東京暮らし
(翔side)
今日、果穂がキッチンカーと共に東京に来る。
翔は朝から人知れず心が弾んでいた。
冬休み、果穂の家族と共に過ごして家族の温かさを味わった翔にとって、正直なところすぐにでも果穂との生活を始めたかった。
だけど溺愛している兄の手前いい出せず…。
毎週末ヘリをチャーターして会いに行くのが精一杯で、遠距離恋愛を耐え忍んでいた。
状況が一変したのは、4月、果穂の兄がついに結婚を決め、兼ねてからお付き合いをしていた女性と入籍、実家近くで同居を始めた。
そのタイミングで果穂の父から連絡があり、もしも本気で結婚を望んでくれているのなら、果穂を東京に呼んでくれないかと相談された。
果穂の父は俺に協力的で、こちらから話をしたいと考えていると、それより先に動いてくれる事がよくあり嬉しい限りだ。
『翔君がヘリコプターを買っちゃう前に、言っておかないとと思ってね。』
そんな事を言ってくれる果穂の父には全く持って頭が上がらない。
果穂も父から背中を押されたらしく、俺が提案しようと電話をかけた当日に、本人から『お邪魔じゃなかったら…』と果穂らしい気遣いの言葉と共に話をしてくれた。
もちろん、直ぐにでもおいでと二つ返事で喜びを伝えた。
果穂がキッチンカーを持っていきたいと、珍しく自分の意思を伝えてきたので、1人で運転して東京まで来る事は心配だからと、週末に俺が車を取りに行くと提案した。
しかし、過保護な兄がこの日なら都合が付くと、今日の日を指定して、わざわざ果穂と共に東京まで来てくれることになった。
15時過ぎに到着したと果穂からメールが入る。
仕事を投げ出してでも早く家に帰りたい衝動にかられながら、淡々と仕事をこなす。
そして、定時が過ぎ外出先から戻ると夜の20時を過ぎていた。
今から帰るとメッセージを送ると、
『お夕飯、煮込みうどんにしました。気を付けて帰って来て下さい。』
そのメールだけで今日の忙しかった1日が報われた気がする。
新田の運転で家路に急ぐ。
「ただいま。」
ガチャっと鍵を開け家に入ると果穂がパタパタと急ぎ足で近付いて来る。
「おかえりなさい。」
「りょうは帰ったんだな。泊まっても良かったのに。」
「可奈さんを1人にする訳にはいかないんだって。」
ニコリと笑って果穂は可愛く微笑む。
「やっと兄の束縛から解放されたな。」
そっと頭を撫でると、嬉しそうに俺のカバンを手に取り部屋に導いてくれる。
今日から果穂がずっと俺の側に居てくれるんだと、ここでやっと実感する。
出会ってから半年以上が過ぎた。
やっと果穂が俺に慣れてくれたせいか敬語も少しずつ取れてきた。
俺が洗面所に寄って手を洗う間も、
カバンを抱きしめ廊下で待っている様子が健気で可愛い。
「夕飯待っててくれたのか?
先に食べててくれたら良かったのに。」
テーブルに並んだ箸でそう気付く。
「せっかくの同棲1日目記念だから。
だけど、お腹に優しい物が良いかなぁと思って結局、質素なおうどんになっちゃった。」
フワッと笑う笑顔も可愛い。
「ありがとう、気を遣ってくれて。」
ネクタイを緩め背広を脱いで仕事から解放される。
「先にお風呂にしますか?」
「いや、先に果穂を抱きしめたい。」
そう言って近付き優しく抱きしめついでに唇にキスを落とす。
しかし、キスが濃厚なものになる手前でさっとかわされ
「先にご飯にしましょ。お腹空きましたね。」
と逃げられる。
恥ずかしそうな目線を投げられ抱きたい衝動に駆られる。
先に果穂を頂きたいんだが…。
うどんが伸びてはいけないと気持ちを抑え椅子に座る。
「久しぶりにうどん食べた、美味いな。」
2人で鍋を囲み食べる夕食。
なんとも言えない幸せを噛み締める。
「今日は果穂も運転したのか?」
「うん。高速道路を初めて運転したから緊張しちゃった。
でも、お兄ちゃんが怖がって結局、半分以上はお兄ちゃんが運転してくれたの。」
「そうか、りょうの心配症はなかなか治りそうもないな。
キッチンカーはいつから始める予定?
少しゆっくりしてからでも良いんじゃないか?」
「明日ちょっと場所探しにいろいろ偵察に行って来ようなぁって思ってるの。
多分、場所借りの許可とか登録とか必要になると思う。」
「そうなのか、1人で行かせるのはちょっと心配だな。」
「翔さんもかなりの心配症ですよ。」
そう言ってくすくす笑う。
こんな可愛い生き物を、1人で行かせるのは誰だって心配になる。
「果穂、東京は人が多い分悪い人だって多いんだ。声かけられても着いてくなよ。」
「子供じゃないんだから大丈夫です。」
プクッと怒る顔も可愛いしかないんだが。
「どこにいるかだけは連絡して欲しい。」
俺も相当心配症だな…。
自覚はあるが、果穂に対してはどうしようもなく心配になってしまう。
「ごめん、俺も人の事言えないよな…。」
そう呟いて、反省する。
果穂がふふふっと笑っているので、顔を上げると優しい眼差しで見つめられてドキッとしてしまう。
「私がしっかりしてないからいけないんだよね。」
「いや、果穂はしっかりしてるよ。
ただ、可愛すぎるから周りがきっと放っておかない。」
「大丈夫ですよ。私そんな目立ちませんし。」
自覚が無いだけに厄介なんだ、と思いながらこれ以上言うと嫌われそうだと話しを変える。
「果穂の荷物ゲストルームに置いてあるから、そのままあの部屋を好きに使って。
家具とかカーテンとか、もし気に食わない様なら新しくしてくれても構わない。」
「えっ⁉︎今のままで充分素敵ですよ。
特に足りない物も無いし、
むしろ私の部屋より快適だから大丈夫。」
遅めの夕飯を食べ終え後片付けは率先して手伝う。
長旅で疲れている果穂を先に、
お風呂に促し食器を食洗機に入れる。
片付け終えてソファでTVを観ていると、お風呂から上がった果穂が隣に来てちょこんと座る。
髪もまだ乾かして無さそうなのに、なんだか様子が変だと顔を覗きこむ。
「どうした?」
心配になって聞くと、
「眠くて…もうダメ……。」
かくんと、もたれかかってくる。
何とか風呂から出て来たけど力尽き電池が切れたように眠ってしまう。
髪が濡れたままだと風邪をひくと思い、ドライヤーで果穂を膝に寝かしながら髪を乾かす。
子供みたいだな、と思いながら抱き上げベッドに運び寝かせる。
これだけ無防備で居られるのは、俺を信頼し安心し切ってくれているせいだと思いたい。
亮太から、
『今、家着いたと果穂にメールをしたのに既読にならないけど何かあったのか?』
と、俺の方にメールが入る。
「風呂上がりに、電池が切れたように突然眠ってしまった。」
と、返信をした。
直ぐに既読がついて、
『たまにある事だけど、風呂で寝ないように気を付けて欲しい。』
と、返信が来た。
たまにあるのか…。
風呂で寝るのは危ないな。
「分かった。他に何か心配事があったら教えて欲しい。」
そうメールしておいた。
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