陽だまりcafe イベントにて
健君が来てから1週間、
なんだかんだで朝は3人で朝食を食べ、夕飯の準備も健君が手伝ってくれる。
仕事で帰りが遅い翔さんより、一緒にいる時間が長いと思う程で、手が空いている日は、
キッチンカーのお仕事までも手伝いに来てくれた。
「何か妬けるな。
俺より健の方が果穂との時間が多いんじゃないか?」
「僕の方が兄さんより暇だからさ。
居候させてもらってるし、少しでも役に立ちたいんだ。」
今までバイトもした事がなかったと言う健君は、包丁を持つのも食器を洗うのも始めてで、何でも楽しそうに手伝ってくれた。
「今週末は公園のイベントがあって、お店をだそうと思うんだけど、良かったら健君も手伝ってくれる?ちゃんとお給料も出すから。」
朝、3人での朝食時に何気なく話す。
「暇なんで手伝います。お金なんて要らないです。1週間以上もここに置いてもらって、果穂さんにもこうやって食事の面倒を見てもらってるから、少しでもお返ししたいんだ。」
健君がそう言ってくれる。
「いえ、むしろ私が翔さんのお家に転がり込んでしまっていて…申し訳ないくらいなの。ここは翔さんの家だから、健君は堂々としててくれていいんだよ。」
私よりも身内の健君の方が、きっと誰より翔さんの側にいるべきなんだと思う。
今まで持てなかった兄弟の時間を取り戻して欲しい。
「果穂、それは違う。」
朝食を食べていた翔さんが、真剣な顔で私を見てくるからドキンとしてしまう。
「果穂は俺の婚約者だろ?
俺としては早く籍を入れて奥さんになって欲しいだ。居候なんかじゃ無い。
そんな風に思ってるんだったら、今からでも籍を入れに行くか?」
「いえ、あの、せっかくの兄弟の時間を私が邪魔してるんじゃ無いかと…」
「邪魔してるのは僕の方だよ。家に帰れなくなったのは僕だし、果穂さんは未来のお姉さんだから、無償でお手伝いしたい。」
「俺も手伝う。日曜は休みだ。」
翔さんはそう言って、食器をキッチンへ運びに立ち上がる。
「えっ⁉︎翔さんは社長さんですし、それなりに有名人ですから、あまり人目に付くのはよくないですよ。」
改めて気付いたのだが、翔さんは外に出ると声をかけられたり、遠目で見られたりなかなかの有名人だと言う事。
「何で、健は良くて俺はダメなんだ。絶対手伝うから。」
変な対抗意識を持っているのか、翔さんはそう言って出かける支度に入る。
「兄さんはいろんな意味で目立つからだよ。
この前だって雑誌に載ってただろ?」
「…何で女性誌をお前見てるんだよ…。」
「えっ⁉︎翔さん、また雑誌に出たんですか?
知らなかった…どの雑誌ですか?私も買いたいです。」
「いや、果穂は見なくていいから。」
頭を抱えて洗面所に行ってしまう。
「結構有名なファッション雑誌に、対談が載ってたんだ。学校の友達が教えてくれて知ったんだけど、まだ売ってるんじゃないかな?」
スーツを着てすっかり仕事の支度が終わった翔さんは戻って来て、
「本当はやりたくなかったんだ……。」
そう言って、玄関へ向かって行ってしまう。
「じゃあ、行って来る。」
「はい、気をつけて行ってらっしゃい。」
いつも通り玄関で見送る。
不意に翔さんは振り返り、
唇を重ねてくるからびっくりして固まってしまった。
「た、健君が見てたら恥ずかしいです…。」
咄嗟に行ってしまうがぎゅっと抱きしめられて、
「健じゃ無くて俺を頼ってくれ。」
そう言って、玄関を出ていく。
そんなに対抗意識を持たなくてもいいのに…。
そして日曜日、
昨日から降り始めた雨も止やみ、清々しい朝を迎えた。
今月から健君と試行錯誤して考えた、アップルパフェとパイナップルパフェを新作に加えて、朝から開店準備に追われる。
土曜に翔さんに試食してもらい、美味しいと言ってくれたからきっと大丈夫。
『果穂の味覚センスはうちの会社でスカウトしたいくらいだ』と翔さんが言ってくれる程絶賛してくれた。
「果穂、看板どの辺りに置く?」
今日の翔さんは健君が提案してくれた、黒いキャップに黒縁メガネをかけ、出来るだけオーラを消した出立ちをしている。
どんなに変装してもイケメンオーラは消せて無いと思うけど…。
「えっと、右手前に置いて下さい。
ありがとうございます。」
私はパフェ作りとレジを担当して、健君にはお客様を上手く回してくれる様にお願いした。
翔さんはキッチンカーの中でひたすらドリンクを作ってくれる事になっている。
オープンの10時、
客足は徐々に増えていき、
お昼にはマフィンやドーナッツなどが売れ出して、気付けば列が出来ていた。
お昼過ぎからはパフェやドリンクで忙しくなる。
外でお客様対応をしてる健君も少し休ませてあげなくちゃ。
「そろそろ順番に休憩回そうか。」
