翔と弟

2人の生活が落ち着ついた頃、久しぶりに弟から電話が来る。


『兄さん同棲してるんだって?相手は誰なの?』

誰から聞いたんだ?と探りながら話しをする。

一度果穂に会いたいと言うから、金曜の夕方に夕飯でも食べに来い。と伝える。


『本当に!?やったぁー!』

弟の健が驚きながらも素直に喜ぶ声を聞く。


父がまた俺に見合いをさせたがっている事、

果穂の事を偵察して来いと指示を出された事、健は全て洗いざらい話してくれた。


どうやら弟は俺の味方らしい。


俺が起業してから弟とも距離を取っていた。

久しぶりに兄弟らしい会話をした気がする。



(果穂side)


翔さんから金曜日に弟が来ると突然聞かされた。

腹違いの弟さんがいる事は前に聞いていたけれど、夕食に招待したからと言われて何を作れば良いか迷う。


聞けば高校3年生でサッカー部の部長をしているしっかり者、気さくで話しやすくていい奴だって言っていた。


翔さんの弟さんだから良い子なんだと思うけど、何が好きか分からないし…

お家で高級な物を食べてて舌が肥えてるだろうし…。

悩んだ挙句、村井さんに聞いて見ようと思い立つ。


久しぶりに村井さんに電話をしたら、弟さんの情報をいろいろ教えてくれた。


やっぱり男の子はお肉が好き、焼肉、すき焼き、唐揚げが好きだと言う。


弟さんのお母様はどこかの箱入り娘でお料理を一切しない為、家事は専ら家政婦任せだと言う。

だから家庭料理に飢えているらしく、手作りだったら何でも喜んでくれる筈だと教えてくれた。


前日はお店をお休みにしてお部屋の掃除と買い出しに勤しむ。


当日の夕方、夕飯の準備をしていると翔さんから連絡が入る。


どうしても抜けられ無い用事が入ったので、健君が先に来てくれると言う。

果穂は緊張しながら、1人でお迎えする事になる。


ピンポン、玄関チャイムが鳴る。


夕飯作りに夢中になって時間を忘れていた私は、ハッとして急いでインターフォンに出る。

「はい。」


『今晩は、社長秘書の新田です。

今、健君をお連れしましたので開けて頂けますか?』


「ありがとうございます。今、開けますね。」

秘書の新田さんはたまに翔さんのお迎えで、インターフォン越しで何度かお話しはした事があった。

でも、顔を合わせるのは今日が初めて。


若干緊張して玄関チャイムが鳴るまでに身なりを整える。



ピンポン、


間もなくして玄関のチャイムが鳴り、

急いで玄関ドアを開けに玄関に走る。


「今晩は、お待ちしてました。」


頭を下げて玄関に出ると、スーツ姿の男性と健康的に日焼けした高校生らしき少年がにこやかに立っていた。


「秘書の新田です。」

名刺を差し出され丁寧に頭を下げて頂戴する。

「いつもお世話になっております。間宮果穂です。」

ペコリと2人にお辞儀をする。


「やっと、お会いする事が出来て光栄です。

こちらは弟さんの健君です。」


「今晩は、堀井健です。

本日はお招きありがとうございます。」

爽やかな挨拶をしてくれる。


翔さんと背の高さは同じくらいで、翔さんとはまた違ったカッコ良さをまとった爽やかな好青年だった。


「では、私はこちらで失礼致します。」

丁寧に頭を下げて新田さんは去って行く。


「健君、どうぞお上がりください。」

と招き入れる。


「お邪魔します。」と、入って靴を並べる仕草にも品がある。さすがちゃんと教育されたご子息だと感心する。


「僕、兄の家に入ったのは初めてなんです。

たまに参考書とか借りに来てもロビーだったので。」


「そうなんですね。なかなかお会いする機会が無くて、ご挨拶が遅れて申し訳けありませんでした。」


「いえ、僕も部活で忙しくてなかなか来れなかったので。」


「サッカー部なんですよね?今年県大会まで進めたとか。」


「はい、今はもう引退して受験勉強の為、塾通いばっかりですけどね。」


「それは…大変そうですね。」


玄関で会話を交わし、とりあえずリビングに通す。


「うわー!思った以上にスカイツリー近いんだなぁ。」

リビングに入った途端そう言って健君が感嘆する。


「私も初めて見た時は感動しました。翔さんは見飽きたなんて言ってますが、私はまだ毎日感動してます。」


聞いていた通り気さくで話しやすくて安心した。


健君からお土産にケーキを頂き、

食後に食べようととりあえず冷蔵庫に納める。


コーヒーとお茶菓子を用意して、

翔さんの帰りを待つべく一緒にお茶をする。


健君は部活の話しやお母様の話しもいろいろしてくれた。


突然、健君が穏やかな顔を一瞬曇らせるから気になる。

「何かあったんですか?」


「いえ…、あの多分、遅かれ早かれ果穂さんには接触して来ると思うので…言っておきますが。」

そう言って話をくぎり、健君はコーヒーを一口飲む。


「父は兄をあるご令嬢と結婚させたいらしく…躍起になっています。

以前から何度か兄にお見合いをする様に仕向けてるんですが、兄もテコでも動きませんから安心してたんです。だけど、今回ばかりは本気みたいで…。」


「そんな、お話があるとは知らず…。

私、こちらに来てしまって…良かったのでしょうか…。」


「あの、すいません。不安にさせて…

兄は身内の僕さえなかなからこの部屋に入れてくれなかった人ですから、貴方の事はとても大事にしているんだと思います。」


「私、何も知らず…

もちろん御曹司だって事は聞いていたのですが、ちゃんと翔さんの立場を理解していなかったんだと…。」


「あの!全然、それで良いんです!

