよっ! もう、せっかくの夢が、なんで突然こんなことに」
「どうして? 翔斗くんと仲悪いの?」
「悪いですよ。悪いっていうか……よく知らないです」
ああ。楽しみだった未来が急に心配な未来に変わってしまった。
ガトーさんは「よく知らないか」と言ってまた笑った。
「それなら、知るいい機会かもしれないね」
「……ええ?」
「僕も興味あるよ。翔斗くん。たぶんお菓子についての知識なんか僕らよりずっと豊富にあるんでしょう? どういうものの見方をするのか、それこそ接客だってどんなものか、すごく興味ある」
それは、たしかにそう、かも。
「そんな彼と関われるなんてまたとないチャンスだよ。なんでも成長の機会と思って。ゴールが遠のけばその分多く楽しめる。その分得られるものが増えるんだから」
「ガトーさん……」
ずいぶんポジティブな発言ですね? もしかして単に翔斗に会いたいから、って理由もあります?
「大丈夫だよいちごちゃん。夢はもうすぐそこじゃない。だから頑張って乗り越えよう。僕も次の休みにそっちに行くから。その時に翔斗くんも一緒に話そう」
というわけで数日後。
「はじめまして」
「はじめまして、じゃないんだよ」
「……?」
ガトーさんと翔斗が再会を果たした。
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