田舎デート

(果穂side)


次の日の朝。

結局、翔さんが借りたレンタカーで迎えに来てくれた。

よく晴れた空でも寒い海風が吹いている。


アウトレット商品の揃ったショッピングモールに出かける。


はぐれない様に翔さんとしっかり手を繋ぎ道を歩く。翔さんは背が高いし、カッコイイから人混みでもとても目立つ。


今日は翔さんが私の服を選んで、私が翔さんの洋服を選ぶ予定だ。

翔さんが一緒なら、人混みも全然平気で歩く事が出来た。


お昼は私の大好きなパンケーキをシェアして食べる。

こんなにも2人で長く一緒に過ごす時間は今まで無かったから、新鮮で楽しい一日になった。


お昼の後、翔さんは私にニット帽と手袋、

マフラーまで一色買ってくれた。


翔さんが言うには、自分があげた物で果穂が包まれているのを見ると嬉しいし、

それだけで幸せな気持ちになるから、気にせず貢がれて欲しいと。


私はそんな翔さんに、出来る限りの愛情で返していこうと心に思う。


子供の頃、愛情に乏しい家庭で育った彼だから、これからの未来で沢山の幸せな時間を過ごし、少しでも幸せな気持ちになってくれたらと思う。


今夜は組合の集まりだから、夕食は要らないと父から連絡があり、兄も彼女とデートだと言うので、夕食も翔さんと一緒に食べ、映画を観て家まで送ってもらう。


今日一日だけでお互いの事をいろいろ知る事が出来た。


帰り際、翔さんと離れるのが寂しくて辛くなる。

家に帰る道のりで、そう言えば私に話していない話があると言っていたのを思い出す。


今日一日一緒にいたけれど、嫌な所も欠点も何一つ見つからず、完璧な人だと改めて思った。


「少し話しをしようか。」


そう翔さんが夜景が綺麗な展望台の駐車場で車を停める。


車内からしばらく2人無言で夜景を眺める。


「綺麗ですね。

そんなに大きな町じゃ無いのに、夜景がこんなに綺麗だなんて知りませんでした。」


「ホテルで聞いたんだ。デートスポットだって言ってたから。」

そう言って笑う翔さんは明らかに、何かを決心した面持ちで少し心配になる。


「外、出て観てみますか?」


「外、寒いけど大丈夫?」

本当に寒がりなんだなと改めて認識して、

微笑ましくて笑ってしまう。


「ふふふっ、翔さんの唯一の欠点は、寒がりだって事くらいしか無さそうですね。」


「果穂が風邪を引かないか心配になっただけだ。よし、外に出るぞ。」


そう言って気合いを入れるから、なんだか可愛いなと思ってしまう。


さっき買った手袋にニット帽、マフラーまで着けられてモコモコになって外に出る。


翔さんの方が寒そうだとマフラーを譲ろうとしたけど拒まれてしまう。

その代わりと言って私を後ろから抱きしめて暖をとっている。


「少しは暖かいですか?」


「うん。」

うんって⁉︎

翔さんみたいな立場の人がうんって言うのなんだか、可愛いな。


しばらくボーっと夜景を眺めていると、

翔さんが心なしか震えてる気がして心配になる。

「翔さん、寒いですか?そろそろ車に戻りましょうか。」


「いや、緊張してるだけ…。」


なぜ?首を傾けて考える。

「話したく無い話だったら、無理に話さなくてもいいですよ。」


「いや、お兄さんと…亮太と約束したから早めに話すべきだって…ただ、果穂が目の前から消えてしまいそうで…怖くなる。」


なぜお兄ちゃんが、私の知らない翔さんを知っているのか気になるし、そんな思いをしてまで話さないといけない内容って何だろ?


「私、翔さんの事好きですから、そんなに簡単に離れませんよ?」

ぎゅっと力強く抱きしめられてドキンとしてしまう。


翔さんは、はぁーと深いため息を吐いて話し出す。


「俺の親の事なんだけど…

実は、堀井コーポレーションって会社を経営していて、父親が3代目の社長になる。


俺自身は、世に言う御曹司ってヤツで、会社を継ぐべく育てられた様なものだ。


ただ、俺は親の為の一つの駒にはなりたく無くて、親の言いなりに生きる息苦しさから逃げ出したくて、勘当同然に家を出て、今の会社を立ち上げて独立した。


それでもしばらくは、親の影が大きすぎて3、4年は御曹司の戯言だって、直ぐに立ち行かなくなって、戻ってくるって思われていた。


やっと親から離れて、俺自身を周りが認め始めたのはここ1、2年なんだ。」


堀井コーポレーション…って

よくTVのCMで流れる、マンションとかビルとかを手掛ける大手企業だって事は私でも分かる。


その会社の社長さんがお父さんで、


翔さんは御曹司⁉︎

世界が違い過ぎて事の重大さが良く分からない…。


だけど、翔さんは私と一緒に笑ってくれて、美味しい物を分け合って、幸せだって言ってくれる。

私の事をいつも心配して、大事にしてくれて…どんなに離れてても会いに来てくれる。


「翔さんは翔さんです。

どんな立場であろうとも無かろうとも、

私の目の前にいる翔さんを信じています。


私が、世の中の人から見たら翔さんに相応しくないのは、重々承知してますけど…

翔さんが必要としてくれる限り、離れたいとは思いません。」


不意に抱きしめられいた腕が緩んだかと思うと、身体をくるっと回されて向い合う。

頬を撫でられ抱きしめられる。

「ありがとう。

ありがとう…果穂、愛してる。」


私も翔さんの広い背中に手を回してしがみ付く。

「私も大好きです。」


そう言うと、頬に暖かい手が置かれ顔を仰がれ目線が合う。

優しく微笑んだかと思うと唇が重ねられる。


優しく深く、絡められ舐められ、

導かれ息が乱れて与えられる快楽に酔いしれる。


「唇が冷たい、車の中に戻ろう。」

そう言われるまで、夢見心地のふわふわした頭で翔さんを見ていた。


車に戻り、翔さんはエンジンをかける。


「そろそろ果穂を家に帰さないと、亮太に怒られるな。」

そう言って笑って車を出す。


「明日のみかんの収穫、手伝いに行ってもいいか?」

ふと、翔さんが言うからびっくりする。


「えっ⁉︎明日ですか、本気ですか?

外寒いですよ?

結構汚れますし、それに脚立とか登って怪我でもされたら大変です。」


「果穂だって毎日やってるんだろ?

