第34話 跡継ぎになるのは甘くない!?①
秋になって私が産後復帰してからもガトーさんは変わらず週に一度は必ず
「また大きくなったよね」
「く、はは、力強いなあ」
「髪伸びたね?」
「元気だねえ」
かわいい、かわいいって、めちゃんこにデレデレしてたわむれている姿になんだか笑ってしまった。
「ガトーくんって昔から子ども好きだったもんね」
お母さんもそう言って微笑んだ。
「いちごもだったけど、翔斗もね。親子みたいに遊んでもらってたから」
そして「ああ、そういえばあの子」とこちらを向く。
「帰国してるらしいんだよね」
また『らしい』……。だけど帰国? それはまた珍しい話。
「もしかしたら帰ってくるかもって、連絡来てたよ。今朝」
「今朝? え、ここに来るの? いつ?」
「さあ」
ん。なんだろう。なんとなく胸騒ぎがした。そもそもあいつ、何年ぶりの帰省よ?
ガトーさんと入れ替わりに嵐が来たのは、その翌日の夕方、街がオレンジ色に染まった頃だった。
「へえ。うわー、変わんないな」
出入口の開く音がしたかと思ったら、低い男性の声がした。
「ただいま。父さん。母さん」
ちら、と見たきり無視を貫くお父さんに代わって私が出迎えた。気配を感じてお母さんも売り場から顔を覗かせる。
「ああ、いちごもいたんだ」
相変わらずお父さんそっくりのその顔。その声。その姿。
「出産おめでとう。ごめん、お祝い忘れたわ」
またの機会に、なんてへらりと笑う。なんだかすっかり大人っぽくなったな、と思った。前にちゃんと会ったのはたしかこいつが高校一年の頃だったから。
「翔斗、なにしに来たの?」
訊ねると「は、ひどいね」と笑われた。「ただの帰省よ」
絶対ちがう。とお母さんと顔を見合せた。すると翔斗は「まあ、ちょい、将来の話をしに来た」と言う。
将来……?
なにか訊ねようとするも「あとでゆっくりね」と微笑まれて終わった。む。大人翔斗はなんだか手強い……?
すると今度は作業を続けていたお父さんに遠慮なく近づいて行くからこちらが慌てた。やや、怒鳴られるよ!? ただでさえもとから仲が悪いのに!
「父さん。伝言預かってる」
「……は?」
「フランスのクロエって人。知ってるでしょ」
「クロエって……あのクロエ?」
「そう」
そっくりな二人が話しているとなんだか不思議な感覚すらする。ところで案外ケンカせずに普通に会話できてるね? 聞いた感じではなにやらフランスに共通のお知り合いがいるらしい。
「もう相当のばーさんでしょ、彼女も」
「遺産の半分を、そのオノさん? って人に渡したいらしいよ。連絡先聞いといてくれって」
「か。なんでそんなことになんのか」
お父さんは呆れた声を出してから「ふ」と笑った。「おまえあんなとこにも行ったんだ」
「菓子に関係するとこは全部巡るつもりだったからね。だけどそれだけで人生終わるのもなんだか、と思って。ほどほどにして切り上げたんだ」
「相変わらずの馬鹿だな」
けなしつつも、「羨ましいよ」と笑った。翔斗は少しキョトンしてから、似た顔をして笑い返した。
「父さん、なんか丸くなったね?」
「なに?」
「俺初めて笑顔なんか見たもん」
「はあ?」
「ちょっとビビった」
「バカかよ」
そこにお母さんが加わった。
「とにかく荷物置いて、少し二階で休憩したら?」
すると翔斗はゆらりと売り場を覗いて、「今販売員は母さんだけ?」と訊く。
「平日はそうだよ。土日とかはバイトの子がひとり入る感じ」
お母さんの答えに「ふうん」と返した。なんだろう。
「あんさ」
次の言葉に、お父さんとお母さんと私はひっくり返りそうになる。
「俺を雇う気ない?
我が家を突然襲ったこの嵐は、とにかく勢いが凄かった。
お店は臨時で早めにに閉店として、まだ仕事があるお父さんを厨房に残して三人で二階の住居へと移動した。
翔斗の言い分としては、お母さんの負担が減らせること、それと自身が得た知識でお店のレベルをもっと上げられるということだった。
「いちごも復帰したばっかでしょ? そしたら子どもの世話するのだってスタッフが身内のほうが気も遣わず済んでいいっしょ」
リビングでソファーにどっかり座る姿はお父さんとほぼ同じだった。
「そもそも
基本的な確認をするとすんごくバカにしたような目で見下ろされた。う、こういう仕草ほんとにお父さんそっくり。
「あんねいちご。俺は最初から販売員志望だよ」
「……え?」
てっきりパティシエなのかと思っていた。
お母さんを見ると曖昧に微笑む。知ってたの?
「だって、高校の時だってパティシエとして雇ってもらってたんでしょ?」
「それはまあ、そう。けどそれもゆくゆく販売員としてやれるための経験として、つーかね」
言いながら麦茶をぐい、と一気にあおる。男らしく上下するのどぼとけに不覚にもどきりとしてしまった。
それにしてもパティシエが通過点? こいつ、ほんとにどこを目指しているんだろう。
「じゃあ海外でもパティシエはしてなかったの?」
「してた時もあるし、ちがう時もあった」
「つまり販売員ってこと?」
外国人でってことだよね? それって結構すごいかも。
「それもだし、研究の手伝いとか、材料屋にいたこともある。あとは工場とか、まあいろいろ渡り歩いたね」
すごい、としか言えなかった。あのお父さんでさえ「羨ましい」というくらいだもんね。
「ここで働きたいってのはさ。もちろん親孝行もあるけど、もっかいちゃんと日本らしい接客を学びたいって思ったんだよね。母さんから」
「え、私から?」
お母さんはさも意外、というような声を上げた。
「そう。いろいろ見た結果、結局うちの、母さんの接客のレベルの高さがよくわかったってわけ。いつかは戻ろうって思ってたんだ。そんで俺はいずれ
な。
な。
な!?
「継いで、日本一の店にする」
唖然として声も出なかった。
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