果穂の日常

東京から田舎に戻って、収穫と出荷に追われる変わらない日々を過ごす。


2人でデートしたのは夢だったんじゃ無いかって思うくらい。


でもあの後、帰って一日経った頃、大きな荷物が私宛に届いた。


宛先を見ると翔さんからで、急いで部屋に持って行って開けてみる。


中には等身大のキングペンギンのぬいぐるみと、綺麗だなって、足を止めて見ていたスノーボールが入っていた。


えっ!待って⁉︎どう言う事?

翔さんあの後買いに行ってくれたの⁉︎

急いでスマホでメールを送る。


『あの時、果穂が欲しそうに見てたから、こっそり電話して買ったんだ。』


私がお土産を見てる時確かに電話していた。


あの時、買ってたの⁉︎

見られていた恥ずかしさと、分かってくれた嬉しさでその日の夜つい電話をしてしまった。


たわいも無い電話のやり取りが、離れている距離を埋めるようで、とても大切に思える。


プレゼントのお礼の代わりに、手作り惣菜を送る事にした。

翔さんが何よりも嬉しそうだったから、それだけで嬉しくなった。


それから直ぐに、翔さんにはハンバーグやぶりの照り焼き、きんぴらごぼう、煮豆などを真空パックで冷凍にして送った。


次の日すぐに食べたらしくて、美味しかったと連絡をくれた。

もったいないから、毎日ちょっとずつ食べると言って喜んでいた。


こんな事しか出来ないけど、少しでも役に立てたらいいなと思う。


それから1ヶ月、冬も深まりもうすぐクリスマスも近い。


翔さんはますます忙しくて、電話も週に2回程、土日もちゃんと休めてるのか心配になる。


出来る範囲でサポート出来たらと、ちょこちょこ惣菜を作っては送るぐらいで、私もみかんの収穫と、出荷休日はイベントの出店をして忙しく過ごしていた。


♦︎♦︎♦︎


今日は風が冷たくてじっとしていると足先も冷えてしまうから、出来るだけ動き回っていた。


夕方父と兄は来客があると、先に帰って行った。

私はアルバイトさん達と片付けを済ませ、みかんを回収しながら家路に着く。


家の敷地内には、倉庫と続き間になった事務所があって、そこから数人、背広姿の男女が出て来る。


夕方、日も傾き辺りは夕焼け色に染まっていた。


誰だろうとふと、目をやる。


えっ⁉︎っと固まる。


……翔さん⁉︎

副社長さんに他2人は社員さんだろうか…。


女性の方が丁度、翔さんに話しかけていた。


綺麗な人……

スーツにタイトスカートを上品に合わせ、洗練された姿が遠目でもよく分かる。

背も高くて、翔さんと並んでも絵になる2人。


胸がズキンと痛む…。


翔さんが彼女の問いかけに振り返った、

瞬間、くるっと向きを変え走り出す。


今、会いたくない。


こんな畑から帰って来たばかりの、埃まみれの汚れた自分が、情けなくて見窄らしく思えて…。


翔さんにはきっと私なんかより、さっきの女性みたいな人がお似合いだ。


涙が出そうになる。

早歩きで歩きながら天を仰ぐ。

泣いたらダメと、自分に言い聞かせる。


「果穂!!」

呼び止められて、ドキンと心臓が跳ねる。


恐る恐る振り返ると、


「……翔さん……。」

私に気付いてわざわざ追って来てくれたんだ。

ダメ、涙が出ちゃう。


「どうした?何で、逃げるんだ⁉︎」

そう言って近付いてくる。


「ダメです靴が汚れちゃう!

それ以上近付かないで下さい。 

私、仕事終わりで汚れてますし……翔さんが汚れちゃう…。」


そう言って歩みを制する。

だけど翔さんはツカツカと私に向かって歩いて来る。


「果穂、俺から逃げるな。」

そう言って、手首を掴かまれ引っ張られ、気付けば翔さんの腕の中。


「か、翔さん…スーツが汚れちゃいます。離して。」


「嫌だ。汚れても構わない。

久しぶりに会えたのに、何んで逃げる?

理由を聞くまで離さない。」

ぎゅっと抱きしめられ身動きも取れない。


「俺は果穂に会いたくて、その一心でこの1ヶ月がむしゃらに働いたんだ。何で離れて行こうとする?」


「…ごめんなさい。

知らなくて…翔さんが来るって…。

びっくりしちゃって…思わず逃げちゃって…。」


「顔見せて。」

顎に指が触れて顔を仰がされる。


「どうした? 

泣きそうな顔だ。理由を聞くまで離せない。」

翔さんは神妙な顔で、私を見てくる。


「…急に恥ずかしくなっちゃって。」


「どうして?

どんな姿でも汚れていようが果穂は果穂だろ。他の誰でも無く、果穂に会いたくて俺は来たんだ。 

言わなかったのは…サプライズ的な。

前回の仕返し的な気持ちだったんだけど、喜んでくれないのか?」


「…嬉しいです。

まさか今年中に会えるとは思って居なかったから…。」

素直な気持ちを伝える。


「じゃあ、何で?」


「自分の、姿が…見窄らしくて…翔さんに相応しくないから…。」

言った途端に涙が溢れる。


翔さんの大きな手が両頬を包んで、溢れる涙を親指で優しく拭ってくれる。


「果穂は可愛い。

俺にとっては誰よりも愛しくて、大切なんだ。だからもっと自信を持ってくれ。」

翔さんを困らせてるって分かってるのに、溢れ出る涙を止められない。


翔さんがそっと額に、瞳に、頬に優しくキスをする。

見つめられて、涙をペロッと舐めるから、びっくりして固まる。


「か、翔さん、汚いから…。」

頬を包んでいる手を引っ張り顔を背けたいのに、がっしり捕まえられて外せない。


「果穂は綺麗だ。泣き止むまで辞めない。」

そう言って、唇にキスを落とす。何度も何度もはむ様にキスをされ、息苦しくて思わず喘ぐ、

 

「……んっ…。」

その隙に、舌が口内に侵入してくる。

舌が絡まり歯列をなぞられ、始めての感覚にどうしていい分からず戸惑う。


息が苦しくて、頭がふわふわして足の力が抜けてしまう。

翔さんはすかさず、腰に手を回し抱き寄せてくれる。


「…翔さん…。」

息を乱しながら、翔の顔を仰ぎみる。


「ちょっとやり過ぎた。でも、涙止まったな。」

そう言って愛おしそうに微笑むから、顔がボッと熱くなって俯く。


頭をよしよしと撫でて、落ち着かせてくれる。 


「そろそろ戻らないと不審がられるな…。」

苦笑いしながらそう言って、そっと離してくれた。

ハッと私も我に戻って慌てて髪を整える。


翔さんの前髪が走ったせいで乱れているのが気になって、そっと手を伸ばして整える。


「突然居なくなったからヤバいな…

雅也になんで言われるか。」


「怒られちゃいますか?」

心配になって訊ねる。

 

「大丈夫、社長は俺だ。」

そう言って、笑いながら


「果穂はしばらく落ち着いてから戻って。

その顔、真っ赤で可愛すぎて誰にも見せられ無い。

あいつら連れて一度帰るから、

後からまた、個人的に挨拶に来るよ。」


翔さんは私の頬をひと撫でして皆が待つ場所に戻って行く。


私は火照った頬を押さえてしばらくその場で呆然と立ちすくむ。


翔さんは皆の元に戻り、何食わぬ顔をして会話に入っているようだった。

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