突然の行方不明(果穂side)
「今晩は私、翔さんのお父様の秘書をしています。高見沢と申します。」
夕方、いつも通り夕食の支度をしていると、玄関先のインターフォンが鳴って驚く。
いつもはコンシェルジュから連絡があったり、ロビー入口のインターホンが先に鳴るのに…、
ちょっと不審に思いながらインターフォン越しで話す。
「今晩は。あの、翔さんはまだ帰って無いのですが、急用なのでしょうか?」
お父様に何かあったのかと思い聞いてみる。
「果穂さんですよね?
社長が貴方に会いたいと言われておりまして、急で申し訳ないのですが今すぐ来て頂きたいのですが、
お時間は取らせませんので、送迎は私が責任を持ってさせて頂きます。」
「分かりました。ちょっと翔さんが心配するといけないのですいませんが、連絡だけ入れさせて下さい。」
「翔さんには承諾済みです。
次の仕事の合間なのですいませんが急ぎでお願いします。
あと、スマホは申し訳ないのですが置いてきて欲しいと。
内密なお話なので、翔さんの為です。
よろしくお願いします。」
良く考えれば、おかしいと思うべきだった。
急がされて、待たせてはいけないと頭が回らなくなっていた。
すぐに帰れるなら、翔さんより早く帰って来れるはず。言われた通りスマホを置いてとりあえず、簡単な手紙を書いて部屋を出る。
この時、スマホでメッセージを残しておけば良かった。会議中かもと思い変に気を回してしまったから…
秘書の高見沢さんの言いなりに、
車の後部座席に座り翔さんのお父様が待つと言うホテルに急ぐ。
そこまでの記憶で……意識が途切れる。
あれ?ここは何処⁉︎
目が覚めて、暗い部屋の中、気付けば手足を縛られて、目隠しをされ声を出せない様に口を何かで塞がれていた。
どう言う事⁉︎
頭痛のせいか頭が上手く働かない…。
えっと……
翔さんのお父様の秘書の…方が家に来て
……それから車に乗って…
騙されたんだ…
お父様の秘書では無かったって事?
でも確か名刺も渡されて……
今、何時?
翔さんが心配しちゃう…どうにかして帰らなくちゃ。
そんな事を考えていると誰かが入ってくる気配がした。
部屋が暗くて顔が見えない。
「今晩は、貴方が翔さんの婚約者?」
そう私に問いかけるのは明らかに女性の声だった。
ガムテープで口が塞がれているから声が出せない。こくんと頷くしか出来ない。
「私に翔さんを頂戴。
あんなに完璧でステキな人はいないと思うの。肩書き、家柄、見た目もパーフェクト。
貴方みたいな一般人には勿体無いわ。」
「良く聞いて、こんな怖い経験はこれ以上したく無いでしょ?
だから、貴方は大人しく彼の前から消えて。
そうね、貴方なんて外国に売り飛ばしても何の支障も無さそうね。
それに、ご家族もたいした肩書きじゃ無いから無視してもなんの力も無さそうだし、
もし今後、翔さんに近付いたら貴方の家族なんて簡単に潰せるんだからね。」
何を言っているんだろうこの人は?と思う。
翔さんはそんな簡単に心変わりすると思ってるのだろうか?
翔さんの気持ちはそんな簡単に、
私が居なくなったからって変わるとは思わないし、これまで築いてきたうちの実家との繋がりも、簡単に切れるものじゃ無い。
彼はそんな人じゃない。
翔さんを信じてる。
この人の思い通りには決してならない。
なんて浅はかで自分勝手な考えなんだろう。
反論したいけど、ガムテープが邪魔して話せない。
とにかく、ここから脱出する事を考えなくちゃ…。
「ねぇ。
この子を早くどこか外国に放り込んで来て、お金も持たずに片道チケットで放り出せばいいから。貴方は、お金欲しいんでしょ?」
「私は、ここまで連れて来たら終わりだった筈です。早くお金を払って下さい。」
そんなやり取りが聞こえてくる。
この2人はただ、お金だけで繋がってるんだと納得した。
この高見沢さんを味方につければ逃げられる。
きっと、長くお父様の秘書をしているのなら、翔さんの事も昔から知っているのでは?
2人になる機会を待とう。
「はぁ、いいわ。
貴方に時間をあげる。
貴方がやらなくても、他の誰かに頼むから平気よ。
ただ、貴方はもう共犯者なんだからね。
お金を貰えば終わりだなんて思わない事ね。」
何処までも高飛車な態度で男を見下す。
「お腹が空いたからちょっと食べて来るわ。」
そう言って彼女は部屋を出て行った。
どこまでも幼稚で、考えの無い無謀な計画なんだろう…。
捕まってしまった自分が恥ずかしくなるほど、お粗末な計画に呆れてしまう。
「うー、うーー。」
何とか声を出してこの口のガムテープを剥がして欲しいと訴える。
「何ですか?
