突然の行方不明
(翔side)
慌ただしい週末が終わりその日の夜に健は家へ帰って行った。
果穂も俺も急に2人の生活に戻り若干寂しさを覚えたが、しばらく果穂を堂々と愛でる事が出来なかったせいか、その夜はたかが外れた様に抱いてしまったのは否めない。
翌日からは穏やかな2人の生活に戻り、何も変わらず幸せな日々が続くと疑う事無く思っていた。
内緒で買った果穂への婚約指輪も完成間近の5月。
俺の前から突然果穂が消えてしまった
……。
前日も特に代わりなく、普段通りに夕飯を作って俺の帰りを待っていてくれた。
2人笑い合って楽しい夕飯を食べた。
次の日、今から帰るよといつも通りにメールして、普段は直ぐ付く既読がなかなか付かない事に、少しの不安を感じながら帰宅した。
玄関を開けた瞬間、いつも明るく照らされている廊下が暗い事に気付く。
どこか買い物にでも出かけたのか?
鼓動が若干速くなるのを抑えながらリビングへと向かう。
夕飯の準備はされていた。
昨夜、明日はカレーが食べたいと話した為、鍋の中にはチキンカレーが出来上がっていた。冷蔵庫にはサラダ、デザートのフルーツも…
洗面所、風呂、寝室、どこを探しても果穂だけがどこにも居ない……。
果穂の部屋は普段、プライベートだと思い、自分から足を踏み入れた事は無かったが、思い切ってドアを開ける。
無機質なゲストルームだった場所が、果穂が来てから、いつの間にか果穂らしい可愛らしい部屋に代わっていた。
ベッドには果穂が引越しの時に持って来た皇帝ペンギンのぬいぐるみ。
最近買ったばかりのドレッサー。
どこもかしこも、果穂がついさっきまで居たままの状態だ。
ドレッサーの上に手紙を見つけ、駆け寄り読む。
『少し出かけてきます。すぐ戻りますので、心配しないで下さい。』
それだけ書かれていた。
その隣には果穂のスマホが着信をつげて光っていた。
スマホにはもしもの為に果穂に内緒でGPSのアプリを入れてあると、亮太から聞いていた。
目の前が暗くなり足元から崩れ落ちる。
幸せが手のひらから砂の様にこぼれ落ちる感覚に襲われる。
次にすべき事を考え、何とか立ち上がりコンシェルジュに果穂がいつ外室したか確認を取る。
誰も会っていないと言うので防犯カメラの映像を探してもらう。
待つ事10分、待っていられず一階のロビーに降りて管理室に押しかける。
映像を一緒に探っていくと、いつも買い物に出かける様なスタイルで小さなカバン一つを持ち果穂が玄関を出る姿。
先のロータリーで黒い車に乗り込む姿が映されていた。
「この車の運転席アップ出来ますか?」
見るとどこかで見た顔だった。
父の秘書だ!
そう確信すると、居ても立っても居られずに父の会社に車を走らせる。
もう7年以上は訪れた事が無かった場所だ。
今後、2度と行く事もないと思っていた。
もし、そこに果穂が居るならば…願いを込めて早る気持ち抑えながら、父に電話する。
『もしもし、翔から電話とは珍しいな。』
やたら落ち着いた声に、イライラが積もる。
「あんた果穂を何処にやった?」
気持ちが急いて声が荒がる。
『何の事だ?果穂とは、誰だ?』
なにを惚けているんだと険しい顔になる。
「あんたの秘書が果穂を何処に連れ去ったのが、防犯カメラに写っていた。
果穂は何処だ?」
『防犯カメラ?
秘書とは高見沢の事か?
あいつは先週退職した。』
「はっ⁉︎
どう言う事だ?退職……」
行き場を失って、車を路肩に寄せて停める。
『高見沢は、20年以上働いてくれたんだが、なんでも故郷の親が動けなくなって介護が必要になったと、直ぐに帰らなきゃいけないと言って突然の退職だったんだが。』
額に手を当て気持ちを落ち着かせる。
次にどうするべきか⁉︎
これは誘拐なのか?
警察に相談…いや、とりあえず知り合いの弁護士に電話か?
「はぁーー。分かった…親父は関係無いんだな…何か手が掛かりになる様な事は無いか?何でもいい、些細な事でも教えて欲しい。」
『果穂さんと言うのはお前の婚約者か?