「そうだな。俺は後でいいからどっちか先に休みなよ。」
「健君、休憩入って。」
そう伝えて、賄いがわりにオレンジジュースとアップルパフェを作って渡す。
「ありがとうございます。じゃあ、お先に休憩頂きます。」
「1時間くらい休んできていいぞ。これで昼でも買ってきな。」
そう言って翔さんは財布を取り出し、5000円を渡す。
「兄さんありがとう。」
素直に受け取る健君を見ると、2人の間に遠慮が無くなった感じがして嬉しい。
「いってらっしゃい。」
2人で手を振って送り出す。
「翔さんも座って、何かパフェでも食べる?暑かったでしょ。」
キッチンカーにはエアコンが無いから、
ドアを開けていても意外と暑くなってしまう。
「確かに熱がこもるな。
夏前にエアコン付けよう。
果穂はいつもこの暑さに耐えてたんだな。」
「この車作る時に、エアコンは結構高いから辞めたの。毎年なんとか乗り切ってたし、
大丈夫だよ。」
「俺がプレゼントするから大人しく受け取って。このままじゃ、夏の営業は許可出来ない。」
椅子に座わりながらそう翔さんが言う。
足が長いからやっぱり窮屈そうだ。
帽子を取ってパタパタ扇ぐので、額の汗をタオルで拭いてあげる。
「ちょうど果穂の目線ぐらいなんだな。
顔が近くて嬉しい。」
そう言って翔さんが爽やかに笑う。
「あの、pertica cafe の社長さんですか?」
不意に外から話しかけられる。
「いえ、よく間違われる方いるんですけど、違いますよ。」
「そうなんですか⁉︎
本当にそっくり、お兄さんもイケメンですね。」
キャピキャピ女子2人に話しかけられている。
「ご注文は?みかんパフェとかりんごパフェいろいろ種類ありますけど、どれもお勧めですよ。」
そう言って、キャップを被り直し立ち上がる。
「えっとじゃあ、みかんパフェとりんごパフェ2つ下さい。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
上手にかわすなぁと感心してしまった。
「お兄さん、彼女いなかったら私立候補します。」
翔さんは、お客様からナンパされてしまう。
私と言えば、オロオロ事の流れを見守るばかりで何も言えない。
「彼女いるんだ、隣に。彼女って言うか婚約者だから、今日は手伝いに来てるんです。
このお店普段もここでよく出してますので良かったらまた来てください。」
そう堂々と言って、ちゃっかり名刺代わりのインスタのコードが印刷されたビラを渡す。
「あっ…そうなんですね…。
すいません、お2人とてもお似合いです。」
私はなんだか恥ずかしくて、
黙々とパフェを作る。
「ありがとうございます。
早く結婚出来るように応援して下さい。」
翔さんは爽やかな笑顔を見せて、
上手にこなしてお客様をさばいてくれた。
「さすが翔さん、商売上手。」
パチパチと拍手して感心していると、
「果穂も、店に出てると声かけられる時とかあるのか?」
途端に心配症が滲み出るのでつい笑ってしまう。
「ふふっ、大丈夫だよ。私は、そんな目立たないから。」
そう言って安心させる。
たまにあるとか言ってしまうと、
きっと心配して出店の許可が出なくなってしまう。
「本当に?心配になって来たな。
果穂を守るボディガードでも雇うか。」
本気で考え出したから慌てて止める。
「いやいや、そんな人雇ったら売り上げ代より上回ってしまうから…。」
そんな事してたら、たちまち赤字になってしまう。
翔さんにコーヒーパフェを作って渡し、
キッチンカーの中でこっそり食べてもらう。
床にしゃがんで片膝を立てて座る様子が窮屈そう。
「翔さん、ちょっと外で休んで。窮屈でしょ?」
私もオレンジジュースを飲みながらしゃがんで、こっそり話しかける。
「それはダメ。果穂のボディガードは俺だから。」
そう言って近付いて来たと思ったら、不意に唇にキスをしてくる。何度も角度をかえて…。
こんな所でダメだよと、押し返したいけど力が出ない。
「……んっ…。」
顎に手を添えて、舌が差し込まれるから流石に胸を押して拒むと、
不服そうな顔をして、それでも解放してくれる。
「汗臭くて嫌か…。」
そう翔さんが呟くから、
「翔さんの匂い、むしろ好きですから大丈夫。誰かに見られたら恥ずかしいので…
お家に帰るまで我慢して下さい。」
そう言うと、ぎゅっと抱きしめられて
「今の言葉、…身体が反応しそうになった。」
びっくりして退く。
爽やかに笑って、何食わぬ顔でコーヒーパフェを再度食べ始める翔さんの横で、
私は1人赤面して顔を隠した。
その爽やかな笑顔と、突拍子も無い発言が180度違って思わず笑ってしまった。
「最近、果穂不足なんだ。
どれだけ俺が我慢してると思ってる?