ガムテープを取りますから決して大きな声を出さないで下さい。従わないと痛い目にあいますよ。」
目隠しをしているので、ハッキリとは分からないが、頬に冷たい金属が当たる。
カッターの様な鋭い感じを受けてビクッと心が揺れ、怖気づく。
こくんこくんと頷く。
だけど彼の手が僅かに震えている。
口を押さえていたガムテープを剥がされ、乱れた息を整える。
「あの、高見沢さん…
まんまと、捕まった私が言うのも何ですが…
この計画は失敗も同然だと思います。
余りにも考えが浅はかで、自分勝手過ぎると思いませんか?
翔さんは、私が目の前から消えたからって、簡単に他の女性になびくような人ではありません。
多分、私の事を見つけるまで必死で探すだろうし、既に貴方と先程の女性との繋がりにたどり着いているのかもしれません。
お父様に連絡を入れれば直ぐに分かる事でしょう?
私の事を、無事に翔さんの元へ返してくれれば、翔さんは貴方のことを助けてくれると思います。
それにお金なら、翔さんの味方になった方がよっぽど綺麗なお金をもらえる筈ですよ。」
必死に彼の心に訴えかける。
何とか彼を説得して、無事に帰らなければ…
頭の中に翔さんの顔が浮かんできて、涙が出そうになるのをグッと堪える。
翔さんに会いたい。心配させたくない。
「しかし、私は貴方を…彼女に協力してここまで連れ拐ってしまいました。
……既に罪を犯しています。
簡単に許される事ではない…」
少しの間の後、ポツリとそう呟く。
「今からでも大丈夫です。私が貴方の味方になりますから、お願いです。手と足の縄を解いて。」
後ろ手に縛られた縄は、手に食い込んでびくともしない。
「逃げないで下さいよ。
私はどうしてもお金が欲しい。
罪を犯してでも……。助けたいんだ…。」
「誰を?誰を助けたいんですか⁉︎」
「…離婚した妻を……。」
彼には彼の事情がある事をを知った。
三年前に別れた奥さんとの間に、16歳の息子さんと13歳の娘さんがいる事。
最近元奥さんに血液の病気が見つかり、高額な医療費が発生していると言う。
子供達と年老いた両親だけではお金が回らず、ついに子供達が助けを求めに来たと言う。
「私は仕事ばかりの人生で、家族を顧みず気付けば失っていた……。
それなのに…子供達が私を頼って来てくれた。まだまだ子供達には母親が必要なんだ!
なんとしても、元妻を助けてやりたい。」
涙ながらに語った彼の理由が辛くてもらい泣きしそうになる。
高見沢さんはそこでやっと縄を解いてくれる。
「どうして…どうして貴方の上司、
翔さんのお父様に相談しなかったのですか?
罪を犯かす前に…もっと周りの人に助けを求めるべきでした…」
やっと手が解放されて、縄の痛みからも解放された。
手首には擦れて赤くなった痕が…。
翔さんの心配する顔が浮かんでくる。
「社長は…仕事に厳しく…
私は彼の信頼を得る為にずっとガムシャラに働いて来たんです。
やっとここ数年で認められ、これからだって言う時に…相談出来るような人では無かった… 」
高見沢さんは震えながら、私の足を縛っている縄を解き身の上を話してくれる。
「使えない奴は直ぐに捨てられる。
私だって、何とか食らいついて20年以上共に歩いて来たんだ。
社長に弱味を見せる訳にはいかなかったんだ。頼めるような間柄では無かった……。
金欲しさにあんな女の言う事を……聞いてしまうなんて…私もどうかしてたんだ。」
頭を抱えて涙を流し始める。
「今からでも遅く無いです。私を助けて無事に返して、貴方の奥様の事は翔さんに頼んであげられます。
翔さんは情の深い人だから、とても頼りになる人ですから。」
必死に彼を説得する。
彼の為にもこれ以上罪を増やさせてはいけない。
「…翔さんは私が知る限りでは、社長と同じ様な冷血な人だとばかり……。」
「決してそんな人ではありません。
ただ家庭環境のせいで、笑い方を忘れてしまっていただけで……彼は心の優しい人です。決して私を見捨てたりしない。
貴方の事もです。手を差し伸べてくれる筈。
私との遠距離恋愛の為にヘリコプターまで買おうとしていた人ですから。」
「…しかし、私は…その大事な婚約者を誘拐してしまった…。」
ガクンと落ち込む彼の肩を優しく叩く。
「大丈夫です。私が一緒に頼んであげますから。」
彼は、手で顔を覆ってしばらく動かなかった。
「分かりました…。
貴方を無事に翔さんの元へ返します。」
そう決断してくれた彼は、
「貴方を無事に逃す為しばらく捕まっている振りをして下さい。
空港に向かう振りをして貴方を解放するまでの辛抱です。」
「分かりました。」
直ぐにでも飛び出して逃げ出したいけど
…大人しくその案に乗るしか無い。
戻された縄はいつでも抜けられるようにと、軽く縛られる。
彼女だけを騙すならきっと簡単に騙されててくれる。
翔さん大丈夫だから、
大丈夫だから心配しないで…。
心の中で話しかける。
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