第19話 立てた作戦は甘かった

 ここは東京から新幹線と私鉄を乗り継いでやっと着く、私の実家であり両親が経営する洋菓子店の


 そう。どんな出迎えかと思ったらまさかの厨房で仕事中!? なんともお父さんらしい出迎えだった。


「お久しぶりです、兼定かねさださん」

「……ああ、どーも。なに、有名人がこんな田舎の店になんの用ですか?」


 しかも敬語で皮肉!? そして私たちを前にしても仕事を中断する気なし、目を合わせることもなし、と。あの、今日定休日のはずだよね? ていうか挨拶行くって言っておいたよね?


「お、お父さん……ちゃんと話聞いて?」

「聞いてる」

「手を止めて」

「なんで。話ならこのままでもできんでしょ」

「できないよ! ていうか失礼だよ?」


 せっかくガトーさんが来てくれたのにそんな態度なんてさぁ!


 するとお父さんはすら、とその鋭い視線を私に向けた。な、なに。


「失礼?」

「そ、そうでしょ? 忙しい中わざわざここまで来てくれてるんだから」


 ガトーさんが「いちごちゃんっ」と慌てて止めてきた。え、あれ? もしや私、間違えた? でも失礼は失礼だよね?


「帰れ」


「な……」


 少なくとも私はここが実家なんですけど?


「邪魔。帰って」


 それからは誰が何を言っても無視だった。うう。



「あそこまでとは……。うー、本当にすみません」


 こんなに早く帰りの新幹線に乗ることになるなんて。日がまだあんなに高いよ。


「機嫌悪かったのかな……」


 それにしたって酷い。移動時間だってとってもかかるし交通費だってバカにならないのに。


 ガトーさんは「兼定さんらしいよ」と笑ってくれた。


「家族だとね。とくに上下関係とかはわかりづらいよね。『娘』として腹立たしく感じたというのもわかるよ。だけど今回は後輩に当たる『僕』がお願いをしに伺っている立場だ。だったら〈仕事中にお邪魔している僕たち〉の方が失礼にあたる」


「え。……だけど事前に行くって伝えてあったんですよ? それに今日は定休日のはずだし」


「それでも実際〈目上の人が仕事中〉だったわけだから。当然『忙しい』のは僕ではなくて兼定さんの方だ」


 ── わざわざここまで来てくれてるんだから。


 むう。言ってることはわかるよ。けど約束の日、しかも休日にしてる仕事が最優先とされるのはなんだか解せない。


 ガトーさんは「大丈夫」と笑った。だいたい予想してたから。と。そしてこんなことを言った。


「次の時はさ」

「はい……?」


「僕に任せてみてくれない?」



 そんなわけで、蝉もいよいよ元気な真夏の本日、第二回戦となりました!


 入口の前ですでに緊張してきた。なんでよ。自分の実家なのに。


 ターゲットは今日も厨房にいた。住居の出入口が厨房の裏口と一体型なのがもはや恨めしい。住居へは厨房の隅の階段からしか上がれないように出来てるんだ。そりゃこのケーキ馬鹿のお父さんが考えた間取りだもんね。帰宅して余計なことを考えずにすぐお菓子を作れるようにできてるんだ。


「こんにちは。兼定さん」

「はー。暇なの、おまえ」


 しつこい業者みたいだな、とからかわれると「ほんとそうですね」と笑い返した。


 ガトーさんに「ここにいて」と言われて私は二人から少し離れたところで待つことにした。もちろん姿は見えるし、会話も聴こえる範囲で。


「いい店ですね」

「は。なに、今回はどんな作戦でくるつもり?」


 あれ。お父さんちょっと楽しんでる? 気のせいかな。私との時よりも会話が弾んでいる気がする。


「奥さんもお元気ですか」

「あー。前会いたかったのにって怒られたから。今日は会ってって」

「はは。わかりました」


 するとお父さんが手を止めてガトーさんの方を見た。


 ひやり。思わず緊張した。だけど前みたいに門前払いじゃなくて今日はちゃんと話ができそうな雰囲気がある。


「……はあ、『王子』ねぇ。ずいぶん偉くなったよね」

「よしてください」

「よく言う。最初から狙ってたっしょ」


 恩師みたいな存在、とは聞いていたけど、なんだかお父さんがガトーさんを後輩として扱っているのが変な感覚だった。だってガトーさんは普段のお店では数十名のスタッフを束ねているオーナーシェフだよ? そして今やパティシエ界の王子様だよ? そんな人に敬語もなしで話してることがもはや恐ろしい。


「兼定さんは全然変わらないですね」

「そんなおべんちゃらまで舌が回るようになったか」

「はは。ええ。おかげさまで」


 そうして話題はお父さんの現在の作業の方へ向いていく。……え。ねえ、結婚の話は?


「それ飾り用のチョコ細工ですか。外注しないんです?」

「はー? うちはしがない個人店だよ。どこの有名店と比べてんの」

「はは。……ん? こっちのこれ普通の配合ですか?」

「あ。鋭いね」

「やっぱり。なに入れてるんですか」

「教えない。あー。あんま見ないでよ。企業秘密。つかなに。おまえそんな話しにきたの」


 意外にもお父さんの方から話題を振った。いや、振らされた、ようにも聞こえた。考えすぎかな? それともやっぱり駆け引き、なの?


 私の方が無意識にごくり、と喉を鳴らしていた。


 ガトーさんは「ふ」と笑って言う。


「……あなたのことだから。まっすぐ申し込んでも簡単には許してくれないんでしょう?」


「まっすぐだろーが変化球だろーが。俺はおまえが嫌いだからね」


 い。と固まる私に反して、ガトーさんは「ええ、知ってます」と笑った。えええ、二人の関係がますますわからなくなる。


「大丈夫です。『娘さんをください』なんてセリフ、はじめから言うつもりはないですよ」


 え。


「もしそんなこと言ったらあなたは僕を殴り飛ばしたでしょう。痛いのは嫌ですから」


 え!?


「人を猛獣みたいに言うな」

「少なくとも『だったらパティシエ辞めてみろ』くらいの覚悟は要求したでしょ」

「……」


 黙る、ってことは図星? え、え、ちょちょちょ。これってどういう流れ? そんなのダメに決まってるし、できるわけないよ? え。どうする? 止めに入った方がいい?


 そわそわしていると突然横から腕を掴まれて危うく叫びそうになった。


「し」と人差し指を口元に立てて私にウインクをする、その人は。「……お、お母さん」


「おもしろいことになってるねー」


 さすがガトーくん。こそっとそう言ってうんうん、と頷くと、私と共に聞き耳を立て始めた。


「じゃあほんとになにしに来たわけ?」


 お父さんの呆れた声がした。


「お願いに来ました」

「だからなんの」


「兼定さん」

「なに」


 ガトーさんはまっすぐお父さんの方を見ていた。その表情は、どこか嬉しそうですらある。まるでこの時間を、すごく楽しんでいるみたいに。



「僕を、あなたの息子にしてください」



 え……。と一瞬考えてから、わっと鳥肌が立った。


「パティシエとして、あなたの息子にしてください」


 こんなの、すごい。だって『パティシエ界の王子様プリンス』がだよ!? さすがのお父さんもこれは嬉しいんじゃない?


 思わず両手を口元に当てると、お母さんがふんわりと私の肩を抱いて囁いた。「まだだよ」


 え……?



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