果穂に出来て俺に出来ない訳は無い。

運動神経はある方だし、これでも体力には自信があるから心配するな。」


「果穂が受け入れてくれたから、俺は今よりもっと果穂に近付きたいし、時間が許す限りそばに居たい。」


「でも、翔さんは凄いお家の御曹司なんですよね?みかんなんて収穫させたらバチ当たりませんか?」

そんな事を言うと、翔さんがはははっと笑う。


「果穂の発想力にはいつも驚かされるけど、俺は神様でも無ければ、ただの男だよ。


果穂の前では社長の威厳も無ければ、御曹司なんて肩書きもどうでもいい。ただの男で居られる。」

嬉しそうに笑うから、ちょっと良かったなと思って一緒に笑う。


この人の肩には、どれだけの重圧がかけられているんだろう。


息を抜ける場所を作ってあげられたら、

ただの翔さんで居られる場所が、私の側であるならば、守っていきたい。


10時近くに家まで送ってくれた翔さんは、

また明日と、玄関先までわざわざ送ってくれて手を振って分かれた。


また明日があるのが嬉しい。


明日が終わったら、今度会えるのは…

…冬休み。


そんなに遠くない未来にまた会えるから大丈夫。

寂しくない。と、自分に言い聞かせる。


それぞれの生活があって、それぞれ違う生き方をしている私達はどうあったって、一緒に居られる時間は少ない。


兄と父を、みかん畑を置いて、東京に行ける訳もない。


翔さんはゆくゆくは自分がこっちに来るような事を言ってくれたけど、現実問題それは難しいんじゃないだろうか。


沢山の社員が許す訳ないし会社は彼を必要としてる。


私がここで生きる事を認めてくれてる様に、翔さんも東京で生きる事で、輝いているんだと思う。


でも、もう離れる事も難しい。


大好きを通り越して、これが愛してるって言う事なのかな。


東京に行きたいなんて行ったら、お兄ちゃん泣いちゃうかな……。


そう思いながらベッドに入る。

翔さんからのおやすみのメッセージがスマホに届く。


明日は風が緩やかな、暖かい日になりますように。と、翔さんの為に思う。


『おやすみなさい。明日は暖かい日でありますように。』


♦︎♦︎♦︎


次の日、

翔さんはデニムに暖かそうなブルゾンパーカーを着て、爽やかにやって来た。


きっと、こちらに来る前から収穫を手伝うつもりで、用意してきたんだと思うと嬉しく思う。


日差しは暖かく昨日より風は穏やかでホッと肩の力を抜く。


「東京もんが、みかんの収穫なんて出来るだか?」

アルバイトのおじいちゃん達は心配する。


「またイケメンが来たなぁー。

こりゃ高い所はお兄さんに任せられるなぁ。果穂ちゃんもいい男を捕まえたもんだ。」


おばあちゃん達は色めきたって囃し立てる。


「いつも果穂がお世話になっています。

堀井翔と申します。今日は一日よろしくお願いします。」

翔さんは、手土産も一緒に爽やかに挨拶をしたものだから、皆んなに直ぐに受け入れられて飴やらガムやら色々もらってワイワイ楽しく仕事が始まる。


「翔さん、耳寒くないですか?

このニット帽良かったら使って下さい。」

去年兄の為に編んだニット帽を翔に貸してあげる。


「果穂が編んだのか?凄い完成度。これ、お兄さんの?」


「はい、去年クリスマスにあげたんですけど、お兄ちゃん暑がりであんまり使ってくれないんです。タンスに眠ってたから持って来ちゃいました。」


「大丈夫か、怒られない?」

そんな話しをしながら紺のニット帽を被せてあげる。翔さんのサラサラの髪の毛が手に触れて、ちょっと照れる。


「おい、果穂。

俺に断りも無く何貸してるんだよ。

果穂がせっかく編んでくれたから、大事に取って置いただけだよ。」

兄がツカツカと近付いてきて抗議する。


「あっ、お兄さんおはようございます。

返しますよ、大事な帽子なら。」

翔さんがニット帽を取ろうとすると、


「お前は敬語禁止!歳上のくせにお兄さんって呼ぶな。仕方ないから貸してやるよ…。」

兄は採りかごを抱えて去っていく。


「いいんだ…。」

意外だと2人顔を合わせて笑う。


「お兄さんは普段なんて呼ばれてるんだ?」


「お友達からは、りょうとかりっくんとか呼ばれてますよ。」


翔さんは何をやっても器用で上手にこなす。

私が脚立に登らないと届かないみかんも、楽々採ってくれるから普段より倍、楽で仕事もはかどった。


しかも、おばあちゃん達が採ったみかんも率先して運ぶから、たちまち大人気だった。


お昼休憩で家族みんなとお弁当を食べた時、

翔さんが年末に東京に来ないかと誘ってくれた。


それを聞いてた父がなぜか喜びお正月まで行っておいでと大賛成してくれた。

兄は、ずっと不服そうに翔さんに愚痴ってたけど…。


夕方近くまで収穫を手伝ってくれた翔さんは、6時の新幹線で東京に帰って行った。


次会う予定があるから寂しくない。

と、自分に言い聞かせて笑顔でまた今度。と、手を振ってお別れが出来た。

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