第31話 幸と不幸はカミヒトエ③
彼についての深掘りが進めば、当然私と結婚していたという事実も明るみに出ることとなる。
報道では私のことは『一般女性』とされたけど、過去に世間で人気を集めたパティシエ王子の結婚。その事実は予想以上に反響があったらしく。
私の身元はすぐに特定されたらしかった。
◯◯県のケーキ店の娘らしい。
職場婚らしい。
20歳も年下らしい。
今は別居中らしい。
妊娠中らしい。なのに別居とはなぜ。
別居は過度な報道のせい!?
原因は王子の浮気か!?
身分差が分かつ新婚の愛
多忙な王子に愛想が尽きて浮気して出来た子なのでは?
お父さんがテレビの線を抜いたのは割と早い段階だった。
「自分から毒を食らうな。スマホでもニュース見んのは禁止」
そう言って育児雑誌やベビー用品のカタログを大量に投げてきた。
それでも実際にここのお店にまで来る記者ももちろんいた。東京から離れているため四六時中張り込まれたり、というわけではないにしても、外出は極力控えるようになった。
訪ねてきた記者には都度お父さんが対応してくれていて今のところ大きな問題はない。やむを得ない妊婦健診などの外出も、お父さんが付いてくれてなんとか凌いだ。
そうこうするうちに世の中の話題は目まぐるしく変わっていった。
見飽きた梅雨空が次第にすっきり晴れた濃い夏空に変わるのと同じように、ガトーさん周辺をはじめとする稲塚グループ食中毒事件に関する一連の報道は瞬く間にニュース欄から消え、同時に私の周りも少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。
それでも彼からの連絡は週に二、三度あればいい方だった。
「まだ忙しくしてるの? オーナー辞めたのに?」
お母さんが首を傾げて言う。
「いろいろ片付けがあるんだって。閉店したお店のこととか」
「そんなの新オーナーの仕事じゃないの?」
新オーナーには経営学に富んだ、ガトーさんの
「ガトーさんにしかできない仕事も多いから」
そうだよ。いくらなんでもガトーさんがいきなり完全に抜けるなんてこと、現場では考えられない。なくてはならない存在のはずだもん。
そのことを、本人はちゃんとわかっているのかな……?
心配なのは、彼の精神的な意味での健康面。
【いちごちゃんのことまであれこれ嘘を書かれてしまって。本当にごめん】
そんなのガトーさんのせいではないのに。
【報道を見るとお父さんが怒るから。見てないです。だから大丈夫】
「ガトーはバカに真面目なところがあるから。書かれたことを全部正面から受け止めようとしてるんじゃない」
お父さんが言っていた。
「だとしたら長くは持たないよ」
【ガトーさん、自分を大切にしてくださいね】
追加でそう送ったものの、返信はなかった。
そのやり取りが最後だった。
その後二日、彼から連絡は来なくて。
三日目の夜中にやっと届いた長い文面には、こんなことが書かれていた。
【僕が報道されたせいでたくさん迷惑をかけてしまい、誹謗中傷を受けさせてしまい本当に申し訳ない。考えた末、これ以上いちごちゃんにも、沢口家にも迷惑はかけられないと思った。オーナーの立場も失い、こんな状況では父親になる資格もあるとは思えない。無責任と言われるかもしれないけれど、あなたを守るために今の僕にできることは、もうあなたと別れることしか残されていないように思う。だから
僕のことは、もう忘れてもらいたい】
え? 待って。これは、なに?
すぐに電話を掛けたけど、繋がらなかった。なんで? どうして?
原因は、きっかけは、なに?
私のことまでいろいろと書かれてしまったから? お父さんのお店にまで記者が来たから?
そんなのガトーさんのせいなわけないし、こっちの誰も気にしてないのに。
どうして話をしてくれないの?
どうしていつも一方的なの?
お腹の子のお父さんは、どうするの?
夫婦は、これでもう終わりなの?
こんなの……さすがに勝手すぎるよ!?
もうすぐ臨月。とてもじゃないけど東京まで行くことはできそうになかった。ましてこんな目立つ姿で記者たちがまだ潜んでいるかもしれない彼の自宅周辺に近づくことは危険すぎる。
会えない……。
どうしよう。どうすれば。
じーん、と嫌な痛みがお腹に走ったのは、その時だった。
え……これって、まさか?
いやでも、そんなはずない。まだ予定日は遠い。思ううちに、また痛み出す。
トイレに行くと、赤く出血していた。
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