笑い事じゃ無いんだからな。」
拗ねた様に言うから何だか可愛いと思ってしまう。
健君が戻って来て休憩を交代する時も、
「健、果穂に変な虫がつかない様にちゃんと見張ってろよ。」
そう言い残すから困ってしまう。
「何?何にがあったの?」
「いえ、さっき翔さんが女子に声かけられてて…。」
過保護な翔さん話でしばらく盛り上がってしまう。
その後も、何人かお客様が並んで忙しくなった。
閉店30分前、
「健さん…。」
可愛らしい声でふと手を止め顔を上げる。
「沙耶子さん…健の母親だ。」
そう翔さんが教えてくれる。
「母さん…何しに来たの、忙しいから帰ってよ。」
健君がぶっきらぼうにそう言うので、
ペコリと頭を下げて、
「健君、ここはいいからお母様と話して来て。きっと心配して来てくれたんだよ。」
小声でそう告げる。
「健、話さない限り先に進めないだろ。」
翔さんもそう言って後押しする。
「ごめんなさい。健さん、お母さんがいけなかったの…、お父様に話してしまったから。
だから怒ってるんでしょ?
お願いだから帰ってきて頂戴…。」
目頭をハンカチで抑えている。
「ここじゃ、邪魔になるから…。」
健君も仕方なくと言う感じで、離れた場所にあるベンチでしばらくお母様と話ていた。
「何か差し入れして来ましょうか。お母様はコーヒーとか飲まれますか?」
「さぁ?イメージ的には飲まなそうだな。
オレンジジュースとかがいいんじゃないか?」
「ちょっと離れても良いですか?」
「ああ、果穂も少し休んでおいで。」
翔さんに店番を任せて、健君とお母様に飲み物を届けに行く。
「こんにちは。あの、良かったらお飲み物をどうぞ。」
遠慮がちにそう言ってトレーで飲み物を差し出す。
「こんにちは。貴方が果穂さんね。健が長くお世話になったみたいでどうもありがとう。
翔さんも久しぶりに見たけどお元気そうで何よりだわ。」
ほんわりとした空気感がとても印象的な、優しげなお母様はどことなく健君に目元が似ていた。
「私本当に、世間知らずで申し訳ないのだけど、あの小さな車の中でお料理が出来るキッチンが入っているの?」
何となく、シンデレラの様な意地悪な継母を想像していたからか、素朴な疑問を投げかけられて戸惑ってしまう。
「あの中には簡単なシンクとコンロと冷蔵庫が入っています。軽自動車を改造したものなのでちょっと狭いのですが。」
「翔さんはいつもあんな風にお手伝いしてらっしゃるの?」
「翔さんは、お仕事が忙しくて週末は出来るだけ休ませてあげたいのですが、今日は特別手伝ってもらっています。」
「私、翔さんは気難しくて怖い方だとばかり思っていたから、あんな穏やかに笑う方だとは思いませんでしたわ。」
本当に2人の間には接点が無かったんだと、内心びっくりしながらもまだまだ仲良くなれるチャンスはあるとホッとした。
「私の知っている翔さんはとても心配症で優しい方です。
お仕事の時はきっと気難しい顔をしてるのかもしれませんが、プライベートは穏やかで頼り甲斐のある人ですよ。」
「そう。私の事は嫌われているものだと思っていたから、今まで必要以上に話さないようにしていたのだけど…申し訳ない事をしたわ。」
「兄さんは人格者だよ。
見た目クールだから、とっつきにくいだけで話せばとても優しくて懐の深い人だよ。
果穂さん父さんの事は許せないけど…母さんが1人で寂しくしてるのも可哀想だから帰るよ。」
「そうですか。きっと翔さんも喜びます。
ちょっと代わって来ますね。」
何人かお客様が並んでいたけれど、飲み物提供だけだったので直ぐ変わってお母様とお話しするように促す。
「特に俺から話す事も無いけど…ちょっと言って来る。」
翔さんもお互い遠慮していただけで、
特にわだかまりがある風でも無くて安心して送り出す。
きっとこうやってお互い向かい合えば、お父様とも仲良くなれるはず。
新たな希望が湧いた気がした。
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