翔、実家に帰る(翔side)

そして今日、

果穂を始めて父親に紹介する為に7年ぶりに実家に帰る。

一緒に生活していた事はほぼ無い為、実家と言うよりはまるで他人の家の様に思うのだが。


果穂は前日から手土産や服装の事で、頭が一杯の様でソワソワしている。


「翔さん、やっぱりこのスカート少し短過ぎる気がします。

こっちのワンピースに変えようかなぁ。

どっちが良いと思う?」


今日2度目の問いかけで、俺は思わず笑顔が溢れてしまう。


「どっちも果穂に似合ってる。

気になるなら両方持って行ってお色直しすれば?」

結構本気でそう答えたのに、


「ちゃんと真剣に考えて。」

と、叱られる。

くすくす笑いながら、


「真剣に言ってる。」

と、抗議するがムッと可愛らしく怒る顔を向けて、またクローゼットに戻って行ってしまう。


「果穂、時間に遅れた方がヤバいと思うぞ。」

部屋の前で待つ事にする。


「翔さん、ちょっとファスナー上げるの手伝って、髪が絡まってしまって…。」

可愛いお願いをされて笑いながら部屋へ入る。


後ろを向いて、ハーフアップした髪を前に寄せながら綺麗なうなじと背中を向けてくる。


「俺に、襲って欲しいのか?」


逆に脱がせてしまいたい思う衝動を抑えながら、ゆっくりとファスナーを上げていく。

だから、綺麗なうなじにキスを落としたのは許して欲しい。


「翔さん、時間なくなっちゃいますから。」


もう少し果穂を味わいたいのに引き離されて、果穂はパタパタ玄関に行ってしまう。


近頃は、どうしようもなく果穂に振り回されてしまうが、そんな自分も嫌じゃないと思っている。


実家に着いた頃にはすっかり陽が落ちて、

暗くなっていた。


チャイムを鳴らすと、長年勤めてくれている家政婦が出迎え、2人はリビングに通される。


健の母がソファから立ち上がって出迎えてくれる。


「果穂さん、翔さん、今夜は良く来てくれたわ。お父様も直ぐに帰ってきますから、もう少し待ってみましょう。」


リビングには健と、健の愛犬も居て場を和ませてくれる。


「今夜はお招きありがとうございます。

これは法明堂の生クリーム大福です。」

と、果穂は手土産の箱菓子を渡す。


「わざわざお気遣いありがとう。

本来ならお詫びに伺うべきだったのに、わざわざ来てくださってごめんなさいね。」


「私の方こそ、ご挨拶が遅くなってしまって申し訳ありませんでした。」


果穂と義母の仲は既に、健の騒動でわだかまりも無く上手くいっている。


今年大学受験の健はやっと勉強に前向きになった様で、塾にも通い出したらしい。


「健、勉強で分からない所があったら見てやるから連絡しろよ。」

 

兄らしい事をしたいとそう伝える。

「ありがとう兄さん。」


リビングで談笑していると親父が帰ってきたらしく、みんなで玄関まで出迎えに行く。


「きっと、父さんびっくりするよ。

実は兄さんが来る事内緒にしてたんだ。」


「何でわざわざ内緒にしたんだ?

逆に知らなかったって憤慨するかもしれないだろ。」

一波乱ありそうだと、ついため息を吐いてしまう。


そんな俺を見て、果穂が心配そうな目線を送るから、大丈夫だと微笑んで頭を撫でて安心させる。


「お父様も今回の事件の事、反省してたし、きっと果穂さんに申し訳なく思っているから大丈夫よ。」


義母は果穂にそう言って笑いかける。

「受け入れて頂けるといいんですが…。」


「父さんに何が言われても大丈夫だよ。僕達は果穂さんの味方だからね。」

健もそう言って果穂を励ます。


俺が7年かけてやっと向き合える様になった家族を、果穂はいつの間にか味方に付けていた。果穂の人柄のお陰なんだなと、俺も実感する。


「ただいま。」

と、玄関に入って来た親父を家族で出迎える。


「おかえりなさい。」


親父は一瞬固まって、こちらを見渡す。


「翔か……隣の女性は?」


「兄さんの婚約者の果穂さんです。」

健が元気よく紹介してくれる。


「間宮果穂と申します。

ご挨拶が遅くなり申し訳けありません。」

深く頭を下げて果穂は挨拶をする。


「親父、果穂はこっちに来た時にすぐにでも、挨拶に来たいって言ってくれてたんだ。

止めたのは俺だから、言いたい事があるんだったら俺に言ってくれ。」

俺も、果穂が矢面にならない様にフォローする。


「貴方が果穂さんか…。

うちの元秘書の件では、大変申し訳なく思っている。

あいつが、高見沢が辞める時に、ちゃんと相談に乗らなかった私のせいだ。

貴方を巻き込む事になってしまい、怪我もさせてしまった様で、この通りお詫びさせて頂きたい。」


親父が果穂に頭を下げる。

俺はまさか頭を下げるまでしないと思っていたからつい、固まってしまう。


「あの、私なら大丈夫です。

怪我も大した事無くて、跡も残っていませんので、本当にお気にしないで下さい。」

果穂は恐縮して困ってしまっている。


その光景が不思議に思えてつい、ははっと笑ってしまう。


「まぁ、翔さんがお笑いになるなんて!」

親父と義母が驚いて俺を見る。


俺は咳払いして、

「俺だって、可笑しかったら笑います…。」


「そうだよ。兄さんだって人間だから笑うんだよ。」

健が変なフォローを入れて苦笑いする。


「ここで話すのもなんですから、お食事にしましょう。果穂さんもお待たせしてごめんなさいね。」

その場は義母が場を取り持って、皆でダイニングに移動する。


夕飯はフランス料理のフルコースだと聞いて、果穂は少し緊張した面持ちでこちらを見てくるから、安心させる気持ちで微笑み返す。


「本当に…果穂さんのおかげで翔さんは人間らしく柔らかい表情になったんだわ。」

義母も若干失礼な事を言ってくるが、根っからのお嬢様育ちで、特に悪気が無い事は重々知っているので気にとめない。


「母さん、その言い方は兄さんに失礼ですよ。」

お前だって同じ様な事言ってただろ。

と心の中で悪態を吐く。


「俺の事はいいんです。それよりも、今後の果穂との事を話しに今日は来ました。

出来れば早めに籍だけでも入れたいと思っています。

結婚式もゆくゆくはやるつもりですが、身内だけの小さな物にしたいと思います。」

俺はあえて、社内通達の如く淡々と話す。


「せめて披露宴は取引先も呼ぶべきだろう。

お前だって、一端の社長なんだから。」

親父からは言われるだろと思っていたが…

ただ、籍を入れる事については何も言わない所をみると、反対では無いと安心した。


「果穂さんはそれでいいのかね?

女性の方が結婚式には夢とかあるだろうし、ほらドレスやら着物やらいろいろと着たいんじゃないか?」

そんな事を言う様な人では無かったのに…。


「私が、人前に出る事が苦手なので…

翔さんが身内だけでもいいと言ってくれたんです。

もし、会社的にお披露目が必要であれば、従いたいと思います。」

 

果穂が遠慮しながらも一生懸命自分の気持ちを話している。

可愛いなと思いながら見守る。


「果穂さんのご両親には挨拶したのか?」


「ええ、正月には泊まりで会いに行って来ました。とても懐深い方で、同棲を勧めてくれたのも果穂の父親です。」


「そうか……。結婚前に親同士の顔合わせも必要だろう。」


「貴方が望むなら伝えます。」


「お前は…この先も俺の会社を継ぐ気はないんだな?」


「ええ、健が継ぐべきだと思います。」

どうしても今までの関係上、親父とは淡々と話す事しか出来ず、果穂の心配そうな視線が痛い。


「お前には、上に立つ力が有ると思っている。会社を大きく出来る手腕も人を惹きつける魅力も備わっている。

ただ、その無愛想は…私の責任だと思っている。」

褒められたのか?貶されたのか?

今まで一度も俺に対して見向きもしなかった人が…


「俺に愛想が無いのは…生まれ持っての性格では?別に貴方のせいだとか思った事は…無いです。」

動揺を隠してそう答えるが、何故か果穂がテーブルの下で俺の服の袖を引っ張る。


怪訝な顔で果穂を見るが、心配そうな目線を向けられるだけで心意は分からない。


父親への素っ気ない態度を咎められているのだろうか?


