初めての夜
「私が……欲しいかどうかです……。」
声が震えて小さくなってしまう。
翔は果穂の小さな声を聞き逃さなかった。
咄嗟に横抱きに抱き上げ早急に寝室に運ばれる。気づけばベッドの上で組み敷かれていた。
「か、翔さん…ちょっと、待ってシャワーとか…。」
「ダメ、果穂の気持ちが変わるといけないから、逃せない。」
そう言うとキスの嵐が降り注ぐ。
果穂は息をする間も与えられず、どうしようもなく呼吸が乱れ、抑えられない声が漏れてしまう。
恥ずかしくて顔を両手で隠すと、その度外され指と指を絡まれシーツに縫い止められる。
「…翔さん……。」
潤んだ果穂の瞳に写る自分を見て、まるで猛獣の様だなと翔は頭の隅で思い苦笑いする。
「果穂、愛してる…。」
果穂は、名前を呼ばれる度に声が上がり、
吐息が漏れる。
自分で自分がコントロール出来ない。
甘く降り注ぐ、唇に舌に、優しく触れる指先に翻弄されてなすがまま。
甘く溶かされ繋がった瞬間、何かが弾けて一瞬我を無くす。
「果穂、果穂、大丈夫か?」
意識が浮上すると心配そうな翔の顔。
額には浸り落ちそうな程の汗、自分よりも苦しそうに見えるその姿に果穂は心配になる。
「か、翔、さんは、大、丈夫ですか?…」
「良過ぎておかしくなりそうだ……痛いか?」
「大丈夫、です。」
いっぱいいっぱいで涙が溢れてしまうけど、辞めないで欲しいと精一杯強がる。
「少し、動いてもいいか?」
苦しそうな姿を見ていられず果穂は抱きつき、
「好き、にして…下さい。」
と告げる。
「こんな時に煽るな。」
翔は堪らず腰を打ちつけてしまう。
「……あっ…んっ……。」
果穂は堪らず声が漏れてしまう。
「果穂…」
愛しさが込み上げてぎゅっと抱きしめて果てる。
果穂を気遣いながら、翔は横に転がり息を整える。
「果穂、無理させてごめん。…大丈夫か?」
抑えるつもりが夢中になって我を忘れて抱いてしまった。
初めての果穂には辛かったかも知れない。と、翔は酷く自分を責める。
果穂の頬に流れる涙を親指で拭う。
愛を深めるつもりが、誤って後退させてしまったのでは無いか……不安になる。
翔は果穂に対しては何処までも臆病になってしまう。
「大丈夫です。凄く感無量で…。」
翔はホッとして、肩肘をついて果穂の顔をそっと伺う。
「翔さんは……?大丈夫ですか?」
果穂は翔の事ばかり心配してしまう。
「俺は気持ち良いだけだから気にしなくていい。」
優しく笑いながら果穂の頬を撫でる。
「一緒に風呂入るか?」
そう問われると、果穂は真っ赤になって両手で顔を隠し、ぶんぶんと左右に顔を振りそっぽを向いてしまう。
「じゃあ、先に浴びてくる。」
頭を優しく撫ぜ、果穂が寒く無い様にと布団を掛け直す。
脱ぎ散らかした服をさっと集めて、洗濯機に持って行く事も忘れない。
シャワーを浴びて部屋に戻って見れば、果穂は可愛い寝息を立てて小さくなって眠っていた。
夕飯も食べず、お腹は空いていないだろうか?
明日は一日中果穂を甘やかそうと心に決め
ベッドに入る。
(果穂side)
夜中パッと目が覚めて辺りを見渡す。
えっ、ここは何処?