兄もそんな貴方がきっと良かったんだと思いますし。」

被せ気味にそう言って弱気になった私を安心させてくれる。


「こう言う家に生まれると、嫌でも肩書きや家柄で近付いて来る人って結構いますし、そう言う人間に嫌悪感を抱いてしまいます。

だから、自分自身を見てくれる人を兄は見つけたんだと…

僕としては応援したいんです!2人の事を。」

そう言ってくれて元気付けてくれる。


玄関からガチャっと音がする。


「あっ、翔さんが帰って来ました。」

弾かれる様に立ち上がって、玄関に出迎えに行く。


「お帰りなさい。お仕事大丈夫でしたか?」


「ただいま、ごめん遅くなって。」

私はぶんぶんと首を横に振り帰って来てくれた事に安堵する。


「兄さん、お邪魔してます。果穂さんといろいろお話し出来て良かった。」


「そうか、健も待たせて悪かったな。

腹減っただろ?」

いつものように私はカバンを受け取り、翔さんは洗面所で手を洗いリビング手前で背広を脱ぐ。


受け取ってハンガーに掛ける時、

翔さんとは違う香水が香ってドキッとする。


甘い花の様な香りは女性もの……。

接客相手に女性がいたのかもしれない、余り考えない様にしなくちゃ。


気を取り直して、一度揚げてあった唐揚げを、再度揚げて温め、直ぐにダイニングテーブルに並べる。


「美味しそう。さっきから良い匂いがして気になっていたんだ。」

健君はそう言ってお皿を運ぶのを2人で手伝ってくれる。


やっぱり並ぶと、背格好がよく似ていて兄弟なんだなぁと改めて実感する。


健君の話しも香水も気にしない。

せっかく兄弟が揃ったんだから楽しく過ごさなくちゃ。


「村井さんから健君はお肉料理が好きだって聞いたので、唐揚げにしてみました。豚汁は翔さんが好きだから作ってみたんですけど、お口に合うかどうか食べてみて下さい。」


「ありがとうございます。頂きます。」

嬉しそうに手を合わせ健君は箸を進める。


「果穂の料理は美味いから大丈夫だ。」

不安そうに、健君を見つめていたせいか翔さんはそう言って微笑む。


「うん。美味い!!このサクサク感最高!!」

高校生だけあって食べっぷりが凄くて驚く。


翔さんと見つめ合って笑う。


「健、もう少しゆっくり食べろよ。誰も獲らないからさ。」

翔さんは笑いながらそう言って箸を進める。


「兄さんとこうやって食卓を囲むのって初めてだよね。改まった席でしか一緒にご飯を食べた事が無いから。」


「確かにそうだな。学生の頃から出来るだけ近づかない様にしてたから。」


「だから、兄さんが普通にこうやってご飯食べてるのが、不思議で新鮮。」


「どう言う意味だ?」


「いつも怖い顔して、近付けないオーラがあったんだよ。笑ってる所もあんまり見た事なかった。」


「そう言う割には、お前は昔っから俺に絡んで来たじゃないか。本読んで欲しいとか宿題教えて欲しいとか……もっと構ってやれば良かったなって今になって思う。」


「今からだって遅く無いですよ。」

とそっと伝える。

「何か困った事があったらいつでも言って来い。」


「ありがとう。僕は兄さんが幸せならそれだけで嬉しい。兄さんから家族を奪ってしまったんだって…ずっと後ろめたかったんだ。」


「元々、家族なんて無いに等しかったんだ。

俺自身が家族を拒んでたんだからお前のせいじゃ無い。」

2人の間のわだかまりは少しとれた様で私も嬉しくなる。


食事の後は、少しリビングで談笑しながらサッカーの試合をTV観戦する。


私はあまり分からないから、片付けをしながら遠くから2人を見守る。


ああ、こんな風にきっと兄弟仲良くTVを観るのも初めてなのかなぁと思うと、さっきのお父様の話が頭を掠める。


翔さんが政略結婚……

もし、本人の意思とは別に決まってしまったら。私には何も力が無い…、

胸がチクリと痛む。


言いようの無い不安が襲ってくるのを、頭を振って振り払う。


ふと思い出して、健君がお土産に持って来てくれたケーキを食べようと、声をかける。


「俺は、明日の朝食べる。」

と翔さんは言う。


「俺は食べる!!甘い物は別腹って言うでしょ。」

私と健君はモンブランと紅茶を、翔さんはコーヒーを飲む。


「美味しいです。どこのお店だろう?」

甘さ控えめで軽くて食べ易い。


「ひと口食べますか?」

翔さんに問いかけると、こくんと頷くのでスプーンで掬って渡そうとすると、あーんと口をあける。

健君の目が気になりながら、口元にスプーンを持ってくとぱくんと食べた。

ニコッっと笑うので、ドキッとする。


健君は見て見ぬふりをしてくれているのかTVをずっと観ている。


ケーキを食べ終えてお皿を洗っていると、


「俺がやるから。」

翔さんがスポンジを奪って私を休ませてくれる。

ちょっとした優しさにも今夜はじんと来てしまう…。

気にしない気にしない…自分にいい聞かせて笑顔を取り繕う。


「果穂、どうした?」


内心ハッとするが、何事もない様に装って

「えっ?何?何でもないよ?」


どうか追求されません様に、と心で祈りながら、お風呂の支度をしようとその場を逃げる。


「果穂、悪いけど俺の目は誤魔化せない。

いつもどれだけ果穂を見てると思ってる?」


鋭い眼付きでじっとみつめられると、

心の中まで見られている様で落ち着かない。


「あ、あの、俺そろそろ帰ろうかなぁ。

もう9時半だし、母さんが心配するといけないから…。」

ワザとらしく健君が帰ろうとするから直ぐに翔さんに捕まってしまう。


「健が、何か言ったのか?お前…分かりやすく怪しいんだよ。」


元々素直で嘘が付けない性格なんだろうな、と思うと憎めないし、かわいいなと思ってしまう。


「健、言わないと送ってってやらないぞ。」


「えっと…

父さんが、兄さんに、政略結婚させたがってるって…話を…果穂さんも知っておいた方が良いんじゃ無いかと…ごめんなさい。俺から話すべき話しじゃなかった…。」

健君は潔く頭を下げて謝る。


「なるほど…。」

翔さんは腕組みしてしばらく天を仰ぐ。


「早かれ遅かれ果穂には知られる事だから、仕方ない…。」

果穂の方を見て苦笑いする。


「まぁ、俺も今日知ったんだけど。

帰り際に父親の秘書から電話があって、

彼女の事で大事な話があるから、ホテルに来て欲しいと呼び出されたんだ。」

はぁーっと深くため息を吐いて、翔さんは話を続ける。


「果穂に接触されても困ると思って、無碍にも出来なくて指定されたホテルの部屋に行って来た。

変だとは思ったんだ。

ホテルのロビーならまだしもわざわざ部屋を指定して来たから…。

行ったら、知らない女が下着姿で飛びついてきた。」


えっ⁉︎

余りの驚きで、私も健君も目を見開いて固まる。

「そんな、これ見よがりの作戦で兄さんが流される訳無いのに…。」

健君がそう呟く。


「俺も逆に腹立たしかったが冷静にもなれた。多分、彼女は何か俺に薬を飲まそうとしたんだ。まぁ、俺だって馬鹿じゃ無いから簡単にかわせたけどな。」


私に目線を合わせて優しく微笑む。

「俺が、果穂以外に心が揺れる事は絶対無いから安心して。」

そう言って優しく頬を撫でられる。


「何で父さんはそんな捨て身な事をさせたんだ?何か焦ってるんだろうか…。」


「早急に調べさせたが最近の業績はさほど落ちて無かった。まぁ、彼女が何者か調べればすぐ分かる。」


「今日の日を選んだのは…多分、母さんが父さんに伝えたんだ。

俺が兄さん家に行く事を母さん以外には言って無いから…。ごめん兄さん、俺がもっと警戒すべきだった。」


「健は悪くない、気にするな。」 


「だけど、俺だって抗議して良いはずだ。

ちょっと父さんに電話する。」


そう言って、健君は突然スマホを取り出して電話をかける。


「もしもし、父さん。どう言う事。

何で今日に限ってこんな事するんだよ。

あなたはいつも自分勝手で人の意思を無視して、俺達の気持ちなんてどうでもいいのかよ!!俺、しばらく家には帰らないから!!」

健君は一方的にそう捲し立てて電話を切ってしまう。


翔さんより怒っている健君を見ると、

今まできっと同じ様な事が何度も何度も繰り返されて、積もり積もった思いが込み上げたのではないかと察する。


翔さんもきっと誰より健君の気持ちが分かる。健君の頭をポンポン撫でて励ましている様に見える。


「とりあえず、啖呵切ったんだからしばらくここにいろ。部屋はあるから。

布団はコンシェルジュに頼めばレンタルを借りれる筈だ。」

そう言って、フロントに連絡を取る。


「あっ、パジャマとかいろいろ用意しますね。お風呂の準備してきます。」


私もパタパタと支度をしにお風呂場に向かう。


「ごめん。何か突然泊まることになっちゃって。」

健君は冷静になった頭で申し訳無さそうに謝る。


「困った時の兄弟だろ。

それに俺の為に言ってくれたんだ責任持って面倒みてやる。」


「でも、果穂さんとの生活を邪魔するのも申し訳無いから…明日にはどっかホテルに…。」


「お前はまだ未成年だろ、そんな簡単に泊めてくれる所なんて無い。気にせずここに入ればいい。」


翔さんは被り気味にそう言って、部屋を用意しにリビングを出る。


とりあえず今夜はこたつのある和室に寝てもらう事にした。


私は最後にお風呂を頂いて、自分の部屋に戻る所で翔さんに捕まって気付くとベッドに引き込まれていた。


「どこで寝ようとしてた?」


ベッドの中で抱きしめられながら言われる。

 

「えっと、自分の部屋で寝た方が良いかなぁって思って、健君も居ますし。」


「健が居ても居なくても、一緒に寝る事。

さすがに抱くのは控えるけど…。俺の安眠の為にもこれは譲れないから。」


「…はい…。」

 

2人で生活し始めてから、

ずっと抱きしめられながら寝るのが普通になっていたけど、健君が居ると思うと気恥ずかしさがある。


明日は誰より早く起きなくちゃと心に決める。 




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