「俺の事は気にしないで下さい。

果穂との事を認めて頂けるだけで十分なので。」


「兄さん、果穂さん、僕らは2人が幸せならそれだけで嬉しいんです。父さんも不器用なだけできっとそうでしょう。」

健が親父の代弁をしてそう言う。


「あの……

私は本当に普通の家庭に育って…

家柄も、肩書きも、翔さんとは不釣り合いだって思っています…。


でも、そんな私でも良いと言ってくれるので、翔さんに相応しい人になれる様に努力したいと思います。」


そんな風に負い目に思わなくてもいいと何度も言ってはいるが、ずっと気にしてしまうのだろうか…。


果穂の顔を覗き込んで、気にしなくていいと目で訴える。


「果穂さん、翔には今までも政治家の娘さんや大企業の令嬢だったり、いろいろな方面から見合い話が引っ切り無しにあったんだ。

そのどれもを会うこともせず足蹴にして来た。

私自身も翔の母親とは政略結婚で、

2年と持たず別れている。

きっと、そう言う事なんだと思う…気持ちがなければ幸せにはなれないし、

続かないんだ。」


親父が、親父らしからぬ言葉で語り出す。


部屋全体の空気がしんと静まり返って、部屋にいる誰もが聞き耳を立てる。


「翔には、果穂さんしか居ないと言う事だ。

なんせ、2度と足を踏み入れないと言って出て行った翔が、果穂さんの為に今、この家に居る奇跡を私は信じている。

どうぞ、翔の事をよろしく頼みます。」

そう言って、頭を下げる。


さすがに果穂は狼狽え恐縮して頭を下げて困ってしまっている。


「父さんが父親らしい事を言うからびっくりしたよ…。

つまりは果穂さんは兄さんには必要なんだ。自信を持って側にいて欲しいって事だと思うよ。」

そう戸惑う果穂に話しかける。


「果穂の良さは俺が1番知ってるから、堂々と隣にいてくれればいいんだ。」


果穂のその存在自体が俺にとっては不可欠なんだと、ちゃんと伝わっただろうか?


その後は義母のお気に入りだと言う洋菓子屋のホールケーキと、果穂が持ってきた和菓子をそれぞれ選んで食べて、ディナーは滞り無く終わった。


「兄さん、父さんがいつか酒を一緒に飲みたいそうだよ。」

帰り際、健が嬉しそうに俺にそう言ってくる。


「分かった。

また、時間が出来た時に連絡してみる。」


「良かった。これからはいつでも連絡無しで来てね。勉強も教えてもらいたいから。」


「ああ、受験勉強頑張れよ。」


「果穂さん、またイベントの時は手伝いに行きたいから教えてね。勉強の気分転換になるからさ。」


「ありがとう。また、うちにも遊びに来てね。」

果穂もにこやかな笑顔で健にそう言う。


「じゃあ、ご馳走さまでした。おやすみなさい。」

挨拶を交わし2人車に乗りこむ。


義母と健が、車が見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。


車の中、果穂はホッとした様に助手席のシートに体を沈める。


「疲れたか?」

運転しながらチラリと様子を伺う。


「大丈夫。お父様に受け入れて頂けたみたいでホッとしちゃった。」


「俺も正直、拍子抜けした。昔はもっと厳しい人だったんだ。歳を取って丸くなったのかもな。」


「きっと、翔さんが離れてしまってから、

お父様もいろいろ考えたんですよ。ただ、意地を張ってしまっただけで…。ずっと和解したかったんだと思う。」


「果穂、そういえば食事の時に俺の袖引っ張ってたよな。何を言いたかった?」


「あっ…あれは…翔さんが辛そうだったから…。」


俺が辛そう?

ちょうど赤信号になり車を止めて果穂を見る。

「あの、きっとお父様に鋭い言葉を投げつけるのは辛いんだろうなって…。」


「そんな風に見えたか?」


「本当はきっとずっと前から仲直りしたかったんでしょ?

お互い意固地になってただけで…お父様だってきっとずっと前から、

翔さんと一緒にお酒を飲みたかったはず。」

果穂が視線を向けてくる。

穏やかな気持ちで視線を交わす。


青信号で車を発進させる。


「そうかもな。俺の中では親父を恨んだ事は一度も無かった。子供の頃は寂しいと思った事もあったけど。大人になってからは、不器用な人だなって同情してた。

ただ、俺は自分の人生は自分で決めたかっただけだ。」


「これからはお父様ともっと仲良くなれますね。」

果穂が嬉しそうに微笑むから、つられて俺も笑顔になる。


「明日、婚姻届を書いて一緒に提出しに行かないか?」

若干緊張しながら果穂にそう告げる。


既に、婚姻届は果穂が東京に来る事が決まってから直ぐ手に入れていた。


本当はこのまま時間外窓口に提出しても良かったんだが、そこまで急く必要も無いだろと自分に言い聞かせる。


返事は?

何も言わない果穂の様子を伺う。


「はい…。よろしくお願いします…。」

果穂は俯いていて表情が分からない。


車を路肩に停めハザードランプを押す。

「果穂?」


両手で顔を隠して俯く果穂を気遣う。


「ごめんなさい。

嬉しくて…泣けてきちゃった…。」


ホッとすると同時に、俺の家族の事でそこまで気を病んでしまった事に、申し訳け無かったと思う。


お互いのシートベルトを外して抱き寄せる。


「これから、何があっても絶対手放さないから、覚悟して。」

ぎゅっと抱きしめると、果穂も抱きしめ返してくれる。


「私も、何があっても絶対離れませんから、覚悟してくださいね。」


涙を溜めながらとびきりの笑顔をくれる。


「分かった。これからもよろしく。」


2人抱き合い笑い、幸せを噛みしめる。


週末は果穂の母の墓に挨拶に行こうと心に決める。

果穂の母が命をかけて守ってくれた命を一生大切にしていきたいと、彼女の母に誓いたい。     

                   fin.


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