見慣れない部屋、見慣れないベッド……
昨日はどうやって寝たんだっけ?ボーっとする頭で考える…
背中側から規則正しい寝息が聞こえて、
ハッとする。
あっ、そうだ翔さんの部屋……
昨夜のいろいろを思い出し赤面して身悶える。
あーーそうだ、そのまま寝ちゃったんだ私。
頭がはっきりし出すと。
お腹に回された温かい温もり…。
恐る恐る振り返ると、思ったより近い距離で翔さんに抱きしめられていた。
思わずびっくりして飛び退く。
ベッドが大きくて落ちなくて済んだけど…
身体のあちこちに鈍い痛みが…夢では無い事を物語っていた。
どうしよう…
恥ずかしくて顔を合わせられない。
両手で顔を覆いしばらく動けない。
…そう言えば私…パジャマ着た覚えがない。
いろいろ覚醒してくると下着をつけてない事に気付く。
パッと立ち上がって床に足をつけるが、力無く座り込んでしまう。
翔さんが着せてくれたの⁉︎
まったく覚えてない…
しばらく、脳内パニック状態。
とりあえずシャワーを浴びなくちゃ…ヨロヨロと立ち上がり洗面所に向かう。
熱いシャワーを浴びながら、ふと鏡を見ると身体のあらゆる場所に赤い跡…
これってキスマーク⁉︎
やだ、こんな所にも…恥ずかしい。
お風呂場でも座り込んで身悶えてしまう。
なんとかシャワーを終え、
下着を身につけパジャマに着替える。
目が覚めていろいろ気付く。
洗濯機に昨日の洋服が既に乾燥されて入っている事。
キッチンの夕飯の支度が全て冷蔵庫に収まっている事。
シンクに後でまとめて洗おうと、
置いてあった調理器具も食洗機の中で綺麗になっていた。
翔さんが寝る前に全部やってくれたんだ…。
時計を見ると夜中の1時半…、
私は何処で寝るべき?
今更、ゲストルームに戻るのはダメだろうか…。
起きた翔さんがきっと慌ててしまうかもしれない。
翔さんの部屋に戻りそっとベッドに潜り込む。
大きなベッドは2人で寝ても充分の広くて、
隅っこの方で丸まって眠りに着く。
朝、目が覚めると、
目の前に翔さんの笑顔があってびっくりして飛び退く。
ベッドから落ちそうになって、翔さんに抱き止められ、布団の中に戻される。
「おはよう。驚かせてごめん。」
屈託ない笑顔で笑いかけられて思わず顔が真っ赤になってしまう。
慌てて顔を隠して後ろを向く。
「おはようございます…。いつから、起きてたんですか…。」
「どうだろ?1時間前くらいかな。
果穂の可愛い寝顔を見てたら、時間を忘れて幸せに浸ってた。」
後ろから抱きしめられて、ビクッとなって心臓が高鳴る。
「風呂に入ったんだな。果穂から俺のシャンプーの匂いがする。」
果穂は昨夜のいろいろがまた頭を駆け巡りジタバタしてしまう。
「あの…いろいろ片付けてくれて…ありがとうございました。」
「ははっ、俺のせいで夕飯が食べられ無かったんだ。それぐらいするよ。
身体は?大丈夫か?
無理させて済まなかった。」
首を小さく振って、
「大丈夫です…。」
と答える。
「腹減っただろ?
朝食適当に頼んだからもうすぐ届く。」
「…まるでホテルみたいですね…。」
背中越しにそう答える。
「果穂、そろそろこっち向いてくれる?
寂しいから。」
そっと振り返ると、肘枕をして横になった翔さんの満遍な笑顔あって、恥ずかしくて目線が泳ぐ。
頬をさらりと撫でられて、ビクッとしてしまう。
「何もしない。怖がらないで…。」
翔さんが寂しそうに言うから、ぶんぶんと顔を振って慌てて答える。
「あの、怖いんじゃ無くて…ただ、恥ずかしいだけです…。」
「良かった…。今日はとことん甘やかすから、許して。」
安堵の笑顔と共にそう言われてそっと目線を合わせる。
「あれ?今日はまだお仕事ですよね⁉︎
時間大丈夫ですか⁉︎」
慌てて枕元の時計を見る。
「今日は有休使って休みにした。挨拶周りくらいしか無いから大丈夫だ。果穂を1人にしてほっとけないし…。」
そう言いながら優しく髪を梳かす。
「えっ…大丈夫なんですか?」
「夕方、ちょっと顔出して来るから大丈夫。仕事はほぼ片付けたし支障は無い。」
玄関からチャイムが鳴って、翔さんは
「朝食が届いた。」
と、立ち上がり部屋を出て行ってしまう。
その日は至れり尽くせりで、抱き上げられてリビングに座らされる。
届いた、温かい朝食をお皿に取り分けてくれる。ミルクティーを作ってくれたり、ケーキを食べさせてくれたりと、過剰な程に接待されて私は困ってしまう。
「大丈夫ですよ?ちゃんと歩けます。」
言っても、聞いてくれず抱き上げられてリビングのソファに座らされる。
