第20話 反撃の読みが甘かった


「いやだね」


 は。


「だめですか?」

「いやだ」


 ……嫌なのね!


 そうか。そうだよね。このお父さんだもん。そう簡単に折れるわけないよね。


「はー。おまえね。誰が誰の息子って? おまえ俺とたったの6つしか歳違わないだろーがよ」


 そ、それはたしかにそうだけどっ!


「それにおまえ酒も飲めないじゃん」

「少しなら飲めるようになりましたよ」

「弱いやつと飲んでもつまんねー」

「はは。でもそろそろ控えていかないと体に障るんじゃないですか」

「は? 今度は老人扱いかよ」

「長生きしてほしいんです」

「縁起でもないこと言うな。心配無用だ。俺はね、百二十までこの仕事やんだから」

「く……はは、それもはや妖怪ですね」

「上等だ」


 あ、あれ? なんか楽しそう?

 私が思うと同時に隣でお母さんも「相変わらず仲良い」とくすりと笑っていた。


「あなたが死んだら僕はたぶん泣きます」

「だから縁起でもないこと言うなって。つか実の父親の葬式で涙ひとつ見せなかった奴がそんなこと言うのかよ」


 巨匠の霊に絞め殺されるわ。と笑うお父さん。あんな風に笑うところ、私は見たことあったかな……?


「パティシエ辞めろなんて言わないよ。けど……」


 そこで止めるとお父さんは私の方をちらと見て、それからまたガトーさんに視線を戻す。


「王子辞めてみろ、とは言いたいね」


「なっ……」


 うっかり声が出たのは私だった。だってそんなの、辞めようがないよね?


「いちご」


 ひっ! 反射的に「はいっ」と大きく返事をしてしまってなんだか恥ずかしい。


「ほんとにコイツでいいの?」


「え」


 な、ななな、なんてこと訊くの!? こんな世間的にも王子様って呼ばれてるような、しかも実際その通りの、スーパーすごいお相手様が庶民の私なんかと結婚してくれるって言ってるんだよ!?


「これかなりの自分勝手野郎だよ」


 あ……それは、そうかも。思い当たる節がいくつかあった。


「兼定さんに言われたくないですけどね」

「は? 俺よりひどいだろーが」


 え。ガトーさんがお父さんよりひどい自分勝手くん……? ちらとお母さんを見るとくつくつ笑っていた。どうやら本当らしい。


「あと甘ったれで打たれ弱い。すぐ泣く。すぐ悩む。引きずる。鈍くて不器用。パティシエのくせに寒がり。鬱陶しいメガネマニア。食い物の好き嫌い多い。箸の持ち方おかしい。字も下手。ついでに寝相わるいしクソうるさいいびきかく。意外と服に金かける。なのに風呂嫌い。足臭い。屁も異常に臭い」「や、やめて!」


 慌てるガトーさんに悪いと思いつつ笑ってしまった。


「いちごちゃん、20年前の話だからね!?」

「変わってないだろ」


 するとお父さんは「ふん」と鼻を鳴らしてからまっすぐ私の方を向いて、こんなことを言った。


「王子とかいう上辺うわべだけじゃなくて、ちゃんと見てんの? コイツのこと」


「…………え」


 そうか。そうだ。今日お父さんに会ってからずっと抱いていた変な感覚。それはガトーさんをただ後輩として扱っている、というだけじゃなかったんだ。


 お父さんは、ガトーさんを『王子様扱い』しないんだ。だからガトーさんはお父さんをこんなにも慕ってるんだ。


 そんな人って、たしかに私や彼の周りにはほとんどいない。


「コイツが王子じゃなくなった時のこと、おまえは考えたことあんの」


「そんなことは」

「ないなんて言い切れないっしょ」


 否定しようとしたガトーさんを鋭く遮った。


「王子だっつって惚れたんなら、結婚なんかしない方がいいよ」


「な……!」


 そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。だけど、言わんとすることは、わかる気がする。


 私はちゃんと、この人を、稲塚 雅登ガトーさんを見れているのかな。


「おまえもおまえだよ」


 お父さんはガトーさんにも容赦ない。


「相手に自分をよく見せたいのはわかるけど。結婚となれば話は別だろ。家族になるんだから。飾ってない自分を好きになってもらわないで夫婦がうまくいくかよ」


 つかおまえ王子扱いされんの嫌だったんじゃなかったのかよ、ほんと都合いいな。とまで言う。あわわ。


 するとガトーさんはふっと顔を伏せて、そして「はは」と笑った。


「やっぱ兼定さんには敵わない」


 そしてこんなことを言い出した。


「そうですね。僕は、いちごちゃんに好かれたくて『王子』でいたのかもしれない」


 するとお父さんにまっすぐ頭を下げて「出直します」と言い出した。


 え……出直すの!?


「少し時間をください。二人で必ず答えを用意してきます」


 まさかの長期戦に突入……?



 帰りの新幹線は、なんとなく口数も少なめで私は少し心配になる。


「どうすればいいんですかね……」


「いちごちゃん」

「……はい」

「僕のこと、『くん』付けで呼べないかな」

「…………は」


 なんでそんなことに!?


「敬語も、できればなくしていきたいけど。とにかくまずは呼び方からかなって」

「ガトー、くん、ってことですか?」


 ひい、さすがに畏れ多いです!


「『王子を辞める』って、どういうことになればそうだと言えるのか」


 どうやら道中そのことをずっと考えていたらしい。


「それは、それこそ私がガトーさんのことをそう思わなくならないと、ってことじゃないですか?」


「そもそも僕が王子じゃなくなったら、いちごちゃんは嫌じゃない?」


「嫌もなにも。はじめからガトーさんはガトーさんですよ」


 口ではそう言うけれど。うまく想像できないというのが正直なところ。だって私の中でガトーさんは『王子様』でしかないから。


「ガトーね」

「う……ガトー、くん」

「そう」

「うう……無理ですよぅ」


 家に着くまであれこれ考えたものの、結局答えはまとまらなかった。






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