高見沢に調べさせてはいたが…お前が俺の言う事を聞く様な事は無いと思っていた。
確か、何処の不動産会社の社長がお前と見合いをしたがってると聞いたが…会ったか?』
「親父の指示なんだと思っていた。」
『健の家出騒動はそのせいか…電話が来た時も何の事かさっぱり分からなかったが…。ちょっと待ってろ。』
親父の指示では無かった…。
こっちでもあの女の事は調べ済みだ。
立花不動産社長令嬢、立花璃子25歳、親の会社に在籍しているが、根っからのお嬢様。
金遣いも荒く、男遊びも荒い令嬢に良くいる
タイプの女だった。
『今、高見沢に連絡を取ってみたが……出ない。
後、立花不動産の連絡先と社長の連絡先をメールする。
どうもあの会社は裏の顔がある。気を付けろ。』
「裏社会と繋がってると言う事か?」
『そうだ。
地上げ屋のような汚い真似をしているらしいから、下手に繋がらない様、気を付けていた。』
「分かった…、連絡してみる。」
『おい、翔。お前が直接連絡を取らない方がいい。誰か中に入れろ。
知り合いの弁護士か、誰かいるか?』
「大丈夫だ。弁護士に相談して中に入ってもらうから。」
『ああ、それがいい、慎重にいけよ。
こっちでも探って情報を集めるから、何かあったら連絡する。』
「…ありがとう。」
親父に心配される日が来るとはな……。
電話を切って、早速弁護士に連絡する。
弁護士は早急に動いてくれた。警察には明日連絡するべきだと言われた。
とりあえず、家に帰るしか無い。
果穂の居ない灯りの無い部屋に戻り、果穂が作ってくれたカレーを温め直し食べる。
どうするべきか…
弁護士は向こうから何かしら連絡がある筈だと言う。
身代金か…?
果穂の幼い頃にあった誘拐未遂の話が頭を掠める。
果穂の父や兄からは俺の側に居た方が、
果穂は安心だと東京に来る事を許してくれたのに…。
もっと、手を尽くして守るべきだった…
果穂、頼む無事でいてくれ。
祈る様に願う。
果穂のお父さんには連絡するべきか…。
明日は仕事どころじゃない。
雅也にも連絡を…。
頭が回らない…こんな事は初めてだ。
何から手をつけ、何を優先すべきか……
仕事では簡単な事だったのに。
「もしもし、雅也か?…果穂が居なくなった…明日からちょっと仕事どころじゃ無い。
全力で果穂を探す。」
『どう言う事?ケンカでもしたのか⁉︎』
「いや、連れ去られた…。」
今までの一部始終を話す。
親父の秘書が怪しいと言う事、立花不動産が関係しているのではと言う事全てを話す。
「その疑惑の立花不動産の御令嬢、立花璃子だよな…。さっき見かけたぞ…。」
「はっ⁉︎それは何処だ?」
『婚約者とホテルのレストランでディナーを食べたんだけど、そこのエントランスに居た。あの女、夜の街じゃちょっとした有名人で、かなり金ばら撒いてホスト囲ってるって話だ。だから今夜もそう言う事かって…』
「そこ、何処のホテルだ?今から行く。」
『ちょっと待て!!
俺が動く。お前は会社を背負う社長だ。
顔もそこそこ知れ渡ってるし、下手に動いて変な噂が立ったら大変だ。待ってろ俺が接触してみる。』
雅也がそう言うから、少し頭が冷静になる。
「分かった。
今からそっちに向かうが俺からは動かない。お前に任せるが…
親父の秘書知ってるか?顔写真を送るからそいつもいるか調べてくれ。」
『分かった。とりあえずお前は早まるなよ。
動く時は俺も一緒だ。
ホテルの部屋を確保しとく俺の婚約者の美咲覚えてるよな?
部屋に待たせておくからとりあえず合流してくれ。』
「恩にきる。
今から弁護士にも連絡してそのホテルに行く様にするから。」
まさかの果穂との糸口が繋がった。
要は急げだ。
果穂がそこに居てくれる事を願い、
早速、親父に秘書の顔写真を頼み雅也に転送し、ホテルへ行く為車を走らせる。
果穂……無事で居てくれ。
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