ずっとパジャマで居るのも気が引けて、立ち上がろうとしてよろめく。
「ほら、大丈夫じゃないだろ。
何処行きたいんだ?トイレか?それとも洗面所?」
そんなとこまで抱き上げて連れて行こうと思ってるの⁉︎と、びっくりして目を丸くする。
「着替えをしようと思って…。」
と、小さくなって答える。
「あっ、いいのがあった。
この前外回りで、街に出た時見つけたんだ。
果穂に似合うと思って買った。
ちょっと待ってて。」
そう言って、自分の部屋に行って大きな紙袋を持って戻って来た。
「これは?」
開けてみて、と手渡された紙袋には何着か部屋着が入っていた。
「これ、全部私用ですか⁉︎」
「もちろん。どれから着る?」
当たり前だと言うように、ふわふわの淡い白色の緩いロングスカートを1着取り出して、私に当てがう。
「じゃあ、今日はこれにしよう。」
そう言って、私のパジャマのボタンに手をかけるから、慌てて
「自分で着替えられます。」
服を掴みゲストルームに逃げ込む。
はははっと笑い声を上げて、翔さんは朝食の後片付けに戻って行った。
着替えを終えて朝の身支度を整える。
リビングに戻ると、翔さんがソファでテレビを観て寛いでいた。
本当にお休みなんだと驚きながらソファの隅にちょこんと座る。
容赦なく抱き上げられそのままの体勢で座らされて戸惑う。
瞬きをして見上げると何か不服でも?と言いたげな顔で見られる。
戸惑い膝から降りようと試みるが後ろから抱きしめられて、逃れようが無く失敗に終わる。
「今日は1日部屋でのんびりしよう。
映画でも観るか?」
リモコンを渡されて配信番組で映画を探る。
TVの前に白いスクリーンが降りて来てびっくりするから、
「映画館みたい…。」
ついそう呟くと、
「ポップコーン買っとけば良かったな。」
と言って笑う。
後ろから抱きしめられている格好で、
映画なんて集中出来ないと思っていたのに、泣けるほど入り込んでしまって恥ずかしい。
ずずっと鼻を啜りながら涙を堪えていると、
翔さんが手を伸ばして、テッシュを取ると後ろから覗き込み笑いながら涙を拭いてくれる。
「あ…ありがとうございます…。」
「果穂は泣き虫だよな。」
耳元で囁くように呟く。
「そんな事、無いと思います、けど…。」
真っ赤な目で訴えても説得力無いけど…
この日は、お昼ご飯を作ろうとしても止められて、ケータリングの豪華なお昼を注文してくてた。
本当にこれじゃあ私が来た意味が無いと思うほど、ダラダラした1日を過ごしてしまう。
夜は、昨夜食べ損ねた水炊きを食べる事にした。
洋室しかないと思っていた翔さんの家に、
リビングから続く引き戸があり、
収納扉だと思っていたその扉を開けると、
和室の部屋があった。
そこにこたつがひっそり用意されていたから驚く。
「買ったんですか⁉︎」
「果穂が来てくれるなら、こたつは絶対だと思ってこの前帰ってからすぐ買ったんだ。」
翔さんは得意げにそう言って、こたつと一緒に買ったと言うコンロに鍋を乗せる。
2人でお鍋を囲んで水炊きを楽しんだ。
翔さんは何故かポン酢が美味いと感動し、お豆腐を何度も追加していた。
どうやら、初めて食べると言っていた水炊きはお気に召したらしい。
夜は絶対何もしないからと一緒のベッドに誘われて抱きしめられて眠りに着いた。
こんな状態じゃ絶対寝れないと思ったのに
翔さんの温もりにドキドキよりも安心感が勝って、たわいない話しをしているうちに、
気付けば寝落ちしてしまっていた。
東京での1週間は毎日が幸せであっという間に過ぎて行った。
31日の朝に妹と翔の車で実家に帰る。
果穂は楽しいお正月を家族と翔と一緒に過ごし、新たな年を迎えた。
東京に帰って行く翔を見送る時はさすがに泣けてしまったけれど…。
また、週末来るからと言ってくれる翔の言葉を支えに頑張ばろうと、気持ちを保ち新たな気持ちでみかんの仕事に精を出す。
そして、4月。
兄の亮太がやっと重い腰を上げ入籍して、実家のすぐ近くのアパートで新生活をスタートさせた。
そのタイミングで、父から果穂も東京で翔君を支えてあげなさいと提案された。
「翔さん、迷惑じゃなければ私東京へ行ってもいいですか?」
翔はもちろん大喜びで、ヘリに乗って飛んで挨拶に来た。
翔はケジメとして果穂を籍に入れたいと申し出るが、まだ、翔の実家へ挨拶をして無い事に果穂は戸惑い入籍は保留にした。
そして、果穂は愛車のキッチンカーと共に東京へやって来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます